七月九日。宮芝淡路守治夏は輸送機に搭乗し、新ソ連の主要都市ハバロフスクに向けて飛行していた。
同じ輸送機の中には側近たち三名の他、元から輸送機に付けていた劉麗蕾と松下隠岐守に加えて巳焼島から合流した森崎雅樂駿、名倉三郎に十文字克人もいる。ちなみに近接戦闘が専門の呂剛虎はさすがに使い道がないこと、万が一、劉麗蕾が顔を知っていた場合には反感を持たれる危険性があることから、地上で留守番である。
今日の作戦の目的はハバロフスクに対しての霹靂塔使用である。すでに新ソ連は何度も日本の国土に対して戦略級魔法を使用している。その結果、伊豆では民間人に被害が出て、東京でも達也が防がねば多くの死者が出ていた。ハバロフスクで民間人がどれだけ死のうが文句は言わせない。
それに昨日の時点でトゥマーン・ボンバから始まり、霹靂塔、新戦略級魔法である海爆、ヘビィ・メタル・バーストと四発の戦略級魔法が乱れ飛んだのだ。今更、戦略級魔法が数回使用がされたところで、驚きは少ないはずだ。
何より空母インディペンデンスを沈め、国内の基地にいたUSNA軍人たちを追放もしくは殺害した今、すでにUSNAとの対決は避けられない。頼みの綱の、空母がパラサイトに汚染されていたという発表も、どの程度の効果があるのは未知数だ。
現下で新ソ連と長期戦を行うことはできない。大亜連合を助けるという名目が利いているうちに少しでも多くのインフラ設備を叩いて新ソ連の継戦能力を低下させる。
今の所、治夏たちが乗る輸送機も護衛の天牙八機も敵に発見された気配はない。宮芝の魔法はそれほど甘いものではない。わずか数日では新ソ連軍も宮芝の魔法への対抗策は編み出せなかったようだ。もっとも、高を括って敵に襲われて皆で戦死となっては詰まらない。治夏が搭乗するのは今回で終わりだ。
今頃は沿岸部に対して、昨日に引き続いての艦隊からのミサイル攻撃と空母艦載機による攻撃が行われているはずだ。地上からは大亜連合が猛攻を仕掛けており、昨日、輸送機から投下された関本たちもゲリラ戦を展開している。
今のうちに新ソ連軍を叩けるだけ叩いておく。ハバロフスク上空に近づくと、治夏はすぐに劉麗蕾に霹靂塔の使用を命じる。同時に治夏たちも雷雲海を使用してハバロフスクに破滅の雷の嵐を噴き荒らさせた。
街のそこかしこで火の手が上がり、慌てて外に飛び出した人が落雷の直撃を受けて黒焦げになる。ひとまずインフラは壊滅。そして人的被害はざっと五万人くらいになるだろうか。まずまずの戦果といっていいだろう。
治夏は輸送機の機長に日本への帰還を命じる。そうして輸送機が新ソ連の国土を離れ公海上に出て間もなく、驚くべき通信が送られてきた。その内容は、USNAで九島光宣を中心としたパラサイトによる武装蜂起が起こったということだった。報告によると、日本が主張したパラサイトの跳梁に対する真偽を確認するため、大統領が派遣した調査団を光宣たちは殺害したということだ。
その理由は、魔法師でない人間に魔法師に指示をする資格はないというものだった。光宣は堂々と、現在の人々の間にある不公平をなくすため、魔法力という数値化可能な価値観で平等に人が評価される世を作ることを宣言したという。
治夏は元から九島光宣のことを浅慮な人間だと思っていたが、一方で、もう少し外面を取り繕う頭くらいは持っていると思っていた。今回の主張は多数派である非魔法師の反感を買う大変に危険な主張だ。しかし、それは同時に好機でもあった。
日本としては空母インディペンデンスを沈めたことについて、このようにパラサイトは危険な思想を持っているから、強硬手段に出たのだと言い訳ができる。加えて、このような化け物を内に抱えていては、USNAも全力で日本に対峙する態勢は取れないだろう。
「図書、USNA国内に潜伏させている工作員たちに指示し、反魔法師活動を活発化させろ。ただし、絶対にパラサイトが勝利する結果は生むな」
パラサイトの魔法師である九島光宣への反感は、簡単に反魔法師活動に誘導可能だ。だが、やりすぎて非魔法師と魔法師の間の分断が深刻になり、魔法師を特権階級と考えている様子の九島光宣の主張に心を寄せられると最悪だ。
USNAの弱体化自体は願ってもないことであるが、治夏はあくまでも魔を狩る宮芝家の人間。日本が焦土になるよりも、なお妖魔が跋扈する世の中というのは許し難い。
「その件ですが、つい先程、入りました情報によると、すでに各地でデモが起きているようです。九島光宣の発言に怒りを表明する者が多いようですが、同様にパラサイトを放置していた政府に怒りを上げる者も多いようです」
「む、九島光宣個人に対しての怒りならよいが、それが日本への反感に繋がるのは良くない。日本はパラサイト追討のために全力を尽くしたが、USNAが放置していたパラサイトたちが手を貸したせいで国外に逃げられた、と主張しておくべきだな。なぜ、九島光宣を保護したのかUSNAに対して詰問する声明でも出させるか」
事実としてUSNAから侵入したパラサイトの手引きによって治夏たちは沖縄に追い詰めた九島光宣に逃げられてしまったのだ。この後、USNAに巣くうパラサイトを殲滅するためという名分で攻撃を仕掛けるためにも、このくらいの工作は必要だろう。
「ときに克人、十文字家の者たちはUSNAとの開戦にどう言っている?」
「空母の随伴艦から多数のパラサイトが巳焼島に上陸したという事実でパラサイトとの戦闘はやむなしという意見で纏まった。だが、USNA自体との開戦となると難しいな」
「まあ、そうだろうね。特に今回、九島光宣がUSNAの政府と対決姿勢を示したことで、敵はパラサイトという構図が成立しうることになったからね」
そういった意味では九島光宣の行動は迷惑とも言える。USNAがパラサイトを庇えば、すでに取り込まれていると喧伝して他国と協力して攻め込む算段もついたが、今のままだとUSNAとパラサイトは別物だ。けれど今のUSNAは生かしておくには危険すぎる。少しでも利益になるならばパラサイトにも魂を売り、自国が少しでも危険と思えば敵と手を組んで、同盟国の民を殺す。あの国の政府はもはや精神的には化け物の仲間入りしている。
「今は少しばかり静観し、力を蓄えるのが得策と思えるが……果たして大亜連合は耐えられるかな」
元はすぐにでも攻め込むつもりだったが、九島光宣がUSNAと戦闘状態となれば少しばかりの時間を稼げる。その間に第二世代関本の製造に励めば戦力は増す。だが、その間に新ソ連軍が盛り返してしまえば増強分の戦力など全て吹き飛んでしまう。
それを防ぐためには大亜連合に頑張ってもらうよりないが、トゥマーン・ボンバで受けた被害は小さいものではない。いつまで優勢を維持できるかというのは疑問だ。
「いっそモスクワを達也が吹き飛ばしてくれれば楽になるのだが……」
それを行うには今少し準備が足りない。達也に死んでもらうのは、今ではない。
「とりあえずエドワード・クラークは死んでもらわねば困る。上手くパラサイトを誘導して奴だけでも殺しておきたいが……図書、どう思う?」
「ひとまずエドワード・クラークはパラサイトと繋がっているという噂は流してみますが、効果はあまり期待できないと思われます」
「まあ、そうだろうね。だが、エドワード・クラークが邪魔に思っていた達也のプラントをパラサイトたちが破壊しようとしたという事情もあり、一定数は信じる者もいるのではないか?」
「……おそらく、それでも効果は限定的かと」
「じゃあ、パラサイトは宇宙人で、エドワード・クラークも実は宇宙人で、ディオーネー計画は自信が宇宙に帰るための計画だと言うのは……」
言いかけた治夏が見たのは、全員の酷く冷たい視線だった。
「ま、まあ冗談だがな……」
とりあえず治夏は慌てて誤魔化すことしかできなかった。
九島光宣、USNAでパラサイトを率いて蜂起。