七月十日には、新ソ連は日本にとって喫緊の課題ではなくなっていた。すでに敵極東艦隊は壊滅しており、新ソ連の東海岸は日本軍の艦砲射撃とミサイルにより破壊され尽くしている。当面の危機は去ったこともあり、日本国民の今の興味は七月八日に日本が行使した新戦略級魔法に寄せられていた。
午前十時、防衛省の会見室にて、防衛大臣は集まった記者の質問に答えて、新ソ連小型艦部隊を一網打尽にした『海爆』の存在と、それを行使した魔法師として一条将輝の名を公表した。それを受けて、小松基地で開かれた一条将輝の記者会見の中継を、司波達也は巳焼島で深雪、水波、和泉、リーナと共に見つめていた。
初めは一条が新ソ連艦隊迎撃に志願して参戦したことを答えていた。だが、新戦略級魔法である海爆に話が移ると、今度は吉祥寺に質問が集中した。そして、そこで新戦略級魔法を開発したことを称えられた吉祥寺が、非常に迷惑なセリフを口にした。吉祥寺は魔法の基礎部分を達也から提供を受けたと話してしまったのだ。
「余計なことを……」
思わず苦虫を嚙み潰した表情になってしまうのも、やむを得ないことではないだろうか。これ以上、自分に関心が寄せられないように、わざわざ完成間近で譲ったというのに、馬鹿正直に全て話してくれるとは、どういうことか。達也の表情を見て、いつもなら達也の功績への評価に喜ぶ深雪も、さすがに難しい顔をしている。
「まあ、今回は吉祥寺の性格を見誤った君のミスだな」
どこか愉快そうな和泉には、冷たい視線を向けておく。
「分かっている。次からはきちんと口止めをしておく。そうすれば、あいつは妙な律義さを発揮して口を閉ざしてくれるだろう」
「そうだな、それが最良だっただろう。とはいえ、今回は君にとっても大きな傷にはならなかった。それで、良しとすべきでないか?」
和泉の言う通り、ベゾブラゾフが死に、USNAが内紛で混乱している今、ディオーネー計画は自然消滅したも同然だ。少なくとも今すぐに達也自身に手を出してくる組織も見当たらない。ただし、あれだけ熱心にビジネスをしようとしていた人間が裏で戦略級魔法を開発していたというのは、達也の恒星炉プラントにはマイナスにしかならない。
「さて、見るべきものは見たことだし、そろそろ本題を見せてくれないか?」
今日、和泉が巳焼島を訪れているのは発注を受けていた改造型のエアカーの一号機を自分の目で確認するためだ。次のUSNA戦では、改造型エアカーに搭乗した第二世代関本たちを主力とするつもりらしい。
「それにしても、僅か半月で一号機を作りあげるとは、さすがは四葉だな」
改造型のエアカーを置いてあるガレージに向かう間も、和泉は上機嫌で四葉のことを褒め上げてくる。
「四葉というより、今回の功労者は三矢家だぞ。あの家が懇意にしている会社を紹介してくれたから、車体の量産化ができたのだからな」
「そうか、それでは三矢詩奈にも礼を言っておかねばな」
そう言う和泉と共にガレージに入る。そこには和泉が注文した通りに仕上げた車体が鎮座している。
「え……本当に、これで良いのですか?」
それを見た深雪が戸惑いの声を上げるのも分かる。そこにあるのは、やたらと車高が低いスポーツカーに見える前部と、軽トラックのような後部を持つ、奇妙な車だった。言葉には出さなかったが、水波もかなり怪訝そうな顔を見せている。
「言っておくが、俺の趣味じゃないからな。和泉が出してきた仕様を満たそうと設計したら、このような姿になった」
「そんなことより、早くテスト飛行をしてみてくれないか。この上でどのような戦闘が行えるものか確認をしておきたい」
そう言いながら、和泉は早速、荷台部に上がっていた。
「リーナはどうする、一緒に乗ってみるか?」
「ちょっと待って、どうしてミユキには聞かないの?」
「こんなものに深雪を乗せられるか」
「ちょっと、それならどうしてワタシには聞いたのよ」
「リーナは軍人として飛行する機会もあったかと思ったんだが」
理由を言うと、さすがにリーナもそれ以上の文句は言わなくなった。操縦席は風防があるので風を防げるが、後部は外に露出している。そんな過酷な環境に好き好んで妹を乗せるわけがない。
「それで、どうするんだ?」
「わかった。せっかくだから、乗ってみる」
再度、確認をするとリーナも後部の荷台に飛び乗った。
「これが足を固定するためのベルトか。ちゃんと丈夫なものにしてあるな」
「当然だ。それを使用するのは関本なんだろう。ちゃんと重量二百キロまで耐えられる作りになっている」
関本たちは見た目こそ人に近づけてあるが、総金属製だけあって重量はかなりのものだ。そのため荷台部は構造的にも、かなり補強されている。
「きちんと足は固定したな。じゃあ、出すぞ」
初めはゆっくりと上昇。そして、高度二百メートルの地点に到着すると、全速での飛行を開始した。
「ききゃぬにゃーあー」
何やら意味不明な和泉の叫び声も置き去りにする勢いでエアカーは時速九百キロで飛行する。一応、戦闘で使用するということも考慮して多少の空戦機動も織り込む。
今回はあくまでテストであるので、それは五分ほどで切り上げた。が、それでも長すぎたようだった。
「ひぅっ……えっ……えぐっ……」
エアカーが地上に着くなり、それまで固まっていた和泉が泣きじゃくり始めた。よほど怖かったのか速度を緩めたときには、すでに股間に大きな染みができていたが、空の上では固まっているという印象だったのだ。
その和泉は状況に気づいた水波に連れられて、一足先に居住区へと連れていかれた。そして深雪とリーナはいつになく冷たい視線を達也に投げかけてくる。
「お兄様、あんなに怖い思いをさせては駄目ではないですか!」
同級生の女子を大泣きさせたということで、さすがの深雪も意見が厳しい。
「そうは言っても、あれは和泉が要求した仕様に基づくもので、その性能を発揮していることを示すためのテストだから、他に手はないだろう」
とはいえ、旅客機と同程度の速度で空を飛ぶ板の上に、足だけ固定された状態で乗せられるというのは、はっきり言って普通の人間には厳しすぎる状況だ。様々な魔法を駆使して耐えていたリーナと違い、風を受けるまま、機動に振り回されるままだった和泉には過酷すぎたというのは間違いない。
「ところで、リーナなら、訓練を積めばあの環境下で戦うことはできると思うか?」
「あの速度で飛ぶ車体の上から射撃魔法を使えってこと? 不可能じゃないけど、相当な負担になるから、活動時間は著しく短くなるわよ」
風と重力に対する制御魔法を使いながら、自らの未来位置と相手の未来位置を計算して射撃を行うというのは、一流の魔法師でも至難の業だ。
「大丈夫か、これ? 本当に使えるのか?」
思わず達也もそう零してしまう。一応、生身の人間には難しくとも機械製の関本ならば耐えられる可能性はあるが、さすがに全速下での戦闘は厳しいのではないだろうか。
「とりあえずワタシたちも戻りましょ。そろそろイズミの準備も整ったでしょうし」
しばらく時間を潰して達也たちもリーナの部屋へと戻る。そこには、すでに着替えを終えた和泉が赤い顔で待っていた。
「えーと、それでテストの結果、使えそうか?」
「使いこなせるように関本たち改修をさせる。これだけの被害を受けて、おめおめと引き下がれるわけないだろう」
口では威勢のいいことを言いながらも、恥ずかしさがぶり返してきたのか、和泉は立てた膝の上に置いたクッションへと顔を埋めてしまう。膝丈のスカートという服装で。足の間からピンク色の布が露わになり、達也はそっと視線を逸らす。
「宮芝様、スカートを!」
それに慌てたのは、なぜか水波だった。指摘に気づいて足を下ろした和泉を確認すると、水波はなぜか気まずそうに達也を見てくる。その顔は少しばかり赤くなっている。その態度を見ているうちに、和泉が身に着けているものは水波が自分用の着替えを提供したのだと察しがついた。
この巳焼島を拠点とすると決めた時点で深雪と水波についても部屋と着替えを用意している。おそらく、水波はそこから提供したのだろう。
つまりは水波は間接的に達也に自分の下着を見られてしまったということになる。今の和泉が余裕がない状態なのは分かるが、もう少し色んな所に気を回せないものか。しかも今は達也に味方が少ないのだ。今更ながら周囲を女性に囲まれている状況に、達也は小さく溜息をついた。