私、中条あずさは、これまではクラスメイトと昼食を取ることが普通でした。けれど、司波兄妹が生徒会室で昼食を取るようになってから、毎日のように声を掛けられ、七草真由美生徒会長と共に昼食を取るようになりました。
それ自体は問題ありません。けれど、同時に大きな問題があったのです。
それは昼食グループの中に、お弁当を作ってくることが流行っていることです。今では渡辺風紀委員長に続き、司波深雪さん、七草会長と続いて昼食グループ五人のうちの三人が自作のお弁当となっています。更には司波達也くんが食べているお弁当は深雪さんの作ったお弁当なのです。つまるところ、私だけがダイニングサーバーのお世話になっています。
誰も何も言いません。けれど、女子として劣等感を覚えざるをえません。特におかずの交換などを始められた日には、温厚な私でも当てつけですかと叫びそうになってしまいます。
そんな最近の中でも今日はとびきりの悪夢です。それこそ、悪夢のおかず交換会より更に酷い状況下だったのです。今日はよりにもよって私の隣で普段は参加していない特別ゲストがお弁当を広げているのです。
「ん、どうした、あずさ君。私のお弁当が欲しいのかね」
「いえ、結構です」
学園始まって以来の問題児であり、本日のゲストである宮芝和泉さんに聞かれ、私は咄嗟に首を横に振ります。
「おや、そうかね」
この下級生は、私のことを明らかに下級生扱いしています。けれど、気の弱い私に、こんな強敵に歯向かう勇気などないので黙って従うしかありません。
そんな緊迫した昼食の場に爆弾を投入したのは、意外にも宮芝さんではなく渡辺委員長でした。
「達也くん」
「何でしょうか、委員長」
「昨日、二年の壬生を、カフェで言葉責めにしたというのは本当かい?」
司波くんが見つめたのは宮芝さん。宮芝さんは、人の悪い笑みを浮かべています。どうやら、この情報をリークしたのは宮芝さんのようです。
一瞬、渡辺委員長の彼氏さんの話に飛んだりしました。けれど、渡辺委員長は強引に話を戻して、再度、司波くんに事実確認をします。
「ですから、『言葉責め』などという表現は止めた方がよろしいかと……深雪の教育にもよくありませんし」
「……あの、お兄様? もしや、わたしの年齢を勘違いされていませんか……?」
司波兄妹が、いつものように馬鹿兄妹会話を繰り広げています。今日のはまだマシですが、この兄妹は同じ部屋にいるだけで胸焼けが止まらなくなるという、恐るべき魔法を頻繁に使ってくるので注意が必要です。
「……そんな事実はありませんよ」
司波くんは否定をしました。が、渡辺委員長は追撃をかけます。
「おや、そうかい? 宮芝の話では壬生が顔を真っ赤にして恥じらっていたようだが」
その発言をきっかけに室内の空気が変わりました。
「お兄様……? 一体何をされていらっしゃったのかしら?」
漂ってくる冷気は深雪さんから発せられているものです。
「ま、魔法……?」
知らず、呟きが口から漏れていました。皆さん、深雪さんの前で司波くんと他の女の子との話をしたら、深雪さんが怒りそうなことくらい理解できるはずです。それなのに、どうしてこんな話をするのでしょう。おかげで私は怖くてたまりません。
「落ち着け、深雪。ちゃんと説明するから。まず、魔法を抑えろ」
司波くんの言葉で、ようやく深雪さんが精神を落ち着けました。極寒だった生徒会室に春の暖かさが戻ってきます。
その上で、司波くんは壬生さんとの話を正確に再現してくれました。
彼女が訴えるには、風紀委員が自分の点数稼ぎのために不必要な摘発を行っており、更には非魔法系のクラブは冷遇されているということです。
実際は、そんなことはありません。けれど、壬生さんにとっては、それがこの学校の姿。彼女にとっての第一高校は、そのような場所なのです。
皆さんが沈鬱な表情になる中、口を開いたのは宮芝さんでした。
「剣道部と剣術部など似た部活を放置しておくから、そういう問題が発生する。どちらかを廃部することにして、どちらを廃部とするかは勝負して決めさせればいい」
相変わらず、宮芝さんは過激です。
「勝負をするとして、ルールはどうするんだ?」
「ここは魔法科高校。魔法ありのルールになろう」
渡辺委員長の問いに、宮芝さんは、さも当然と言わんばかりです。けれど、それでは剣道部に勝ち目はないでしょう。宮芝さんの案は単に剣道部を廃部にすると言っているも同然です。
「宮芝さんの案は論外として、問題はどうすれば現体制への誤解を解けるか、ということね。まあ、そういう風に印象操作をしている人もいるから、誤解を解くのは容易ではないんだけどね」
「その印象操作をしている者の正体は分かっているんですか?」
七草会長の印象操作という言葉を聞いた司波くんが問い詰めます。
「例えば『ブランシュ』のような組織ですか?」
司波くんがその名前を出した瞬間、会長と渡辺委員長が硬直しました。よほど驚いているようですが、私にはその理由が分かりません。
「何故、その名前を……」
「別に、極秘情報という訳でもないでしょう。報道規制が掛かっているようですが、噂の出所を全て塞いでしまうことなんて、それこそ、できませんから」
「君たち、あずさ君がついてこれていないようだぞ。『ブランシュ』について少しは説明をしてやったらどうだ?」
私のためにと助け舟を出してくれたのは、宮芝さんでした。ですけども、これは本当に助け舟なのでしょうか。乗っちゃいけない列車に一緒に乗せられそうになっているだけのような気もしてきました。
「それなら、和泉が説明したらどうだ?」
「そうだな。そうするとしよう」
司波くんに言われて、宮芝さんが私の方へと向き直ります。
「簡単に言えば、国際的な犯罪組織だ。目的は魔法師の絶滅。我らとしては何としても壊滅させねばならぬ組織だ」
「ちょっと、待って。過激になってる。過激になり過ぎてる。『ブランシュ』は魔法能力による優遇の撤廃を求めているけど、魔法師の根絶までは求めてないから、信じちゃだめよ、あーちゃん」
「似たようなものだと思うがね。馬に走るなと言うのは死ねと言うに等しい。仮にその程度の知能もないまま戯言を叫ぶのなら、そのような能無しは社会の害悪。それこそ殺した方が世のためだ」
「ちょっと、誰か宮芝さんを止めて。あーちゃんが汚れちゃう」
会長、私とて生徒会の一員です。ちょっとくらい過激な言葉を聞いたからといって、汚れたりはしないと思うのです。
「まあ、和泉の意見は行き過ぎだとしても、こういうことは中途半端に隠しても、悪い結果にしかつながらないものなんですがねぇ。いえ、会長のことを非難しているのではなく、政府のやり方が拙劣だと言っているだけなんですが」
司波くんの考えを聞いた会長は、司波くんの考えが正しいと言い、本来なら魔法師を目の敵にする集団が如何に理不尽な存在であるか情報を行き渡らせることに努めるべきだと続けました。それは、自分を責めるかのような口調でした。
だからでしょうか。司波くんは学校運営に関わる生徒会役員が国の方針に縛られるのは仕方のないことと、会長を慰めるようなことを口にしました。
「……会長の立場では、秘密にしておくのもやむを得ないということですよ」
「ほほぅ、達也くん、中々優しいところがあるな」
「けど、会長を追い詰めたのも司波くんなんですよね」
私はそう簡単に騙されません。というのも、大人しそうに見えるからか、私は意外とこの手の輩には慣れているんです。ちょっと優しい言葉をかけたくらいで、どうこうできると思わないで欲しいと声を大にして叫びたいと思います。
その後は、じゃれ合いを始める会長と渡辺委員長。それを、にまにまと見つめる宮芝さん。そして、目の前で恋愛小説もかくやとばかりに甘い雰囲気を漂わせ始めた司波兄妹から離れてお仕事をしていました。
「さてと……そろそろ時間ですから、俺たちは教室に戻ります。行こう、深雪」
少しして、最初に本日の業務を終えた司波兄妹が退室しようとします。それを渡辺委員長が呼び止めました。
「それで達也くん、結局、壬生への返事はどうするつもりなんだい?」
「返事を待っているのは俺の方ですから、それを聞いて決めますよ」
司波くんの言葉を聞いた渡辺委員長は、ふと気づいたように宮芝さんに話を向けます。
「そういえば、和泉は誘われなかったのか?」
「誘われたよ」
「それで、どう答えたんだ?」
「雑魚が対等に話すな、と一喝した」
誰もが言葉を失いました。一科生による二科生に対する陰口にも酷いものはありますが、ここまで侮蔑的な言葉を発する人は聞いたことがありません。
「よく、壬生さんは怒らなかったわね」
「そのときは殺してたな」
「ほんと、壬生さんはよく怒らないでいてくれたわね」
神様、私の隣に未来の犯罪者がいるんですが、この場合、どうしたらいいのでしょう。
「とりあえず、壬生のことは頼んだぞ」
「何を頼まれれば良いのかさえ、今の段階では見当もつきませんが」
「できる範囲で構わないさ」
渡辺委員長の依頼を司波くんは、できる範囲のことはやる、という言葉で引き受けてくれました。ちなみに渡辺委員長は宮芝さんには何も頼んでいませんでした。期待していなかったためでしょうが、私にとっては大正解です。
大っぴらにやると宮芝さんに睨まれそうで怖いので、私は心の中で盛大に手を打ち鳴らしました。