巳焼島という場所に向かわれていた治夏様が戻ってこられました。私、杉内瑞希に対して治夏様は今日は泊まると言って出て行かれました。そこから考えると、何か予定外のことがあったのでしょう。
その治夏様は少し落ち込んだような表情を見せていらっしゃいます。予定外の帰宅の原因は治夏様にあるようです。
「治夏様、お食事はいかがなさいますか?」
「外で食べてきた。今日はいい」
そう言った治夏様ですが、少し目が泳いだ様子から、偽りであると分かりました。今は食べたくないということでしょう。
「まだ早い時間ですので、夜にはお腹が空いてしまうかもしれません。軽くお夜食を用意いたしましょうか?」
時計の針は七時を過ぎたばかりです。この周辺には食事を取れる所はありません。私の言葉は不自然ではないはずです。
「……今は分からない。九時くらいには決める」
「ええ、別に九時を過ぎても構いませんので、いつでもお言いつけくださいませ」
治夏様は聡い方です。私が治夏様のつかれた嘘に気づいたことは、感づかれてしまったことでしょう。けれど、私の真の狙いには気づかれていないはずです。
今日、私はいよいよ治夏様を害します。治夏様が最高の表情をなされる瞬間を味わうため、私はずっと我慢していたのです。それなのに今日、治夏様はとても儚げな、そそられる表情で予定外の帰宅をなされたのです。こんな不意打ちを受け、耐えられるはずがありません。
「少し部屋で休む」
「はい、ごゆっくりお休みください」
治夏様を見送り、私は厨房に入ります。おそらく食事を抜いているはずの治夏様は夜になれば空腹を訴えられるはずです。そのための下拵えです。普通の状態の治夏様を私が害するのは難しいです。そのため治夏様には睡眠薬で眠ってもらうことにします。
治夏様は薬物にも強い耐性を持っていて、更に敏感です。無味無臭に近い物を選び、お料理にも工夫をしておかなければならないのです。しっかりと料理のメニューを練って治夏様からの指示を待っていると、そのうちに夜食を作ってほしいと頼まれました。
さあ、いよいよ実行の時です。手早くお料理を作り、最後の仕上げとして、とっておきのお薬を投入させてもらいます。これで今夜の治夏様の眠りは、深いものになるはずです。
治夏様が夜食を召し上がっている間に私は洗濯に向かいます。同じ部屋にいると、ついお薬の入った食事を召し上がる口元を見つめてしまいそうだったので、先にお風呂に入られた治夏様に感謝です。
そのお風呂で、私は治夏様の落ち込んでいた原因を悟りました。どうやら治夏様は巳焼島で悪癖であるお漏らしをされてしまったようです。今年に入って、すでに三回目です。
本当に仕方のない方ですね。これはお仕置きをしなければなりません。
洗濯を終えて食卓に向かうと、治夏様はちょうど食事を終えられたところでした。都合が良いことに今日は疲れたからと言って、早々に寝室に向かわれます。私は妙な笑みが出ないよう表情を抑えるのに、大変苦労をいたしました。
早めに床に入られた治夏様がしっかりとお休みになるまで待ち、深夜十二時、私は丈夫な紐を手に治夏様の寝室に入ります。治夏様は薬と疲労でぐっすりとお休みになっておられます。私は一度、着ているものを脱がせて、寝る時も隠し持っている呪符などを取り除き、何度も練習した縛り方で手早く治夏様を拘束します。
治夏様は自分の状態にも気付かずに寝入っておられます。ああ、薬が切れるのはどのくらい先なのでしょうか。目覚めたときの治夏様の驚きを思い浮かべると、私の胸はどうしようもなく高鳴ってしまいます。
いっそ刃物で手足を刺してみるというのはどうでしょうか。ひょっとしたら痛みで起きられるかもしれません。痛みに弱い治夏様は自分が刺されたと知ったら、どのような泣き顔を見せてくださるのでしょうか。
けれど、それはできないことです。私には医術の心得はありません。それに、最近の私は少しおかしいのです。傷をつけていくうちに我慢ができなくなって、そのまま治夏様の命を奪ってしまうかもしれません。治夏様とは、たっぷりと楽しみたいのです。一時の楽しみに心を奪われて、至福の時間を失ってしまうのは惜しすぎます。
仕方なく私は布団の端に腰を下ろし、治夏様が目覚められる時を待ちます。室内を照らすのは開けられたカーテンから差し込む月の光だけ。かちり、かちりと時計の秒針が時を刻む音がやけに大きく聞こえます。
治夏様、早く目を覚ましてください。でなければ、私が我慢できなくなってしまうかもしれませんよ。
私の心の声が聞こえたのでしょうか。治夏様がゆっくりと目を開けられます。そして身体を起こそうとして、起こせないことに気づいたようでした。目覚めの直後でとろんとしていた目が一気に見開かれます。
「瑞希、これは一体、どういうことなの?」
戸惑いを瞳にたたえ、治夏様が質問なさいます。
「治夏様が悪いのですよ。治夏様がこんなにも魅力的だから、私が我慢できなくなったのですから」
言いながら、毎日、治夏様のために料理を作ってきた包丁を太股の横に差します。この包丁は毎日、治夏様の健康を守ってきた私の大切な相棒とも言える存在です。治夏様の肉を切るのに、これほど適した得物はないでしょう。
「や、やめてよ、瑞希。冗談だよね」
戸惑いから恐怖に瞳の色を変えた治夏様が、縋るように言ってこられます。
「こんな冗談、言うはずがないでしょう」
「じゃあ、誰かに脅されたとか?」
「私を一体、誰がどうやって脅すと言われるのですか?」
私には治夏様を裏切ってまで救いたいような身内はいません。そのことは治夏様も良く知っておられるはずです。それなのに、そのようなことを考えてしまわれるほど、今の治夏様は弱気になっておられるようです。
「私は治夏様が恐怖を感じている姿が大好きなのです。だから今日は私のために存分に恐怖を感じてくださいませ」
私が笑みを深めると、治夏様は恐怖に顔を強張らせます。その目は私の右手の包丁に釘付けとなっています。
「ひっ……」
右胸の上で包丁を止めると、治夏様が息を呑まれました。その怯える顔を十分に堪能した私は包丁を下ろし、露わになっている白い下着に注目します。下着の中心にはすでに染みができていました。
「あらあら治夏様、またお漏らしをされてしまっているのですか? 本当に仕方のない方ですね。これはお仕置きが必要でしょうか」
包丁を再び手にして、股間の染みの上に刃を軽く当てます。
「嫌あぁあ!」
泣くような悲鳴を上げ、とうとう治夏様は本格的に失禁をなされてしまいました。少し子供っぽい家用の下着から尿が溢れ、布団に大きな染みを作っていきます。
「今、注意したばかりではございませんか。これをお掃除するのは大変なのですよ。治夏様は本当に困った方でございますね」
堪えきれなくなり、涙をぼろぼろと零す治夏様は、本当にお可愛らしいです。
「なんで……なんでこんなことするの? 瑞希はずっと私に優しかったのに……」
「私が治夏様に優しいのなんて当然ではございませんか。私は誰よりも治夏様のことをお慕い申し上げているのですから」
「じゃあ、何でこんな酷いことを……」
「それは……」
それは……はて、どうしてなのでしょうか? いつから私は治夏様を害しようと考えていたのでしょう。初めは、単純に治夏様のお役に立てるだけで満足していたはずです。いつから、それで満足できなくなったのでしょうか。
「まあ、でも些細なことですね」
それは後からゆっくりと考えればいいことです。私は目の前のごちそうにありつくために包丁を握りしめ、大きく振り上げました。