魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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戦雲編 処分

杉内瑞希が手にした包丁を振り上げるのを、宮芝淡路守治夏は冷めた目で見つめていた。瑞希は熱に浮かされたように頬を赤らめ、口からは僅かによだれを垂らしている。

 

瑞希が包丁を振り下ろす。刃が布を切り裂き、中の綿を突き抜けていく。

 

「治夏様ぁ、治夏様ぁ」

 

自らの腹から流れ出る血に気づくことなく、瑞希は刃を引き抜き、自らを対象とした呪い人形へと振り下ろす。瑞希の腹に傷がつき、中から血が溢れてくる。

 

「あれ、痛い。どうして?」

 

ぼんやりとした表情のまま、瑞希が自らの腹に手を当てる。その手が赤く染まった。その直後、治夏の方を見た瑞希が極上の笑顔を浮かべる。

 

「ああ治夏様、よかった。ご無事だったのですね。てっきり私がやりすぎてしまって死んでしまわれたかと思ったのですよ」

 

「傷の痛みで幻術が解けたようだな。どうだ、今の気分は?」

 

「はい、治夏様がご無事で、大変に嬉しく思っております」

 

何だ? どういうことだ?

 

瑞希は確かに治夏のことを殺そうとしたはずだ。それなのに、今は治夏の無事を心から喜んでいる。今の瑞希はあまりにもおかしい。

 

「念のために聞いておくぞ、瑞希、お前の背後には誰もいないのだな?」

 

「私の後ろにですか? はい、誰もいませんね」

 

治夏が聞いたのは、瑞希を唆した者がいないかどうかだ。それなのに、瑞希はその場で振り返って、自分の傍に誰かがいないかを確認した。いくらなんでも、瑞希はそこまで馬鹿な娘ではない。

 

精神制御魔法で正気を失っているのではない。その線はきちんと調べた。

 

魔法を使われていないと確信した上で、治夏は背後関係を探るために敢えて瑞希を泳がせておいた。そうして、背後に誰もいないと確信した上で、今日、瑞希を処分しようとしているのだ。聞いたのは、本当に念のための確認だ。

 

それなのに先程から疑惑は深まるばかりだ。今の瑞希は明らかに正気ではない。けれど、何の魔法の兆候も感じない。となると、病だろうか。しかし、それでも、このような状態になるだろうか。

 

「治夏様、まだお早い時間ですよ。お身体が問題ないのでしたら、もう少しお休みされてはいかがでしょうか?」

 

自分を殺そうとした人間に言われて、眠れるわけがない。それ以前に、腹から血を流しながら、他人の体調を気にするとは、どういう気持ちなのだろうか。

 

はっきり言って今の瑞希からは恐怖しか感じない。少し前までは、反逆が何らかの魔法によるものならば助け、そうでないならば殺そうと思っていた。その基準で考えれば今の瑞希は殺すべき相手だ。だが、今の治夏は迷っていた。少なくとも瑞希は反逆をしようとは微塵も考えていないに違いない。

 

このまま放っておけば、瑞希は勝手に死ぬ。それを是とするか非とするか。考えている治夏に向かって瑞希は無造作に手を伸ばしてくる。

 

「嫌っ!」

 

今の瑞希は何をしてくるか分からない怖さがある。治夏は咄嗟に移動魔法を使って瑞希を壁へと押し返した。魔法も満足に使えなければ、武術の心得もない瑞希は背中を壁に打ち付けて立ち上がれずにいる。

 

今ので腹の傷が更に広がったのか、血が流れる速度が増していく。このまま決められずに死なせるというのは治夏としては選べない選択だ。殺すにせよ、生かすにせよ己の決断でなすべきこと。それは治夏の矜持と言っていい。もはや迷っている時間はない。決断をしなければならない。

 

「瑞希、悪く思わないで」

 

治夏が決断したのは瑞希に死を与えることだった。はっきり言って、どうして瑞希がこのような状態になってしまったのかが分からない。分からなければ、救えない。いつ再び牙を剥くか分からない危険人物を傍には置けないのだから。

 

「治夏様の決断なら、どのようなものであれ私は尊重いたしますよ」

 

本当に、そのような心からの笑みを向けないでほしい。決心が鈍ってしまう。

 

「良い覚悟だ」

 

内心を押し隠し、表向きの理由を声を発して自分に聞かせる。そして、迷いが再び治夏の身体の動きを阻害してしまう前に、抜き放った刀で瑞希の首を落とす。

 

瑞希の首からおびただしい血が噴き出し、室内を赤黒く染めていく。治夏は瑞希の亡骸から目を背け、予め待機させていた宮芝本家の使用人たちを呼び寄せ、室内の掃除をさせる。その間、治夏は風呂に行き、汚れた衣服と身体を清めておく。さすがに本家の使用人たちは優秀で、治夏が入浴を終えるまでに室内を清めて姿を消していた。瑞希の姿が消えた屋敷内を歩き、応接室に入ると治夏は側近たちを呼び寄せる。

 

「杉内殿の処分は終わられたのですか?」

 

「ああ、終わった」

 

聞いてきた右京に、治夏は短く答える。

 

「左様でございますか」

 

治夏が不機嫌であることは伝わったのか、右京はそれだけ言うと、口をつぐんだ。

 

「これで後顧の憂いは全て断つことができた。次はいよいよUSNAとの決戦になる。この機を逃して日本がUSNAに勝利を掴むのは難しい。今は一刻も早く敵との決戦に臨む必要がある。掃部、強襲作戦の戦力は整ったか?」

 

新ソ連と大亜連合は互いの対応に忙しく、他に目を向ける余裕はない。獅子身中の虫は処分でき、対してUSNAはパラサイトへの対応で大きく揺れている。本当に、作戦を成功させられるのは今しかないのだ。だから、気分が乗らなかろうと、治夏は休むことはおろか、立ち止まることもできないのだ。

 

「第二世代関本は出撃可能数が揃っております。関本用のライフルは半数が完成。残りを休日返上で製作させています」

 

結局、フォノンメーザーは期待していた程の攻撃力は発揮できなかった。ビーム砲のような射撃は実現できず、結局は光の弾を撃つ程度に留まってしまった。けれど代わりとして射撃可能数は一日当たり五発前後まで伸びた。肝心なのは射撃の精度だが、これは演習を繰り返していくしかないだろう。

 

ちなみに防御面に関しても念動力で操ることができる防弾シールドを装備させることで補強してある。加えて従来通りに両腕にセラミックブレードも内蔵しているため近接格闘戦にも対応可能だ。だが、それでも本物のパラサイトが宿されたスターズを相手に、どこまで戦えるかは疑問が残る。

 

治夏が前線に出ればパラライト兵は圧倒可能だが、それ以外の敵をどうするかが問題だ。それでもエアカーが上手く使えれば、まだ何とかなっただろう。けれど前回は酔ってしまい、今回に至っては失禁してしまうという大失態だった。はっきり言って、エアカーに乗るというのは、今は恐怖しか感じない。これでは戦闘など不可能だ。

 

霹靂塔が使えればいいのだが、劉麗蕾はもう返却の約束だし、新戦略級魔法である海爆は、その名の通り水がなければ使えない。リーナにしても達也にしても、そう簡単に戦略級魔法を使ってくれるとは思えない。

 

更に敵地は太平洋を挟んで遥かな彼方。日本から大兵力を送り込むことはできない。これまでにない好機と言いつつも必勝とはとても言えないのが現状なのだ。

 

「図書、今回が総力戦であることは伝えてあるのだろう? どの程度のクラスの魔法師の参加が見込めている?」

 

「はっ、十師族では十文字克人殿、七草真由美殿、同香澄殿、同泉美殿、一条将輝殿、一之倉典弘殿、六塚温子殿、六角定義殿、七宝琢磨殿、八代雷蔵殿、九島烈殿、同玄明殿、九鬼鎮殿、九頭見玲殿、十山信夫殿。国防軍では風間玄信殿、真田繫留殿、柳連殿、藤林響子殿、千葉修次殿、渡辺摩利殿。義勇兵として吉田幹比古殿、千葉エリカ殿、西城レオンハルト殿、服部刑部殿、沢木碧殿、千代田花音殿、桐原武明殿、矢車侍郎殿、吉祥寺真紅郎殿」

 

「比較的粒揃いとも言えそうだが、十師族の参加が少なすぎるな。魔法大学、防衛大学校、軍に関係する十師族関係者は全員徴発しておけ」

 

「はっ、仰せのままに」

 

ひとまず敵兵を戦闘不能とすれば宮芝の封印術士が動くことができる。そのためには優れた魔法師を一人でも多く戦場に送り込む必要がある。

 

近づく九島光宣率いるパラサイトとUSNAの兵器との戦争に備えるため、治夏は瑞希のことを頭の隅に追いやり、夜も明けぬうちから作戦会議に勤しんだ。




戦雲編終了。
次のパラサイト戦争編17話をもって本作は終了です。
駄作ではございますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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