八月五日、USNAに攻撃を仕掛けて二日目の朝を、司波達也はミサイル護衛艦、綾瀬の中で迎えた。そして目覚めから少し、小型船に乗って訪ねてきた宮芝和泉から達也は歓迎できない情報を知らされていた。
「それは、本当なのか?」
「ああ、昨日、太平洋艦隊は九島光宣に付いたサンディエゴに駐留していた艦隊とは一戦も交えていない」
ハワイに駐留していた太平洋艦隊の本隊とサンディエゴの艦隊では、それなりの戦力差がある。そして、作戦を早めたのは僅かに一日。全く動くことがなかったというのは、警戒感を抱くには十分すぎる要素だ。
「もしも太平洋艦隊が北に向かってくるようなら、君には後方のサンディエゴに戦略級魔法を使ってもらいたい」
「太平洋艦隊はいいのか?」
「そちらには一条将輝の魔法で対抗するつもりだ」
一条の海爆は超長距離からの狙撃性能はない。それゆえ、より距離の遠いサンディエゴを達也が攻撃するという役割分担となったのだろう。
「だが、俺が先に攻撃をすると、日本艦隊が敵の航空機の集中攻撃を受けるな。俺が魔法を使うのは一条が海爆を使った直後となるか?」
「そうなるな。だが、敵も馬鹿ではない。先に戦闘機部隊で仕掛けてくるだろうな」
達也の魔法はともかく一条の魔法は空を飛ぶ航空機には効果が薄い。日本艦隊は空母を三隻擁しているとはいえ、艦載機の合計は三十六機。一方の太平洋艦隊は空母の数こそ二隻だが、艦載機の数は百四十機以上。航空戦となっては勝ち目がない。
「防ぎきれるのか?」
「こちらには六十隻もの護衛艦隊がいる。被害なしとはいかないだろうが、航空戦力による損害は軽微だと思われる」
「それは太平洋艦隊が何もしてこなければ、の話だと言っていると思っていいか?」
太平洋艦隊には日本艦隊には劣るものの空母を除いて三十八隻もの艦がある。それらがミサイル攻撃を仕掛けてくれば日本艦隊は対空戦闘に集中することができない。
「その通りだね。そして敵艦隊は戦略級魔法を警戒して散開しているだろうから、一度に敵を壊滅させることはできない。日本艦隊も相当の被害を覚悟しなければならないだろうな。だが、我らは此度の海戦で上陸戦用の魔法師を失うわけにはいかない。ということで、これより三十分後には各揚陸艦は上陸艇を発進させて魔法師部隊を上陸させるつもりだ。そのときに君に一つ、頼みがある」
「何だ?」
「君の妹の護衛である桜井水波嬢を上陸部隊に貸してくれないか?」
それは意外な申し出だった。達也の身を案じた深雪が強硬に同行を主張したため、今回の戦いでは達也と同じ艦に同乗している。そして、その傍には常に水波を付けていた。
「その理由は?」
「上陸部隊にいるレオの隊に障壁魔法要員がいると心強い。それに適任なのが、レオと同じ山岳部に所属して連携が取りやすい桜井嬢というわけだ。ちなみに深雪については私と同じ艦に移ってもらう。克人が同じ艦にいるとなれば、君も少しは安心だろう?」
レオは魔法特性上、最前線に配置するしかない。そして、レオはエリカと違って回避が得意というタイプでもない。となれば守るには障壁魔法の使い手を同じ隊に配置するのが最善だろう。そして、水波の代わりに克人が深雪を守るというのは、安全度だけで考えれば強化されることはあれ、低下することはない。
「分かった。水波を貸そう。けれど、絶対に戦死させるなよ」
「安全な最前線など存在しない。約束はできない」
和泉は安請け合いはしなかった。それはレオがそれだけ危険な戦場に立つということも意味していた。和泉の申し出は、それでもレオの生存確率を少しでも高めるためのものなのだろう。
「意外に和泉も甘いんだな」
「友人の為に大切な妹の護衛を貸してくれる君に言われたくはないな」
達也の本音ではレオには志願などしてほしくなかった。おそらく和泉も同じだったのだろう。けれど、レオは志願してしまった。そうして従軍が許可されてしまえば、レオは最も危険な戦場に立たせるしかない。
「深雪のことは頼んだぞ」
「分かっている。そちらの方は任せておけ」
何事にも慎重な和泉は自身の周りに幻影魔法や隠蔽魔法のスペシャリストを置き、更に隣には克人という超豪華布陣で臨んでいる。この守りを抜ける敵ならば、どのような策を講じても無駄だと思える程の安全度だ。今回は達也は深雪の傍にはいられないため、守りは他の誰かに任せるしかなかったのだ。そう考えると和泉の提案は悪いものではない。これで達也は己の役目に全力を注げる。
「さて、次の問題だが、リーナがどこにいるのか、君は察知できているか?」
「ああ、リーナの居場所は予め分かるようにしている。それ自体は問題はない……が、問題なのは乗っている艦だな」
リーナはUSNAとの講和の前に重要な役割を果たしてもらうことになる。太平洋艦隊の中のリーナが乗る船は一条の戦略級魔法の標的から外さねばならないのだ。
「乗っている艦が問題ということは……リーナは空母にいるのか?」
「そういうことだ」
空母を沈められないとなると、日本は巨大戦力に手を出せないということになる。艦載機の存在を考えると、日本にとっては大きな痛手だ。
「まあ、リーナほどの魔法師であれば通常攻撃なら生き延びてくれるかな。それより戦略級魔法は本当に心配しなくてもいいのだな?」
「ああ、戦略級魔法は封じているから問題ない。まさか、この時点でこんなことを言わなければならないとはな」
「念には念を入れて、リーナに手を施しておいて正解だっただろう?」
太平洋艦隊に返す前にリーナの戦略級魔法は封じさせてもらっていた。完全な封印ではなく津久葉夕歌が解除魔法を使わなければ発動ができないというものだが、この状況で夕歌が解除に同意することはないので、事実上、使用できない。
「では深雪の説得は任せたぞ」
「ああ、任せておけ」
色々と話をしていたが、全て和泉と達也との間のことだ。まずは深雪に今の方針を納得してもらわなければならないため、達也は深雪の部屋へと向かった。上陸戦に加わるとなると、水波にも準備が必要だ。今は本当に時間がないのだ。達也が部屋を訪ねると、深雪は当然のように中に招き入れてくれる。
「単刀直入に言う。和泉から水波をレオの護衛として貸してほしいと言われた。代わりに深雪は和泉の艦に移り、一緒に十文字先輩に護衛してもらうことになる」
「お兄様がその方が良いとお考えになられたのなら、わたしはそれに従います」
部屋に入ってすぐに用件を切り出した達也に、深雪はあっさりとそう言った。その信頼は嬉しくもあるが、同時に少し心配にもなってしまう。
「十文字先輩の護衛も勿論だが、和泉は自分の保身に貪欲だ。守りという面では安心だ」
もっとも和泉は保身に貪欲な面と同時に、それが国のためになると考えれば自らの命を差し出しかねない危うさもある。が、それでも深雪を巻き込むことはないだろう。
「わたしのことよりも、水波ちゃんは大丈夫なのですか?」
深雪もレオと水波が危険な戦場に投入されることは理解しているのだろう。続いて出てきたのは水波を案じる声だった。
「和泉も命の保証はできないと言っていた。おそらく、これからの戦いは安全な場所などないのだろう」
USNAがパラサイトよりも達也のことを排除することを優先するのなら、全面戦争しか道はない。そうなれば、安全な艦は存在しない。ましてや敵地に上陸した部隊ともなれば、どこから攻撃を受けてもおかしくないのだ。
「お兄様は今回は戦略級魔法を使われるのですね」
「さすがに今回は、それしかないと思っている」
パラサイトという人類の脅威に国を分断され、他国の支援を仰がねばならない状況に追い込まれて尚、USNAは達也の抹殺に執心しているのだ。さすがに今回の暴挙は達也にしても許し難い。
どうせ、この後は決まっているのだ。今はせいぜい悪名を高めるとしよう。達也はそう心に決めると、サンディエゴの艦隊を攻撃する準備を整えるために自室に戻った。