八月五日の午前十一時前。太平洋艦隊がサンディエゴの艦隊と共に北上を開始したという連絡を一条将輝はミサイル護衛艦、早月の艦内で聞いた。
当初、将輝が聞いていたのは、太平洋艦隊と共に九島光宣に付いたサンディエゴの艦隊を叩くという計画だった。それが、いつの間にか太平洋艦隊が裏切り、パラサイトと手を組んで日本艦隊に牙を剥いてくるという。
急な作戦変更で秘密裏に太平洋艦隊から離れていなければ、一体どうなっていたか。肝を冷やすと同時にパラサイトという人類の敵に簡単に屈したUSNAの政府に、将輝は激しい怒りを覚える。それは周囲の者たちも同様な様子で、多くの者が怒りを露わにしていた。
太平洋艦隊に所属している兵たちも軍人としては政府の命令に逆らうのは難しいのかもしれない。けれど、兵士として以前に人間として、魔法を至上のものと考えて非魔法師を差別する九島光宣に付くことに何も感じないのか、将輝には不思議でならない。
ともかくUSNAが敵に回るというのなら、容赦はしない。吉祥寺と共に作った海爆で太平洋艦隊を沈めるという方針にも将輝は当然と考えただけだった。
すでに太平洋艦隊の北上を予測して、上陸戦用の部隊はロサンゼルスに向けて揚陸艇で出発した。今、海上戦力の艦内にいるのは敵の海上戦力、航空戦力、そして敵艦から飛来してくるであろう魔法師たちの迎撃用の部隊だけだ。その中でも対海上戦力用の要員として将輝、そして吉祥寺は艦に残っている。
「将輝、敵の第一波は航空機みたいだよ。僕たちの出番はしばらく後になりそうだ」
「空母を海爆で沈められることは敵も恐れているだろうから、当然だろうな。しかし、航空機だけで攻撃とは少々、無謀じゃないか?」
今の艦は数の多寡はともかく、皆、対空ミサイルを装備している。日本艦隊は六十隻もの大艦隊であり、空母二隻から発艦した機体だけでは勝てるとは思えない。
「いや、そうとは限らない。今の日本が装備している対空ミサイルは、元はUSNAが開発したものの改良型だ。何か対応策が考えられていても不思議じゃない」
それは非常に不穏な発言だった。もしも日本艦隊が装備しているミサイルに対抗する手段を航空機に講じられていたとすれば、日本艦隊は百を超える航空機からの猛烈な攻撃に晒されることになりかねない。
「心配しなくても、日本だって馬鹿じゃない。対空ミサイルで迎撃が難しい場合を考えているから、対空攻撃力がある魔法師が艦に残されているんだろう?」
不安を覚えた将輝だったが、続けての吉祥寺の言葉に、少しだけ不安が薄れた。確かに各艦には対空魔法が使える魔法師が配備されている。けれども、その総数は三十人程度しかいないのではなかったか。いかに魔法力が高くともマッハ2を超える速度で飛行する航空機を撃墜するのは容易なことではないのだ。
「いざというときは、俺も障壁魔法で敵の攻撃を防ぐのに参加するか?」
艦が沈められたら、元も子もない。将輝の魔法力なら対艦ミサイルであっても一発くらいは防ぐことができるはずだ。
「いや、将輝は戦略級魔法に専念した方がいい。敵艦からのミサイル攻撃を防ぐためにも、まずは一隻でも多く沈めないと」
将輝が一発を防いだところで、代わりに数十発のミサイルを撃ち込まれたのでは何の意味もない。戦略級魔法を使用後に集中攻撃を受けることを見越して、将輝の乗る早月には十文字家と宮芝の手練れが乗船していると聞いている。防御はそちらに任せろということなのだろう。
『総員、対空戦闘用意!』
艦内に放送が流れ、将輝は吉祥寺と共に艦橋の上に出た。そこが将輝のために用意された戦略級魔法使用のための台座だ。
「しかし、ここはミサイルを頭上から受けたら一番被害を受ける場所だな」
「そうならないように、祈るしかないね」
『敵ミサイル接近』
話しているうちに緊迫感のある声が届いた。けれど、その一方で艦隊に動きはない。
「迎撃ミサイルを撃たないのか!?」
「きっと何か考えがあるんだよ」
吉祥寺はそう言うが、将輝としては気が気でない。その間にも水平線の向こうに小型の飛翔体の姿が見えた。敵のミサイルは日本艦隊に急速に接近してきて……そのまま艦隊の上空を通過した。
「宮芝の魔法はUSNAに対しても有効みたいだね」
内心では不安もあったのだろう。吉祥寺が大きく息を吐きながら言った。
これで遠距離からのミサイル攻撃は通用しないと分かったはず。となれば、次に行われるのは有視界戦闘だ。
『敵戦闘機隊、水平線に姿を現します』
その放送の通り、水平線の彼方に銀翼の機体群が姿を現した。それを迎撃するために各艦から迎撃ミサイルが発射される。しかし、それらは敵機に反応することなく水平線の彼方へと消えていく。
「敵も無効化策を講じているか」
こうなると、動きの鈍い艦船の方が圧倒的に不利だ。敵戦闘機隊は予想通り百四十機あまりの大編隊だ。それに対して、味方空母の上空の直掩戦闘機隊は僅かに二十四機。空戦での不利は否めない。
『天牙隊、敵空母一隻を撃沈!』
と、そこに味方を大きく沸かせる連絡が入る。今回の作戦でも天牙は初めから大きく迂回して空母を狙っていたのだ。けれど、一度、攻撃を仕掛ければ、さすがに敵に発見される。おそらく彼らは帰ってこれないだろう。
彼らに報いるためにも、将輝はここで視界に入った敵艦を仕留めなければならない。上空の敵は無視して、ただ水平線の彼方を見つめる。
その直後、敵戦闘機隊に動きがあった。こちらに迫っていた航空機隊のうち先頭の数機が何かにぶつかったように潰れ、海へと落ちていった。
「なるほど、障壁魔法か。あれなら高速で飛ぶ敵を打ち落とすより、よほどやり易い」
とはいえ、それが可能なのは比較的まっすぐ飛んでくれていた今だからだろう。普通の空戦機動を取り始めたら当てるのは困難だ。何せ地上では長大な一辺十メートルの障壁とて広大な空ではあまりに小さ過ぎる。
直後、艦が急速旋回を行い始める。同時に空に向かって迎撃ミサイルが飛んでいく。今回のミサイルは予め指定の軌道を取るようになっているらしく、敵機の有無に拘わらず一定の距離を飛んでは破裂を行っているように見えた。それによって二機を撃墜、一機に重大な損傷を与えたようだが、迫る機数に比べればあまりにも少ない。
そして、ついに敵航空機がミサイルの発射を始めた。猛烈な速度で迫るミサイルは、その多くが海へと突っ込んでいく。これはおそらく、宮芝の幻影魔法によるものだろう。
『護衛艦羽束、小型艦夕暮、被弾』
それでも二隻もの被害が出てしまった。羽束は航行できているようだが、夕暮は直撃弾を受けて船体が二つに割れ、あっという間に波間に消えてしまった。敵航空機隊は十機ほど撃墜できたようだが、このペースでは日本艦隊は甚大な被害を受けてしまう。
更に悪いことに、水平線の先から更なるミサイルが飛来してくる。今度のミサイルは航空機からの座標を得ていることだろう。先のように明後日の方向に飛んでいくということはないはずだ。
「ジョージ、こちらも座標指定で魔法を使おう」
「それだと将輝の負担が増えることになるけど、いいの?」
「待っていても、敵艦は視界内には入ってこない」
「分かった」
吉祥寺が見えない座標に向かって魔法を発動できるようにCADの設定の修正を始める。その間にもミサイルが周辺の海に落ちていく。さすがに誘導なしでの長距離攻撃は命中率は悪いが、至近弾でも被害は避けられない。何発も受けるのは危険だ。
そう考えていたところで、まさしく早月の右五メートルという近距離にミサイルが着弾した。来る衝撃に備えて、将輝は吉祥寺と共に艦の手すりに摑まる。が、思っていた衝撃は襲ってこない。見ると、巨大な障壁がミサイルの衝撃波を受け止めていた。
この艦は十文字家当主である克人の従兄が守りについていると言っていた。おそらく彼が守ってくれたのだろう。ならば、それに報いねば。
「ジョージ、多少アバウトでいい。撃つ」
「敵艦の正確な位置は分かっていないけど、分かった。発動を最優先にする」
先程、天牙が送ってくれた敵艦の位置情報はあるが、無論のこと敵艦隊も戦闘中に停止しているはずがない。それならば、ある程度、予想で撃つことになるのはやむをえない。それよるも、まずは攻撃してくる敵艦を一隻でも沈める。
「将輝、用意ができたよ」
吉祥寺の声と同時に短機関銃によく似たCADのトリガーを引く。遠方に魔法の発動の気配があるのを確認し、一旦は指を離す。これでどれほどの被害を敵に与えられたかは分からない。けれど、一つ確実なのは、これで敵に将輝の存在が確認されたということだ。
周囲の艦船が一斉に対空ミサイルを発射する。空母の防衛を優先していた味方の航空隊が早月の上空に移動してくる。対空機銃が全力で空に射撃をしている。
今、将輝を狙う敵機と将輝を守ろうとする日本艦隊の戦いが始まろうとしていた。
本話は原作30巻発売前に書き終えていた内容なので、このような展開に。
実際には、魔法は航空機にどれほどの効果があるのでしょうか。
私は高速で移動する物体に魔法を当てるのは難しいと考えましたが、達也にとってはそうでもなかった様子。
達也が一般的な魔法師とは言えないので修正等はしませんでしたが、普通の魔法師にとってはどうなんでしょうかね。