篠田次郎は宮芝傘下の佐倉中原家に属する篠田家の次男として生を受けた。宮芝家の中でも下流も下流に属する次郎の魔法力は他の諸家と同様、全く見るべきもののないものだ。魔法科高校に入学するなど、二科であっても夢のまた夢。中学を卒業後はそのまま宮芝家の修練所で修行の日々。
そうして十八歳になり、正式に宮芝の仕事に就き始めてから僅かに四か月弱。次郎は早くも大戦に投入されることになった。
この戦には宮芝の術士はほとんどが駆り出されていると聞いている。しかし、修練所を出たばかりの新人に近い次郎まで出陣することになったのは、次郎の属する篠田家の主家である佐倉中原家が現淡路守に反抗的なのと無関係ではないのではないだろうか。
ともかく次郎は専用の呪符を仕込んだ移動魔法による攻撃用の岩塊三つと重機関銃のみを武器に本作戦に参加することになった。はっきり言って、岩塊三つをずるずると引いていなければ、大量の弾薬が詰まったバッグを背負った次郎は魔法師には見えないだろう。
その次郎は今、ミサイル護衛艦岩瀬の甲板上で機関銃を構えている。上空では先程から敵戦闘機が飛び回っているが、個人が持ち運びできる程度の機関銃で戦闘機を落とすことなどできるはずがない。無駄弾を撃つなと言明されているため、今はただ自分の乗る艦に敵の攻撃が当たらないことを祈ることしかできない。
幸いにして、敵戦闘機の搭乗員は魔法師ではない。そのため、宮芝の魔法師たちが作り出した幻影に惑わされ、有効な攻撃はできていない。時折、運の悪い艦が偶然の流れ弾が命中して被害を受けているが、百機以上の戦闘機に上空を飛ばれている割には被害は少ない方だと言える。
魔法師でない敵には宮芝の幻術は破れない。だから、次の段階は敵魔法師が飛行魔法で攻撃を仕掛けてくる。次郎の機関銃はそのときのためにあるのだ。
司波達也の開発した飛行魔法は、艦船に新たな脅威をもたらした。それが、飛行魔法で接近してくる魔法師だ。それにより、長射程からのミサイル防御のために大型化した火器の他に海面近くを飛行してくる小型の敵への対抗策が必要になり、こうして前時代的に艦の側面に多数の機銃の代わりの機関銃を装備した歩兵を配置することになった。
実際の時間としては比較的短時間。けれども次郎にとっては一日とも思えるような戦闘機との戦いが終わり、敵航空隊は一度、弾薬の補給のために戻っていった。
事実上、何もすることがなかった次郎は空と海の間で行われた戦闘を見ていたが、味方戦闘機隊の勇戦もあり、敵航空機の被害は四十機ほどはあったように見えた。それに対して日本艦隊はミサイル護衛艦を三隻、小型艦を五隻失った。損傷艦はミサイル護衛艦が四、小型艦が六。他に戦闘機の被害が五機。
損傷艦は後退を始めたので、戦場に残るのは空母三、ミサイル護衛艦十四、小型艦二十八の計四十五隻。当初の六十三隻から比べると随分と減ってしまった。
幻影魔法が有効に機能して、この被害なのだ。ここに敵魔法師隊による幻影魔法対策が行われれば日本艦隊は全滅する。敵魔法師は絶対に打ち落とさねばならない。
『偵察を続けていた天牙より報告あり、我が国の攻撃隊は敵空母一隻、駆逐艦二隻を撃沈。その後、一条将輝の海爆二回により敵艦六隻を撃沈』
艦内放送により、敵方も予想以上の被害を受けていたことが分かった。太平洋艦隊は計四十隻だったはず。つまり残りは三十一隻。これなら敵魔法師さえ撃退できれば勝機は十分にある。
『敵魔法師隊を確認』
しかし、続く放送に次郎は一気に浮かれ気味の気持ちを現実に引き戻された。まだ次郎の肉眼では確認できないが、艦橋では魔法の反応を確認できているのだろう。しばらく身構えていると水平線の向こうから人影が向かっているのが見えた。
『敵の魔法反応を解析、スターズの隊員を相当数、含んだ部隊であると予想される。ただし、敵にパラサイトはいない』
それは、生半可な魔法も銃撃も効かないということだ。一方でパラサイトでないのなら、敵も生身の人間ということだ。不死身の化け物でないのなら、きっと次郎にもできることがあるはずだ。
敵の姿が徐々に大きくなってくる。しかし、まだ射撃開始の指示はない。今の所、撃たれているのは艦に装備された対空砲のみだ。敵は今にも魔法を発動させそうだ。一体、いつまで待てばよいのか。
『攻撃開始!』
おそらく指揮官が待っていたのも、敵が攻撃に移るときだったのだろう。ついに下った指示に次郎は機関銃の引き金を思い切り引く。
機関銃から発射された曳光弾が敵魔法師へと一直線に伸びていく。しかし、それは強固な障壁魔法によって防がれてしまう。ならばと引き摺ってきた岩塊を移動魔法により敵へと飛ばす。が、それも強固な干渉領域によって敵に当たる前に勢いを失い、海へと落下した。何一つ有効な攻撃をすることができなかった次郎を見て、敵が笑みを浮かべる。そこには明らかな嘲りが見えた。
今度はこちらの番だ。実際にそう言ったかどうかは分からない。けれど、次郎には敵がそう言ったように見えた。敵が魔法を放とうとしている。次郎に、それを防ぐだけの魔法力はない。しかし、敵が魔法を放つ直前に岩瀬の前に一隻の小型艦が割り込んできた。小型艦は対空機関砲で敵魔法師隊の一人を吹き飛ばす。
怒った敵魔法師隊の攻撃により、小型艦が火を噴いた。艦橋付近に集中攻撃を受けた艦は黒煙に包まれたまま、それでも対空機関砲を打ち続け、敵魔法師隊を屠っていく。しかし、二度目の斉射で今度こそ沈黙し、その姿を波間に消した。
あの小型艦は岩瀬を守るための盾となって犠牲になったのだ。小型艦を沈めた敵の数は二十人にも満たない。それだけの数で小型とはいえ艦一隻を沈めたのだ。本当に敵魔法師の魔法力は次郎とは雲泥の差だ。彼らからしてみれば、次郎など非魔法師と何ら変わらないのではないだろうか。
確かに次郎の魔法力は低い。けれども次郎も宮芝の術士だ。宮芝の術士は例え魔法力が低くとも、ただ狩られるだけの兎ではない。いかに身体が小さくとも、いかに力が弱くとも、牙を持つ狼だ。それを思い知らせる。
手近の魔法師に向かって岩塊を飛ばす。直接、相手に当てようとしても強い領域干渉力に掴まってしまうのは目に見えている。山なりに飛ばして、敵の上で魔法を解除。後は重力に任せても勝手に敵に当たるようにする。
自分に向かって降ってくる岩に気づいた敵は移動魔法を使って自分の上から軌道を逸らした。けれど、それこそが次郎の狙いだ。他の魔法を使うその瞬間、短時間であろうとも障壁の威力は弱まる。
刹那の間を逃さず、左右の銃座とも協力して機関銃弾を目一杯叩きこむ。それは魔法師の障壁魔法を貫き、身体を引き千切って海へと叩き落した。
仲間が弱い魔法で隙を作られ、防げる銃弾で撃墜された。その事実に他の魔法師が怒りを露わにするのが分かった。だが、戦場で心を乱すのは精神干渉魔法を得意とする宮芝を相手にした場合の最大の悪手だ。
岩瀬に乗艦していた宮芝の魔法師が密かに幻影魔法を使う。それが映し出すのは幻の岩瀬の艦影だ。そこに向かって敵が全力の魔法攻撃を叩きこむ。けれど、それでは当然、艦に被害は出ない。
逆に攻撃魔法を使って障壁魔法が弱まった所を狙った集中攻撃で、更に二人の魔法師を撃墜する。更には周囲の艦も援護のために集まってきて、空に向かって猛烈な射撃を浴びせ掛ける。
さすがに十文字の魔法師ではない敵魔法師は重機関銃を防ぎきれるような強固な障壁を前方百八十度近くは展開はできないようだ。障壁魔法を貫かれ、一人、また一人と海に落ちていく。
そうなれば、後は容易い。周囲の味方が次々と撃ち落とされていくのを見た敵は心を乱し、これまでと同様の強度の障壁を作ることは難しくなる。潰走を始めた敵を銃弾の雨が容赦なく蹂躙していく。
結局、次郎の前に見えていた二十人近くの魔法師のうち猛反撃から逃れたのは三人だけだった。そして補給を終えた敵戦闘機隊の第二次攻撃に備えているとき、水平線の向こうから波が押し寄せてきた。それは軍艦を大いに揺らしたが、それ単体で艦が被害を受けることはなかった。問題は、波が起きた原因だ。
少しして、その波がマテリアル・バーストという戦略級魔法によるものだと連絡する艦内放送があった。それによりサンディエゴは壊滅状態となったようだ。そして、その日のうちに敵航空機の第二次攻撃が襲来することはなかった。
原作でも飛行魔法による魔法師の脅威が語られていましたが、艦の防御兵装は急には換装できませんから、本作では機関銃兵を並べるという原始的方法で魔法師に対抗しようとしています。
結果、前話から引き続いて魔法の出番が極めて限定的な銃弾が飛び交うばかりの戦場に。