アンジェリーナ・クドウ・シールズは小破した空母エンタープライズの艦内で、日本艦隊への攻撃から帰還した魔法師たちの手当てを手伝っていた。本日の日本艦隊の攻撃には百名を超える魔法師を投入したが、帰還は僅かに二十一名という惨憺たる有様だった。
出撃した魔法師いわく、そこは地獄だったということだった。戦場は身を隠せる物など小石すら存在しない大空。魔法師たちに向けられる機関銃の数は攻撃側の人数を上回る。銃弾は飛行魔法で避けきれるような速度では迫ってこない。そんな戦場で魔法師たちは己の障壁魔法のみを頼りに敵艦への肉薄攻撃を行ったのだ。
受け損なった者から身体を引き千切られ、海へと落とされていく。それを見て心を乱した者から次の犠牲となる。戦友たちが次々と散っていく中、心の平静を保つことができ、かつたまたま狙われた銃火器の数が少なかった者だけが帰ってこられたのだ。
そもそも魔法師は非常に貴重な戦力だ。他科の支援なしに多数の銃火器の中に突撃するような運用は想定されておらず、当然そのような訓練など受けていない。今回の結果は予想されたものとも言える。
実戦経験豊富な艦隊司令の予測もリーナと同様だったらしい。だから司令は九島光宣に向けて作戦の再考を進言した。しかし、それに対する光宣の回答は、たいしたことのない魔法師の損耗など痛手ではないでしょう、だったと聞いた。
九島光宣は、全体的にレベルの高い日本の魔法師たちの頂点に立つ十師族の中で、更に群を抜いて高い魔法力を持っていたという。その基準から見れば、多くの魔法師がたいしたことのない魔法師になってしまうのかもしれない。しかし、それは多くの魔法師の考えから大幅に乖離している。
似たようなことは、今回の作戦前にも起きていた。一時的とはいえ、非魔法師のことを動物と呼ぶ者に与することに対して、多くの航空機の搭乗員が抵抗を示した。その者たちを九島光宣はあっさりと殺害したのだ。
このときも、光宣は飼い主に逆らうような犬に価値などないと言い切ったらしい。そして、作戦の成功率の低下を理由に苦言を呈す指令に、代わりなどいくらでもいると言ったと聞いた。魔法力こそが人間にとって最大の価値と考える光宣にとっては、非魔法師は一括りで非魔法師なのだ。海軍の戦闘機パイロットが選ばれたエリートたちであることに光宣は全く考えが及んでいない。自動車と同じと考えているのでは、とリーナは愕然としたものだ。
そうして練度を大きく落とした戦闘機隊が敵艦隊相手に苦戦をしたのは、ある意味では自明の理であったと言える。何せ、気概のある者たちは事前に処分されており、残った者たちも戦意は相当に低くなっていたのだから。
更に悪いことに、帰ってきた戦闘機隊を迎えるのは一隻が撃沈されたため、損傷を受けた空母が一隻だけだった。損傷の影響で収容可能数を大幅に減らしたエンタープライズは帰還した百機超の半数、五十機のみを収容して残りを海に投棄することになった。
通常時ならば他の陸上基地に向かわせることもできた。しかし、ロスアンゼルスは敵の手に落ち、他の基地が航空隊の受け入れを拒否したため、このような事態になったのだ。
ちなみに他の基地が受け入れを拒否したのは、この近辺の基地はほとんどが九島光宣の討伐のためにパラサイトと戦い、戦友たちを失った基地ばかりだからだ。国の命令とはいえ、昨日までの宿敵と急に手を組んだ太平洋艦隊に対して思うことのある者は多い。
それにしても、本国は一体、何を考えて九島光宣に与することに決めたのだろうか。光宣は明らかに達也よりも危険な存在だ。いくら達也の魔法に脅威を感じたとしても、国を内部から崩壊させかねない光宣に味方するのは、リーナには理解できない思考だ。おそらく前線から遠く離れた首都の高官たちは脅威の査定が近視眼的になっているのではないだろうか。ともかく、USNAの未来が暗いのは、はっきりした。
今回、パラサイトの思うがままに自国民を捨て石にするような作戦に従事させたつけは必ずや払うことになるだろう。少なくとも、今日の作戦の前後に交わされた司令と九島光宣の遣り取りを知った軍人たちは、今の政府を承認することはないだろう。
軍人たちだけではない。非魔法師を動物とまで見下すパラサイトである九島光宣に協力した政府に対しての一般市民の怒りはいかばかりだろうか。その怒りは政府と共に最初に光宣に協力した魔法師たちにも向かうだろう。
USNAの未来に待っているのは、魔法師と非魔法師の激しい対立だ。その解消策は、おそらく誰の胸の内にもない。
リーナの中で今まで祖国に抱いていた気持ちが、急速に萎えていく。しかもリーナは日本軍がUSNAという国自体を滅ぼそうという気がないことも知っている。その状態で、ただ命令だからと命を懸けて戦うことはできない。
「もう迷わない。私は達也の艦を沈める」
誰にも聞かれないように注意しながら、ぽつりと呟く。そうしてリーナは艦隊司令の部屋へと向かう。部屋の戸を叩くと、指令はすぐに室内に入れてくれた。
「シールズ少佐か。今日はご苦労だったな」
「いえ、私が日本でヘビィ・メタル・バーストを封じられていたばかりに艦隊の皆を苦戦させてしまい、心苦しい限りです」
「日本でか……貴官を日本から呼び戻したことが正しかったのどうか、私は今、分からなくなっているよ」
「司令……」
「我が国は一体、どうしてしまったというのか。九島光宣は我々とは違う生き物だ。奴は人の命など何とも思っていない。あのような者とは、いかなる理由があっても手を組んではいけないというのに……」
どうやら司令はリーナと同じ思いを抱いていたようだ。しかし、それなら少しは良い方向に誘導できるかもしれない。
「明日からはしばらく日本艦隊との交戦を避けた方がいいと思います。パラサイトのために本気で戦う必要はないです。日本の戦略級魔法師が驚異なら、上陸した日本軍が内陸に進軍するのを待ってから攻撃した方が、より確実だと思います」
「確かにパラサイトたちを助ける義理は無いな」
「日本の戦略級魔法師だけを倒すなら、私に手があります」
「しかし少佐は戦略級魔法を日本の魔法師に封じられているのではないのか?」
「はい、確かに私の魔法は日本の魔法師に封じられています。けれど、それならば封じている魔法師を先に倒してしまえばよいのです」
リーナがそう言うと、指令が僅かに身体を前に乗り出した。
「封じている魔法師の居場所は分かるのか?」
「はい、何となくですが、私を縛る魔法の存在を感じられています。その感覚を頼りに残りの全戦闘機を投入して艦を撃沈できれば、私の戦略級魔法が使えるようになる可能性は高いと思います」
「試してみる価値はあるな」
「ですが、残りの戦闘機の数を考えると、おそらく次が最後の機会となります。成功率を上げるためにも日本の魔法師の主力部隊が留守にするまで攻撃を控えたいのです」
「分かった。確かにそうだな」
作戦に十分に乗り気になってもらえたところで、リーナは司令の部屋を出た。そうして自室に戻る道すがら、リーナは己にこれでいいのだと言い聞かせる。
今回の作戦は日本軍に最低でも二隻の被害を与える。そして、太平洋艦隊にはそれ以上の犠牲を強いてしまう。目的の為に友軍にも被害を強要するという作戦を押し通すという意味ではリーナの行動は九島光宣にも通じるものだ。
それでもこの作戦を成功させ、司波達也という存在を抹消しなければ、USNAの高官たちは必要以上の恐怖に怯え、今回のような愚かな選択を繰り返してしまうだろう。この作戦が結果的に、双方の被害を小さくできるはずだ。
だから、リーナは祖国の命令に背く作戦を実行する。九島光宣という敵を葬った後に世界がより良い方向に進むために。
図らずも本作のエンタープライズの艦長と原作のシャングリラの艦長は類似点が多くなっていました。