千葉エリカは、戦う前から非常に疲れていた。というのも、エリカが所属する第二十六分隊の構成員がエリカにとっては好ましくない面々だったからだ。
第二十六分隊の分隊長は防衛大学校の学生ながら、国防陸軍の通称『抜刀隊』にも所属するエリカの兄である千葉修次。そして副隊長格として修次の恋人である渡辺摩利。それに桐原武明と矢車侍郎にエリカという組み合わせである。
普通は兄妹を同じ隊に、しかも兄には恋人付きで放り込むだろうか。この編成は絶対に和泉が絡んでいるはずだが、その思惑が理解できない。和泉はエリカと摩利の仲があまり良くないのは知っているはずだ。だったらなぜ、と考えて思いつくのは嫌がらせだ。
エリカは少し前、千葉の門弟である稲垣を和泉の謀略で失った。そのときに和泉に刃を向けて失禁させてしまった。あれを根に持っていたのだろう。腹立たしいことこの上ないが、千人を超える軍の編成の結果に個人が異議を唱えても仕方がないことくらいは分かるので、黙って従うよりない。
「エリカ、先行部隊が敵を発見したみたいだ。進むよ」
修次がエリカを見て言ってくる。先行部隊は幹比古も所属している分隊だ。幹比古を近くを進む分隊に置いたのも、和泉の差し金だろう。こちらは余計なお節介だろうか。和泉の思惑はともかく、今は目の前の敵に集中するしかない。黙って前に進んでいると、後退してくる幹比古たちの姿が見えた。
「千葉分隊長、敵はパラサイトと思われます」
修次にそう話し掛けているのが、幹比古たちの分隊長である師補二十八家の一色俊義だ。その下に、七草香澄と泉美、幹比古、沼田織部という名の宮芝の魔法師という組み合わせで先行部隊は構成されている。幹比古と沼田が偵察、一色と香澄と泉美が遠距離攻撃要員という近接戦を専門にしたエリカたちと真逆の構成だ。
「では私たちが前衛を務めます。一色殿は支援をお願いします」
第一高校にパラサイトが現れたとき、エリカは本体を相手に何もできなかった。それは、今になっても変わっていない。精神生命体を攻撃するというのは、千葉家の本分ではなく、どうやっても付け焼き刃くらいにしかならないと悟ったためだ。
それはエリカだけに限らない。千葉の麒麟児、幻刀鬼、といった異名を持つ修次も精神生命体には有効打を持たず、それは摩利も桐原も矢車も同じであるはずだ。結局、近接戦闘を専門にした抜刀隊を母体にした戦力ではパラサイトの本体との戦いは難しい。だが、今回は前回とは違う。
宮芝家の沼田織部は対パラサイト用の封印術のスペシャリストという話だし、幹比古も宮芝家の指導を受けて新しい封印術を会得したと言っていた。ならば、本体は幹比古たちに任す前提でエリカたちは宿主を倒すことに専念をすればいい。
どうやら敵パラサイトは四体らしい。遠距離戦に長けた魔法師を相手にするときは徒に姿を晒すだけになるためか、飛行魔法は使用していない。ただ、何かよくないものの気配が近づいてくることだけは肌で感じることができた。
先手は香澄と泉美の二人による『窒息乱流』だった。窒素の割合が九十パーセントを超える強風が姿が見えるか否かという段階のパラサイトに襲い掛かる。パラサイトの本体は精神生命体だが、それを宿した人間は生物だ。窒素の渦に捕らわれれば活動することはできなくなる。けれど、それはパラサイトたちの強力な魔法力で無効化された。だが、それこそがエリカたちの狙いだ。
窒素の気流に乗せて放たれた幹比古の短剣が、パラサイトの一体に突き刺さる。幹比古はすかさず短剣と対になる、扇となった呪符を媒介に封印術式を起動した。それにより、敵は身体を痙攣させると糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
仲間が倒されたとこに気づいた残りの三体のパラサイトが怒りを露わに突進してくる。迎え撃つのは修次、摩利と桐原、そしてエリカと矢車という組み合わせの三組だ。
今回エリカが使うのは対パラサイト戦となることを想定した、宮芝家提供の翠雨という刀剣型デバイスだ。はっきり言って刀剣型のデバイスとしての性能は並みだが、この刀にはパラサイトの再生能力を無効化する退魔の力が備わっているらしい。
エリカの前へとやってきたのは、刀剣型のデバイスを持つ敵だった。しかも、どこか日本の魔法師に似た雰囲気を持っている。
「そちらは千葉家の剣士で間違いないか?」
「ええ、そうよ」
「山坂藩剣術指南役、藤沢周作の末裔、セルヴィス・フジサワ・オーランドだ」
セルヴィスは名乗りながら右足を引いて半身になり、刀剣型のデバイスの切っ先を後方に下げる。日本の剣術の構え、脇構えだ。
「千葉家、千葉エリカ」
対するエリカは正眼に構えを取る。相対しただけで、相手が魔法師である前に一流の剣士であることが分かった。まさかUSNAでこれほどの剣士と出会えるとは、全く想定していなかった。思わぬ幸運にエリカは興奮を隠し切れない。が、そこに水を差す者があった。
何の殺気も感じさせることなく、矢車がエリカの背後から飛び出してセルヴィスに向けて手裏剣を放つ。それを見たエリカは即座に矢車を横に蹴り飛ばした。
「宮芝にとって戦いは、そういうものなのかもしれない。けど、少なくとも私が負けるまでは無粋な真似はやめてもらいたいものね」
「……了解した」
矢車は大いに不満そうな様子だが、これ以上の邪魔をすれば斬るというエリカの思いが通じたのか、大人しく引き下がった。
「連れが余計な真似をしたわね」
「なに、ここは戦場でもある。そういうこともあろう」
そう言ったセルヴィスは矢車の手裏剣をちゃんと弾いており、無傷だ。エリカが一騎打ちを望んでいるとしても、他の者はそうでないことに気づいていたのだろう。けれど、邪魔者は消えた。さあ、ここからは本当に剣士と剣士の戦いだ。もう誰にも邪魔はさせない。
セルヴィスは脇構えを維持したまま、じりじりと爪先をエリカへと伸ばしてくる。本来の間合いは身長の差でセルヴィスに分があるだろう。だが、相手は初動には少し難のある脇構えだ。実際の間合いはエリカの方が広い。
数センチの間合いを取り合う、地味だが緊迫した時間が流れる。一般的でない脇構えを、この大事な場面で出してくるのだ。セルヴィスは間違いなく脇構えに慣れており、隠し玉も持っている。迂闊に動くのは危険だ。エリカから無闇に仕掛けるべきでない。
じっと待ち受けるエリカと、間合いを詰めて攻め込もうとするセルヴィス。先に動いたのはセルヴィスの方だった。
脇構えから極限まで技の起こりを消した横薙ぎがエリカの脇腹に伸びてくる。エリカはそれを防ぐために左へと翠雨を動かした。だが、その瞬間、セルヴィスの剣は急激に軌道を変えてエリカの首へと向かってくる。
咄嗟に首を捻ったエリカだったが、避けきれない。このままでは首を落とされはしないにせよ、深手は避けられそうにない。けれど、エリカは重大な怪我を負わなかった。その前に矢車が投擲した短刀がセルヴィスの剣の勢いを緩めてくれたからだ。
助かったのは確かだが、これは明確な約束違反だ。思わず矢車を睨む。
「貴女を殺させるなと命令を受けているので。手出しが嫌なら危険な目に遭わないでください」
そう言われると、反論がしづらい。ともかくセルヴィスは予想以上の手練れだ。
「普通の薙ぎと見せかけて、実は左手一本で放っていたわけね。そして、途中で添えていただけだった右手を使って軌道を変えた」
「たった一度、受けただけで見切ってしまったか。さすがに千葉家の者か。左様、これが我が一族の秘剣である手折花だ」
「褒められることじゃないわよ。実際に横やりがなければ、あたしは死んでいた」
技名は花に例えていたが、実際に落とすのは敵の首だ。そして、エリカはそれを防ぐことができなかった。
セルヴィスが再び脇構えを取る。秘剣は一度で敵を必ず殺すから秘剣なのだ。見た者を生かしていては対策を練られる。けれど、それは逆に必殺の秘剣は複数種類を持っていても使う場面は訪れないということだ。それなら、秘剣をひたすらに磨けばよい。
おそらくセルヴィスに他の秘剣はない。けれど、一度見たから容易に破れるというほど手折花は甘い技ではない。途中で軌道を変えなければ横腹を、軌道を変えれば首の他に足を狙うこともできるはずだ。これをきっちり防ぐことは難しい。
もっとも、それで手がないということはない。防ぐのが難しいのならば、防がなければよいのだ。
セルヴィスの脇構えに対してエリカは下段の構えを取る。セルヴィスは先のときと同じように、じりじりと間合いを詰めてくる。エリカは僅かに剣先を左に向けてセルヴィスの動きを牽制する。
二度目の攻防も先に仕掛けたのはセルヴィスだった。だが、今度はエリカも刹那の違いで切り上げを繰り出していた。セルヴィスの横薙ぎを右手一本で振るったエリカの剣が跳ね上げる。その直後、エリカは添えていた左手を使って剣を右へと倒した。
「手折花」
セルヴィスが視線を下げながら静かに呟いた。セルヴィスの脇にはエリカの翠雨が突き刺さっている。それはエリカが手折花を応用して、振り上げから振り下ろしに変化させた剣によるものだった。
「まさか一度で見破っただけでなく、己で使ってみせるとは……恐るべき剣士よな」
「けれど、あたしは一度、確かに貴方に負けた。だから、お礼を言わせてもらうわね。ありがとう、あたしに勝った人」
セルヴィスが僅かに笑みを浮かべる。エリカは介錯をするように、その首に翠雨を振るう。静かに落ちたセルヴィスの首と残された身体が白い炎に包まれて消えていく。
彼は確かにパラサイトだった。けれど、彼はパラサイトとしての能力を一度たりとも使わなかった。彼が純粋な剣術のみでエリカとの勝負を望んだからだろう。彼はパラサイトに憑かれても、なお剣士であり続けたのだ。
修次や摩利たちが、こちらに向かってくるのが見える。どうやら、他の二人も片付いたようだ。
エリカは自分を負かした剣士に、最敬礼で別れを告げた。
セルヴィス・フジサワ・オーランド……無理がある設定だとは分かっていたのですが、一度、剣での戦いも書きたかったのです。