司波達也が宮芝和泉に対する警戒心を高めることになった魔法実技の授業から一週間が過ぎた。この間、壬生紗耶香と学園側の二科生の扱いに関して二回目の討論を行っていたが、総じて見れば平穏な日々であった。
けれど、平穏な日々というのは、いつだって唐突に破られるものである。今回のそれは、放課後の冒頭だった。
クラブ活動の生徒はロッカーへ着替えや荷物の入ったバッグを取りに、帰宅をする生徒は帰り支度を始める中、スピーカーからハウリング寸前の大音声が響いた。
『全校生徒の皆さん!』
その音量にレオが同じく大声で何事かと叫び、応じてエリカも大声で諫め、騒ぎを大きくする二人を美月が抑えようとする。ほかにも少なくない生徒が慌てふためく中、今度は少し決まり悪げに同じ放送が流れる。
「どうやらボリュームの絞りをミスったようだな」
「やっ、ツッコンでる場合じゃないから、きっと」
ボソッと呟いた達也の言葉を、耳聡く拾い上げたエリカからすかさずツッコミが入る。
『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』
スピーカーからは男子生徒の威勢の良い言葉が続いている。
『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』
「ねぇ、行かなくていいの?」
座ったままスピーカーに目と耳を向けている達也に、エリカが何事か期待しているような声で訊ねてくる。
「そうだな」
その態度を不謹慎だ、とは、言わなかった。エリカの言っていることはもっともだ。
「放送室を不正利用していることは間違いない。委員会からお呼びが掛かるか」
達也がそう言うのと同時に、内ポケットの携帯端末にメールの着信があった。
「おっと、噂をすれば。じゃあ、行ってくる」
「あ、はい、お気をつけて」
美月に送られて、席を立とうとする。
「少し待ってくれないか」
しかし、その前に和泉から呼び止める声がかかった。
「達也、私にメールを見せてくれないか?」
「和泉にもメールが来てるんじゃないか?」
「来てないから聞いているんだ」
なるほど、つまり摩利は和泉に来てもらうのは不適当と考えたわけだ。和泉であれば放送室ごと爆破して一網打尽などという過激な発言をしても何の不思議もないので、妥当な判断だ。そして、それならば達也が打つ手は一つ。
「エリカ、レオ、和泉を拘束してくれ」
その言葉を予測していたかのように二人の行動は迅速だった。エリカが右腕、レオが左腕を取り、放送室に向かえないようにする。
「ちょ……待って……離して!」
「離したら、放送室に突撃するだろ」
「しないから。しないから離してよ」
「はいはい、達也くんが事件を解決したら離すから、少しだけ我慢してね」
和泉は離せと叫ぶが、レオとエリカは軽く流す。
「離して……離してよ」
懇願する和泉は涙声になっていたが、以前、嘘泣きに騙されたレオは力を緩めない。だが、もう一方のエリカは腕を離していた。
「おい、エリカ……」
非難しかけたレオも和泉がその場にくずおれたのを見て慌てて腕を離す。
「酷いよ、何で……」
その場に蹲るようにして泣く和泉を前に、それほど酷いことをしただろうかと困惑した顔でレオは達也のことを見つめてくる。が、達也も酷いとは思わないものの今の和泉の前で言えるはずもなく、黙っていろと目で合図するのみだ。
「ご、ごめん、そんなに嫌がるとは思わなくて」
「もう大丈夫だから、ね」
ひとまずは同性のエリカと美月に任せて、達也はレオと和泉が落ち着くのを待つ。
「あたし、拘束されたりとかするの苦手で……」
少しして、泣き止んだ和泉がぽつぽつと言葉を発し始めた。
「拘束って、本気で監禁とかしようとしたわけじゃないだろ」
「幻術士は回避が命だから、防御は紙なの。避けられないって状況は、それだけで恐怖でしかないだもん」
冷静になると気恥ずかしさが勝ってきたのか、レオに返す言葉にはいつもの覇気はなく、口調も弱々しい少女のものだった。
「特にレオみたいな体格のいい男の人が相手だと、あたしなんかじゃ素手で簡単に倒されちゃうでしょ。だから、掴まれただけで体が硬直しちゃうのよ。それに加えてもう片方の腕も、エリカのような腕利きに取られてたでしょ。今、攻撃をされたら、何もできないと思うと本当に怖かったんだから」
「レオで緊張するなら、十文字会頭なんか、どうするんだ?」
「絶対ダメ。十文字さんなら今みたいな量じゃなく全部、漏らしちゃう」
その言葉に、一瞬、場の空気が固まった。
「えっと、今みたいな量ってことは……」
「レオ、それ以上、聞くんじゃないわよ」
エリカの眼光はレオの言葉を見事に封じた。
「和泉ちゃん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……だけど、少し買い物だけお願いしていい?」
「うん、分かった。エリカちゃん、お願いできる?」
「分かった。あ、後はあたしたちが引き受けるから男子はもう行っていいよ」
これから先は同性のみの方がいいということだろう。達也とレオは後を二人に任せて部屋を出た。レオは明らかに失敗したという表情であったが、気を取り直して達也に聞いてくる。
「達也、あの状況じゃ言い出せなかったけど、委員会はいいのか?」
「よくはないだろうな」
そうして取り出した端末には未読メールが三通も溜まっていた。うち一件は摩利からのものだが、問題は残りの二件だった。
「深雪からメールが来てる」
「それは早く行った方がいいんじゃないか?」
「そうさせてもらう」
メールの内容をちらと確認し、達也は心配と怒りを溜め込んだ妹の元へと全速で歩き始める。深雪は、なぜ返事をよこさなかったのか聞いてくるだろう。それに対して、正直に話すことは、さすがに和泉の名誉のためにも憚られる。
そもそも、女子にそのような恥をかかせたとあっては、深雪にまで怒られてしまうのは確実。達也としては何とか誤魔化すしかない。
「案外、放送室の一件よりも難問かもしれないな」
高速で歩きながら大きく嘆息するという姿に、たまたま近くを通りかかった生徒から奇異なものを見る目つきを向けられた。