魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編 宮芝治夏

多摩地域に設けられた自宅兼拠点として用いている家の中で、宮芝和泉守治夏は側近である村山右京と今後の方針を相談していた。

 

「それで、司波達也を欺くことはできたのですか?」

 

「おそらく……としか言いようがないな。少なくとも千葉の娘は欺けたが、司波達也はどうだろうな。表情が読めればよかったのだが、生憎とそんな余裕はなかったからな」

 

「まあ『恐慌』を使えばそうなるでしょうな」

 

治夏がレオとエリカに腕を取られたときに大泣きをしたのは、対象を恐慌状態に陥れる術を自らにかけたためだ。その狙いは司波達也の警戒心を緩めること。

 

一週間前の実習の折、美月が何気なく明かしたことで、治夏は達也が起動式を使わずに魔法を扱えると知った。そして、それ以来、元々高いレベルにあった達也の治夏に対する警戒心は更に上昇した。その状況は治夏をして、これ以上達也から警戒をされるのは良い結果にならないと思わせる程だった。

 

それゆえ治夏は偽の弱点を披露したのだ。正確には、両腕を拘束されることも弱点ではあるが、致命的とまでは言えない、というところだ。全く偽の行為としなかったのは、真実を混ぜた嘘の方がより本当に不都合なことから目を逸らしやすいという判断ゆえだ。

 

「まあ、できればもう少し別の行為であった方が良かったが、こればかりは周囲の動き次第という面もあるからな」

 

自分から弱点を明かすというのは妙な話で、疑われてしまう。それゆえ、偶然に発覚するという方法しか取りようがない。しかし、偶然は本当に偶然であるから意味があるのだ。そこに何らかの作為が見えれば、おそらくは司波達也は気づいてしまう。

 

これで対処法が見つかったと考えてくれて警戒が緩んでくれるのであればよし。男子を含む多くの人の前でかいた恥と、捨てることになってしまった下着の損失額など安いものだ。

 

だが、何の効果もなかったとしたら悲しくなる。自分の気持ちなど二の次というつもりではあるが、何も感じない訳ではないのだ。

 

「しかし、司波達也とは何者なのでしょうか?」

 

「分からん。だが、右京が調べて何も分からないという時点で普通の相手ではないだろう。それでも私が本気を出せば調べられるだろうが、藪蛇になってもつまらん。幸い、向こうに宮芝への害意はないようだ。放っておくのが一番だな」

 

宮芝は裏に属している家だ。その宮芝が調べきれないということは、向こうも同じくらいの闇を抱えていると考えた方がいいだろう。

 

だが、治夏は背後に潜んでいる組織よりも達也個人を警戒していた。司波達也は明らかに戦いに慣れている。それも試合のようなルールの中での戦いでなく、想定外の事態への対応が求められる実戦に。

 

加えて、何やら妙な感覚も持ち合わせているようだ。でなければ、死角からの魔法攻撃を完璧に避けることはできない。治夏は、もしも第一高校で宮芝の術を看破するとすれば、それは達也だろうと考えている。達也が本気を出してくるような事態は、何としても避けなければならない。

 

「宮芝に害意はなくとも、これから和泉守様のなされようとしていることを妨害してくることは考えられませぬか?」

 

「確証まではないが、おそらく司波達也にとっても敵であるのであれば邪魔はしてこないのではないかと思う」

 

「では、一高生を対象とすることはやめておきましょうか」

 

「それがいいだろうな」

 

「では、そのようにいたしましょう」

 

深々と一礼した後、右京が退室する。それと代わるように、同じく治夏の側近である山中図書が入室してくる。山中は諜報活動を管轄する部署に属しており、今はブランシュの動きを探らせているところだった。

 

「図書、どうだ?」

 

「はっ、密偵からの報告によりますと、奴らの動きが活発になっているようです。おそらく、和泉守様が予想された通りとなりそうです」

 

「やはり、そうか……」

 

となると、近いうちに仕掛けてくると考えた方がいいだろう。

 

「掃部はいるか?」

 

傍らにいる水色の鳥へと語りかける。すると、すぐに襖が開かれた。

 

「ここに」

 

「入れ!」

 

「はっ」

 

音もなく歩を進めてくる皆川掃部は、宮芝の実働部隊に属している。先の村山右京と山中図書、皆川掃部の三名が、治夏が側近として頼む者たちだ。

 

「掃部、近くブランシュが第一高校に何らかの作戦行動に出ることが予想される。郷田飛騨と対応する人員の選別に入れ」

 

「はっ!」

 

「攻撃予測は図書とよく相談して決めるがいい。図書、数人なら使い捨てても構わん。確実な予測を立てよ」

 

「ははっ!」

 

二人が同時に平伏し、退出する。

 

「和泉守様」

 

それと同時に、鳥を通して声が掛けられる。

 

「瑞希か、どうした?」

 

「お茶をお持ちしました」

 

「気が利くな」

 

答えるとすぐに襖が開き、湯呑を乗せた盆を持った女性が入ってくる。彼女の名前は杉内瑞希。他の側近三名とは異なり、瑞希は魔法師としての力量は低い。

 

けれど、それで腐ることなく魔法以外の分野で治夏の役に立つべく、秘書としての技能を磨いてきた。幼い頃から共に育ち、気心の知れた友人という面を持つ大切な相手だ。特に治夏は時に自らの身の回りのことがおろそかになるため、その意味でも瑞希の役割は重要だ。

 

「難しい局面なのですか?」

 

「そうだな。明確に何かが起きている訳ではないから、それゆえに対処もしにくい」

 

瑞希は宮芝内で役職に就いていない。それゆえに他の者には見せられない、悩んでいる姿なども見せることができる。

 

「せっかくの高校生活なのですから、もっと楽しめばよろしいのに」

 

「そうもいかんのだ。父を殺してまで強行した第一高校入りだ。早くなにがしかの結果を出さねば私の立場が危うい」

 

「治夏は急ぎすぎなのですよ」

 

「かもしれんな」

 

治夏が父を殺した理由。それは宮芝家中を手っ取り早く掌握するためだ。恐怖というのは人を従わせるには有効な手だ。

 

ただし、それで恨みをかうようでは後で寝首を掻かれかねない。その点、父ならば恐怖感も倍増に加えて恨みをかう相手も少なかった。治夏が父を粛清の対象としたのは、実際のところはそれだけの理由に過ぎない。

 

我ながら冷酷だと思うことは多い。しかし、現代魔法の発展は目覚ましく、一方で古式魔法は衰退とまではいかずとも停滞しているのは間違いない。今のうちに手を打たねば、宮芝は歴史の陰からもひっそりと退場、などということになりかねない。

 

すべては宮芝、ひいては国家の安寧のため。陰陽と呼ばれていたころより受け継いできた使命を果たすため。それが宮芝に生まれた者が受け継ぐべき使命だ。

 

自らに課せられた使命を果たすため、治夏は次に打つべき手を見極めようとしていた。

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