九校戦参加者は選手だけで三百六十名。裏方を含めると四百名を超える。
その前々日の夕方から行われる懇親会は全員出席が建前である。とはいえ、様々な理由をつけて欠席をする者は少なくないが、それでも出席者数三百名から四百名の、大規模なものであった。
その中に見知った顔を見つけ、司波達也は呆然とその姿を見つめてしまった。
「ねえ、達也くん。普段と違う私を見たっていうのに、何の感想も言ってくれないの?」
濃紺の袴と、鮮やかな水色の着物。そして着物には普段のシンプルな桔梗紋とは違った、鮮やかな大輪の桔梗が描かれている。
その服装は、選手でも裏方でも、無論のことホテルのスタッフでもない。しかし、その人物は誰の注目も浴びることなく会場に溶け込んでいた。
「何をしているんだ、和泉」
「ちょっと事情があって早めに会場入りすることにしたの。で、暇だから懇親会というものの様子を見てみようと思って。そんなことより、私の着物姿に何の感想もないの?」
非常に面倒臭いが、感想を言わないと解放してもらえないようだ。
「似合ってると思うぞ」
「そ、ありがと」
「それより、まさか忍び込んだんじゃないだろうな?」
「そんなはずないでしょ。ちゃんと許可を取ってるよ。ただし、目立たないように、って条件を出されたけどね」
和泉が使っているのは、周囲が自分の存在に違和感を抱かないようする精神干渉系魔法。加えて、自らの姿を変えて見せる幻影の魔法も使用しているようだ。おかげで、四百名近くいる魔法師の卵たちのほとんどは、和泉が制服を着用していないことに気付いていない。
「み、宮芝さん?」
「どうして、ここに……」
和泉の存在に違和感を持つのは、そもそも幻影の魔法を見破ることができて、かつ和泉がこの場所にいること自体に違和感を抱ける者。つまりは第一高校の生徒の中でも実力上位の者たちだけのようだ。
「おや、会長に風紀長。先に楽しませてもらっているよ」
「そ、そうなんだ。……じゃあ、宮芝さんは、ほどほどにね」
そして、和泉の存在に気付いた第一高校の生徒会長は、どう絡んでも面倒にしかならないと学習しているのか、見て見ぬふりを決め込んで撤退した。一方、真由美に置いて行かれたかたちの摩利は、風紀委員長として部下である和泉を放置できぬと考えたのか、この場に残ることを選択したようだ。
「……それで、お前は忍び込んだんじゃないだろうな?」
「風紀長殿も達也と同じことを聞くのだな。きちんと許可はとってあるよ」
「ならば、よいが……」
若干の疑いを含んだ声色であったが、ひとまず異論は挟まないことにしたようだ。
「ところで達也、その制服はどうしたんだ?」
和泉が指摘しているのは、達也が着ているブレザーだ。その左胸には一科生の証である八枚花弁のエンブレムがある。
「予備の制服だ。他校の生徒との親睦会では、正面から校章が見えないと判りにくい、ということらしい」
「新調すれば良かったんじゃないか?」
聞いてきたのは摩利だ。
「二回しか着ないブレザーを新調するのは、もったいなすぎますよ。ワッペンなら取り外して着るという選択肢もあったでしょうけど、刺繍ですからね、これは……」
「いや、そんなことは言わず、新調すればよかったじゃないか」
そう言った和泉は、悪だくみをしています、という顔をしている。
「あまり聞きたくない気もするが、その理由は?」
「うっかり前の制服を破ってしまうこともあるだろう。そういうときは一科生の制服を着るのもやむを得ないと思わないか?」
「お前、絶対に故意に破る気だろう」
やはり和泉の話は、ろくでもない。聞くのではなかった。
「宮芝の発言はともかく、二回だけとは限らないだろう? 秋には論文コンペもあるし、君が一科に転籍しないとも限らないからな」
笑いながらであったが、摩利の目は結構本気だった。
「論文コンペに選ばれたとしても、自分の制服で構わないでしょう。一科への転籍はあり得ません。そんなことは規定も前例もない」
「君が望むなら、私が君を一科に……」
「却下だ」
「達也が私に冷たい……」
冷たくされないなら、もう少しマシな発言をしてほしい。
「何度も宮芝に茶化されて気が抜けたが、あたしとしては前例が無い、などと言うより、君こそが『前例』になるべきだと思うのだがな」
「……」
苦虫を噛み潰してしまった達也を見て、摩利が楽しそうに笑う。
「さて、あたしは他校の幹部と少し話をしてくるとするか」
そう言って摩利が去って少しして、今度はエリカがやってきた。
「あれっ、和泉? そして達也くん、深雪は?」
「和泉は許可を取って紛れ込んだらしい。深雪はクラスメイトの所に行かせた。エリカの方こそ幹比古はどうした?」
「なんか直前で逃げ出したけど……そっか、和泉がいたからか」
本来、エリカは幹比古を呼びに行ったのだが、どうやら幹比古は直前で危険回避を行ったらしい。
「こんな美少女を避けるなんて、酷い吉田だな。後で懲らしめねばな」
「和泉、あまり幹比古を虐めるな」
「分かってるよ。ちょっとした冗談じゃない」
「なら、いいんだが」
そこで急に和泉が黙りこんだ。そして明確に非難の視線を向けてきた。
「ねえ、達也。私は達也には誠実に接してきたと思うんだけど。吉田のことだって、達也が同級生には手を出すなと言ったから何もしなかったのに。それなのに、こんなふうに扱うのは、さすがに酷いんじゃない?」
言われてみると、和泉は達也とのちょっとした約束も律義に守っている気もする。もしそうだとしたら、確かに少しうがった見方をしすぎたかもしれない。
「前も言ったと思うけど、私も何も感じない訳じゃないんだよ。それに、達也は私のこと、全然、女の子として扱ってくれないじゃない」
そう非難されて改めて思い返してみると、和泉は夏を前に髪留めを始め、小物類を全て新調していた気がする。容姿にも気を使っているようだし、意外に女子として扱われることにこだわりがあるのかもしれない。
「悪かった」
今回ばかりは和泉の方に理があるように感じ、素直に謝ることにする。
「じゃあさ、もっと女の子らしくなってしまえばいいじゃない」
そこで、二人の諍いを黙って見ていたエリカが口を挿んできた。
「女の子らしく、とはどういう意味だ?」
「そ、衣装は余ってるから、せっかくだから私と同じ格好になってみれば?」
エリカの衣装はスカートがフワリと広がった黒のワンピースに白いエプロン、頭に白いヘッドドレスだ。その衣装を上から下まで見た和泉は顔を赤くしながら叫んだ。
「そ、そんな恥ずかしい格好、できるわけないでしょ」
「そんなに変な格好じゃないでしょ」
「スカートが短すぎる」
「別に見えちゃうほどじゃないでしょ。物は試しよ、さ、こっち来て」
「嫌だ、嫌だ、嫌だーっ。達也、助けて!」
こんなに余裕がない和泉というのも珍しい。達也に嗜虐趣味はないが、いつも強気の和泉がどのような態度で戻ってくるのかという興味はある。なので、和泉の救助要請は無視をすることにした。
和泉はそのままエリカによって連れていかれ、面倒から解放された達也は、料理が並べられたテーブルに向かい、胃袋を満たしていた。そうしてしばらくすると、パーティーホールの中にざわめきが広がるのが分かった。
何事かと視線を向けると、そこには予想外の光景が広がっていた。
スカートがフワリと広がった黒のワンピースに白いエプロン、頭には白いヘッドドレス。そしてスカートからは細めだが良く引き締まった男性の足が伸びていた。
メイド服といって差し障りのない服装で現れたのは、吉田幹比古だった。そして、その手を引いてくるのはエリカだ。
「どう、達也くん?」
「いや、どう、と言われても……」
「もう、せっかく和泉が着てくれたってのに、もう少し感想はないの?」
間違いない。和泉は術を使ってエリカに幹比古を自分と誤認させている。つい先程、幹比古には手を出さないと言ったばかりなのに。これは自分の身を守るための緊急避難であり、対象外ということだろうか。
「ねえ、達也くん」
達也の反応がおかしいことにエリカも気づいたようだ。ただ、その原因には気づいていないようで首を傾げている。
このときになって気づいたが、エリカの服装も少し変わっている。具体的にはスカートがかなり短くなっていた。これでは軽く前に屈んだだけで、下着が見えてしまいそうだ。この格好のまま給仕をさせる訳にはいかない。
「エリカ、目を覚ませ! 和泉に幻術をかけられているぞ」
そうして肩を揺すると、初めてはっとしたように目を見開いた。
「エリカ君、そのスカートで給仕は青少年に目の毒だ。早く着替えた方がいいぞ」
そこに、いつの間にか現れていた和泉がエリカの肩に手を掛けながら言った。エリカの目が自分の下半身へと向けられる。
「きゃああっ」
そうして、これまで聞いたことのない可愛らしい声を出して、その場にしゃがみ込んだ。
「な、なな……何で!?」
「理由より、今は着替えることが先決だろう」
「う……うん」
頷いたエリカが、着替えるためにパーティーホールから出ていく。
「うわあああっ!」
その後を追うようにして、和泉の幻術から解放された幹比古が絶叫を残して会場から駆け出していった。
「和泉、幹比古が心に傷を負ったらどうしてくれる?」
「……だって、他に身代わりがいなかったんだもん」
悪いとは思っているのか、今日の和泉はさすがに歯切れが悪かった。
吉田幹比古:主人公が上位互換の性能のため、本作では不遇な達也の同級生