魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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九校戦編 九島烈の誤算

九島烈は毎年、九校戦の懇親会での挨拶を楽しみにしていた。

 

十師族の長老と呼ばれるようになって久しい烈は、来年には九十になる。医療技術も進歩したとはいえ、さすがに先は短いだろう。

 

だからこそ、気になるのは自分が亡き後の日本の未来だ。果たして後進たちは、この激動の時代の中を生き抜いていくことができるのか。そう考えたときに安心して見ていられる、とは言い難いと判断してしまう自分がいる。

 

だからこそ、烈は九校線での挨拶に参加を続けている。すでに第一線を退いた身であるが、かつて最強と呼ばれていたときに身に付けた技術は未だ死んではいない。短い時間での挨拶だが、若い魔法師が持っていない経験を上手く伝えられれば、貴重な財産になるはずだ。

 

司会者から名を呼ばれ、烈は用意していた魔法を展開しながら壇上へと進み出る。その前には、パーティードレスを纏い、髪を金色に染めた若い女性を進ませている。

 

目立つように別人を進めて、そこに意識を向けた瞬間に他への注意が向かなくするという精神干渉系魔法。強度は低いが、人間の自然な意識を利用するという点で、掛けられた側としては気づきにくい魔法だ。

 

さて、何人が前の女性の後を進む烈のことに気づくことができるか。会場を見渡しながら前へと進む。

 

すると、迷わず烈のことを注視していること一団に気が付いた。一団の纏う制服は第一高校のものだ。彼らだけで実に八人が烈のことに気付いていた。会場全体で烈のことに気づいているのは十一人。驚異的な比率と言える。

 

一体、なぜ。そう考えたところで、一見すると第一高校の制服を着ているが、実は和服姿の女子生徒が混じっていることに気が付いた。

 

その瞬間、烈の中で疑問が腑に落ちた。烈をして最初は普通の第一高校の生徒と見間違えさせた相手は、宮芝家三十六代当主の宮芝和泉守治夏。そういえば、彼女が第一高校に入学したと聞いたことがあった。

 

烈は精神干渉系魔法を比較的得意としている。しかし、数ある手札の一つにすぎない。

 

しかし、宮芝は精神干渉系魔法の専門家だ。こと精神干渉系魔法に限ってであるが、その技量は「最高」にして「最巧」と謳われた「トリック・スター」九島烈であっても足元にも及ばない。

 

その宮芝が操る精神干渉系魔法を受けたことがあるのであれば、烈のちょっとした悪戯にすぎない魔法が通用しないのも頷ける。彼女が入学したのが二科ということもあり、宮芝の情報は、ほとんど入ってこなかったが、どうやら学校という場でも遠慮なく得意の精神干渉系魔法を使用しているらしい。

 

それはそれとして、どうも宮芝和泉守は不機嫌なように見える。烈も今代の和泉守には二度しか会ったことがないので、確証にまでは至らない。しかし、懇親会への参加を頼んできたときと比べても明らかに面白くなさそうに見えてならない。烈の魔法が児戯に等しいと不興を買ってしまったのだろうか。

 

ともかく、そろそろ種明かしをせねばならない。

 

烈は前を歩かせていた女性に声をかけ、脇へと避けさせる。ライトは女性から烈へと照らす対象を変える。しかし、会場にいる観客たちは無反応だった。

 

一体、なぜ。と一瞬だけ考えて、宮芝が悪戯を仕掛けていることに気が付いた。宮芝は烈の前にいた女性の後には誰もいない、と認識させる精神干渉系魔法を使用しているのだ。

 

元々、多くの者は壇上には女性が一人しかいない、という認識をしている。自己の認識を肯定してくれる内容であるから、違和感なく魔法を受け入れてしまう。だから、ライトを当てるという行為で明らかに状況を変化させても、自己の認識の方を優先してしまい違和感を抱くことができない。

 

人は己の信じたいものを信じる、ということか。相変わらず宮芝は精神干渉系魔法の使い方が抜群に上手い。

 

それはともかく、どうすれば皆に気づいてもらえるか。宮芝の精神干渉系魔法は強度は低いものの、各自の認識が基にされているだけあり、解除するのが非常に難しい。

 

「皆、どこを見ている。儂はここにおるぞ」

 

そのとき、突如として壇上とは逆の方向から声が響いた。多くの者が、その声に釣られて背後を振り返った。

 

「どこを見ておると言っておろう。儂は壇上じゃ」

 

その声で皆が再び壇上を見た。そうして、烈の姿を認めた。

 

ちなみに、この間、烈は何もやっていない。声を響かせたのは宮芝の魔法だ。

 

宮芝は敢えて壇上から意識を逸らすことで、今度、壇上を見たときには九島烈がいるかもしれない、という状況を作り出したのだ。その認識が烈の姿を認めさせた。

 

しかし、本来の烈とは似ても似つかない、宮芝が思う老人の喋り方と声で勝手なことをされたのであるから、業腹でしかない。けれど、すでに皆は烈の姿を認めてしまった。であるのであれば、このまま続けるしかない。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

想像した以上に若々しい声だったのか、驚きに目を丸くする者たちが多くいた。先ほどの声を変に男前にしなかったのは、宮芝なりに気を使ったのだろうか。ともかく、落胆をされるよりかはよほどいい。

 

「今のはチョッとした余興だ。初めに言っておくが、私はドレスを着た女性と共に登壇し、ずっと壇上にいた。けれど、私の精神干渉系魔法の影響で君たちは私の存在に気づくことができなかった。気づいた者は、私の見たところ十人ちょっとだった」

 

烈の説明を、宮芝は嫌らしい笑みを浮かべて聞いている。私が使った魔法の手柄まで取るつもりか、とでも言いたいのだろうか。宮芝の存在を語り始めると長くなりすぎて本題が伝わらなくなるので、無視するしかないと知ってのこの態度。やはり宮芝は曲者だ。

 

「つまり、もし私がテロリストで君たちを害する行動に出たとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは、十人程度ということだ」

 

会場内の生徒たちは真剣に烈の話に聞き入っている。その中で宮芝だけはぞんざいな態度で烈の話を聞き流していた。宮芝にとってみては、烈の話の展開などお見通し。真剣に話を聞くに値しないということだろう。

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると判っていたにも拘わらず、私を認識できなかった。使い方を工夫した小魔法は大魔法をも上回ることがある。魔法を学ぶ若人諸君。明日からの九校戦、私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

我ながら宮芝の影響を受けすぎた挨拶であるとは思ったが、烈は少年少女たちに警鐘を鳴らさざるをえなかった。宮芝の魔法力は、下手をすると、この会場の誰よりも低いかもしれない。けれど、この会場内で宮芝に勝てる者は数人いるかどうかだろう。

 

今の日本の魔法師社会は魔法のランク至上主義に捕らわれている。だが、実際の魔法の有効性は使い方次第。いかに高ランクの魔法が使えてもお膳立てを整えてやらねば上手く使えないようでは、実戦では使い物にならない。

 

それを実感してもらうために実演して見せたわけだが、残念ながら多くの者の心には届かなかったようだ。それが、戸惑いながら手を叩く姿に現れている。

 

逆に烈の言葉を、確かな実感を持って受け止めているのは、第一高校の一団だ。彼らは弱い魔法を的確に使い、搦手から攻めてくる相手がどれほど恐ろしいかを知っているのだ。

 

やはり百の言葉より一度の体験ということだろうか。

 

「或いは宮芝に選手として出場してもらえたら、何かが変わるきっかけになったのかもしれぬがな……」

 

烈の独り言は誰にも聞きとがめられることなく、拍手の音が響くパーティーホールの中に消えていった。




九島烈:主人公との性能被りによる被害者、その2

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