魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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九校戦編 夜歩きでの遭遇者

宮芝和泉守治夏は荒んだ気持ちを落ち着けるため、ホテルの周囲を散歩していた。治夏の気持ちを波立たせているのは司波達也。達也は治夏が思いつくだけの可愛らしいと思う方法でアプローチをしても反応が極端に薄いのだ。

 

全く反応しない訳ではないので男にしか興味がない、という訳ではない。胸を軽く当てれば反応はするし、太股を覗かせれば視線も向く。けれど、それは確認のために見ました、という程度であり、凝視などとは程遠い。そして、恥ずかしさのあまり視線を逸らしてしまうという訳でもない。はっきり言えば、さほど興味がない、ということだろう。

 

幻術士にとって他人の意識の向きというのは非常に重要だ。どこかに興味が向いているのなら、そこへの意識を強めてやれば他への警戒を散漫にできる。どこかに興味を向けていないなら、そこに興味が向かないようにすれば、それが隙になる。

 

どのように言えば、どのように心を動かすか。どう動けば、どのように心を動かさずにいられるか。それを意識できないようでは幻術士としては失格だ。

 

治夏は幻術士として修業を重ねる過程で、自分が優れた容姿であることを自覚した。多くの人から賛辞も送られたし、言わずとも多くの男性の心が動いていることも分かった。無論、その中に劣情が含まれていることも。

 

そうなったとき、人が取るべき行動は両極端になるだろう。即ち、自分を異性から性的な対象として見られることを嫌悪するか、性的な対象として見られることを肯定して、より魅力的に映るようとするか。

 

治夏が選んだのは後者であった。悪感情を抱かれたとして、それすら利用してこそ一流の幻術士。ましてや男性が女子に抱く感情としては、ごく自然な部類に入るものを忌避するようでは、幻術士失格だ。

 

そうして、治夏は意識して自分を磨いてきた。第一高校では厳しい言動のせいで、近づくことさえ避けられている雰囲気はあるが、中学まではそれなりに人気があったのだ。

 

「そりゃあ、深雪は私でも敵わない美人だよ。でも妹じゃない。変態じゃあるまいし、どうして女子に対して興味を持たないのよ」

 

はっきり言って治夏はプライドをかなり傷つけられていた。その鬱憤もあり、九島烈に対して意地悪まで仕掛けてしまったほどに。

 

もっとも苛立ちはそれだけではない。結局、無頭竜に関する情報が得られていないのだ。けれど、これ以上、山中図書を叱りつける訳にはいかない。それでは単なるヒステリーで、そこからは何も生まれない。

 

それが分かっているからこそ、一人で心を落ち着けていたのだ。そして、そのおかげもあり徐々に精神も平穏を取り戻してきた。

 

「そろそろ部屋に帰ろうかな」

 

そうしてホテルに戻ろうとしかけたところで、剣呑な気配を察知した。軍の管理地域内に侵入をしてくるような輩がただの泥棒などであるはずがない。無頭竜に関連していると考えるのが妥当だろう。

 

できれば捕らえて尋問をしたいところだが、相手は三人で、銃器を持っている。そして、警戒は周囲全般に向けられている。この状態では、治夏の幻術は十分な効果を発揮できない。治夏は草陰に潜伏して機が訪れるのを待つ。

 

けれど、その機は訪れなかった。それより先に事態が動いたためだ。

 

事態を動かしたのは同じクラスの吉田幹比古だった。吉田は呪符を取り出し、侵入者たちに古式魔法を放とうとする。だが、そのときには侵入者たちも吉田のことに気づいて、戦闘態勢に移行していた。

 

吉田の手元に閃光が生じ、侵入者の頭上に電子が集まる。程なく、侵入者は吉田の電撃により倒されるだろう。しかし、それよりも賊の指が、構えた拳銃の引き金を引く方が早い。それを防ぐ手段は治夏にはなかった。

 

治夏の得意とする術が効果を発揮するのは、意識が向いている先への注意を強めることで他への意識を散漫にすること。または、意識が向いていない方向へ注意が向かないようにすることで特定の方向への意識を働かなくすること。つまり、そのどちらかで自分たちを優位に立たせることができるときのみ。

 

しかし、今はすでに敵は己の攻撃対象を明確に認識している。こうなると、治夏には吉田が撃たれたることを見ていることしかできない。

 

しかし、想像していた最悪の事態は起こらなかった。侵入者が持つ拳銃が銃弾を発射することなく、バラバラに解体されたためだ。

 

その直後、吉田の魔法により空中に生じた小さな雷が、三人の賊を撃ち倒した。そのときには、治夏は幹比古の背後から駆け寄っている人物の存在と、それが司波達也であることを掴んでいた。

 

吉田からの誰何の声に達也が答えている。そこで、治夏も姿を現そうと思った。

 

やあ、危ないところだったな、吉田の倅よ。そう言いながら徐に立ち上がればいいだけだ。けれど、治夏はそれができなかった。

 

自分は何もできなかった。自らの意思で助けなかったのとは違う。そもそも、助けることができなかったため、見ているしかなかったのだ。

 

倒された賊の付近では、達也の援護がなければ魔法行使が間に合っていなかったと落ち込む吉田が、達也からフォローを受けていた。

 

「相手が何人いても、どんな手練が相手でも、誰の援護も必要とせず、勝利することができる。まさかそんなものを基準にしているんじゃないたろうな?」

 

達也が吉田に言ったその言葉は、治夏にとっても耳に痛い言葉だった。宮芝は元より、そんなことは不可能と判断し、特定の状況下であれば勝利をできるように修業し、また特定の状況を作り出すことをもって常勝を可能とした。どんな状況下でも勝利できるというのは、そもそも宮芝が目指すべき方向ではない。

 

「けれど達也、君は実際にその夢物語を現実にしてしまうじゃないか。そんなものを見せられてしまうと、私も夢を見てしまうだろう」

 

聞こえないように口の中で呟いた言葉は、そのまま治夏の中に消えていく。けれど、それは治夏の本心でもあった。

 

今までは、達也の言う通り、そんなことはできないと思っていた。だから、同じような場面に出会っても何とも思わなかっただろう。だけど、何とかできる可能性を見せられてしまうと、同じように平常心ではいられない。

 

その間に達也は吉田の悩みが、魔法の発動スピードであることを言い当て、更にはそれを改善できるとまで言い切っていた。魔法の発動スピードは古式に共通した悩みだ。司波達也の言葉は何と甘美なことか。

 

「私よりずっと狡いじゃないか、あいつは……」

 

思わず、ぽつりと呟いてしまう。幻術士である自分が心を乱されてしまうほど、達也は魅力に満ちた提案をしていた。それを達也は気づいているのか、いないのか。

 

考えているうちに、吉田が警備員を呼んでくるために場を離れた。そうしてから、達也がゆっくりと治夏の隠れているところに向かってくる。

 

「それで、和泉はこんなところで何をしているんだ?」

 

「女の泣き顔を暴きにくるなんて、思ったより悪趣味なんだね、達也って」

 

「泣き顔?」

 

達也が疑問を浮かべている隙に接近し、胸に顔を押し付ける。

 

「何をして……」

 

「ごめん、ちょっとだけ泣かせて」

 

宣言だけして、自分の気持ちを開放する。

 

「あたしね、今回は何もしなかったわけじゃないんだ」

 

「そうなのか?」

 

「うん、しなかったんじゃなく、何もできなかったの。私の魔法では吉田くんを助けることはできなかった。いつも偉そうなことを言っていても、所詮は宮芝の魔法は条件を整えた上でなければ使用できない、古式の魔法。銃器の前には無力だったの」

 

「同時にということなら、現代魔法でも銃に対応することは難しいぞ」

 

「そうかもね。けど、悔しかったんだ」

 

もういいだろう。他ならぬ達也が相手だ。我慢することはない。

 

達也の制服に顔を埋め、声を押し殺して静かに泣く。ある程度の実力者であれば、可能であったはずの吉田を助けるという行為ができなかったということは、自分の魔法には穴が多いということを嫌でも思い知らされた。

 

けれど、これは宮芝の者たちの前では言うことができない。だから、今のうちに全てを吐き出して、ホテルには何事もなかったかのように帰らねば。

 

「ごめん、面倒をかけたよね」

 

しばらく泣いて、少しすっきりした所で達也から離れる。

 

「この借りはいつか返すから」

 

照れ隠し混じりにそう言って、ホテルの方に歩き始める。突然の治夏の涙に混乱したのか達也は何も言ってこない。

 

「さあて、泣いた、泣いた」

 

達也から十分に離れてから、治夏は呟く。

 

治夏は今日、嘘は言っていない。けれど、正確なことも言っていない。

 

治夏は確かに、今日の状況で吉田を助ける術は持っていない。けれど、自分の身を守ることならできていた。

 

つまり賊の目を治夏に向けた上で、その上で自己の身を守るということならできたのだ。それをしなかったのは、最後の頼みである宮芝の防御術を秘匿するため。誰かに知られた防御魔法なら、敵は必ず対抗する術を編み出してくる。

 

治夏が嘆いたのは、見せてもいい魔法では吉田を救えなかったということ。それを達也はどう捉えただろうか。

 

「できれば過小評価をしてもらえるといいのだがな」

 

とりあえず泣いた跡を宮芝の者たちに見られないよう、少し遠回りする道を選んで治夏はホテルへと向かった。

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