司波達也は九校戦に選手でなく、裏方の技術者として参戦している。
達也が技術者として担当する競技は、一年生女子のスピード・シューティング、アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの三種目。これは達也の妹の深雪、深雪と同じクラスの光井ほのか、同じく深雪のクラスメイトの北山雫が自分たちを担当してほしいと強く希望したためである。。
他にも森崎駿は達也がエンジニアとして自分を担当することを希望したというが、他の男子が猛反対をしたため、実現することはなかった。森崎のために調整をしたCADは間違いなく宮芝に流され、徹底的解析されるだろうから、これについては反対した他の男子に感謝するしかない。
九校戦は本選と一年生たちが出場する新人戦から成っている。そして、新人戦が行われるのは大会四日目からである。
今は大会三日目。つまり、今日まで達也はフリーであり、普通に大会を観戦できるだけの余裕があった。けれど、その善悪は今のところ不明だった。というのも……。
「昨日は君に譲ったではないか。今日は私に譲ってくれてもいいと思わないか?」
「宮芝さんは同じクラスだから、いつでも隣にいられるじゃないですか。その分、私に多く譲ってくれてもいいじゃないですか」
「クラスは関係ないだろう? こんな便利な解説機、独占など許されるものではない。皆で平等に使うべきだろう」
「達也さんは解説機なんかじゃありません。そんな人には貸し出せません」
「貸出、という表現はそれこそ物に対して用いる表現だと思わないか?」
和泉とほのかが、どちらが達也の隣の席に座るかで毎度のように揉めているからだ。ちなみに達也の隣は左右に一席ずつあるので二人が座れるはずなのだが、一席は深雪がしっかり保持しているため自由なのは一席なのである。
なお、初日に和泉が深雪の席も交代にすべきと言っていた気がするが、その発言は他ならぬ和泉自身により撤回されている。その際に、和泉でさえ凍り付くような何かを見たような気がするが、そんなものは存在しないはず。だから、何事もなかったのだ。
「さて、今日も頼むよ、達也くん」
達也が現実逃避をしている間に、今日は和泉に決まったらしい。
「分かった。精々期待に応えられるようにするよ」
和泉にそう答えたところで、用意、を意味する一回目のブザーが鳴る。これから行われるのはバトル・ボードというサーフィンのようなボードに乗って人工水路の中を周回し、その早さを競う競技だ。出場するのは渡辺摩利。
観客の視線が選手たちに集中する。観客席の声が消え去り、水の流れる音だけが響き渡る。その直後、スタートを告げる二回目のブザーが鳴った。
先頭に躍り出たのは摩利。だが、すぐ後に「海の七高」と呼ばれる第七高校の生徒が続いている。
両者は激しいデッドヒートを繰り広げながらスタンド前の長い蛇行ゾーンを過ぎ、ほとんど差がつかぬまま、鋭角コーナーに差し掛かる。ここから先はスタンドからは死角になるため、スクリーンによる観戦となる。
達也はチラリと大型ディスプレイに映ったコーナー出口の映像に目を向けた。
「むっ」
そして、其処に見つけた小さな異常に、目を奪われる。同時に横から舌打ちと、何かの魔法を使用する気配を感じる。
だから不覚にも、事故の起点を見逃してしまった。達也が観客席から聞こえた悲鳴に移した視線の先では、七高の生徒が大きく態勢を崩していた。
「オーバースピード!?」
誰かが叫ぶ。
七高の選手のボードは水をつかんではいなかった。飛ぶように水面を滑る七校の選手は、そのまま前にいた摩利へと突っ込んでいく。
背後からの気配に気づいたのか、摩利が肩越しに振り返る。そうして事態を把握した摩利はすぐに前方への加速をキャンセルして魔法と体さばきの複合でボードを反転させると、暴走している七校の生徒を受け止めようとした。
摩利が使用を試みたのは、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、相手を受け止めた衝撃で自分がフェンスへ飛ばされないようにする為の加重系・慣性中和魔法。
本来なら、それで事故を回避できたはずだった。しかし、摩利が魔法を使う直前に、不意に水面が沈み込み、その所為で魔法の発動にズレが生じた。
結果、ボードを弾き飛ばすことには成功したものの、慣性中和魔法は発動が間に合わず、摩利は七校の選手ともつれ合うようにフェンスへと飛ばされた。
大きな悲鳴がいくつも上がり、レース中断の旗が振られる。
和泉がゆっくりと立ち上がった。その顔は怒りに燃えているように見える。そのままどこかへと立ち去ろうとする和泉の手を慌てて掴む。
「和泉、何があった?」
「達也なら、気づいただろう」
「水面の異常のことだな」
「ああ」
「七校の選手については、何か分からなかったか?」
達也の問いで、和泉の頭は少しだけ冷めたようだ。今にも人殺しに向かいそうな危うい雰囲気も少しは薄れた。
「私には分からなかったが、達也にも分からなかったのか?」
「残念ながら」
「そうか……」
「水面の異常について聞いてもいいか?」
続けて聞くと、和泉は気持ちを落ち着けるためか大きく息を吐いてから語り出した。
「水面の異常は精霊魔法によるものだ。水路の中に潜ませておいた水の精霊に命じて、水面を荒らさせていた」
和泉が答える直前、拙いと思ったか深雪が防音の魔法を使った。その効果を確認し、達也は続けて和泉に問いかける。
「和泉は水面の異常を悟って何か魔法を使ったな。どんな魔法だ?」
「何のことだ?」
とぼけようとする和泉の言葉には答えず無言で見つめる。すると、観念したのか大きく嘆息してから語り始めた。
「精霊魔法を使った場合、精霊の中に一定時間、術士の魔力の残滓が残る。それを解析するために精霊を捕らえる魔法を使った」
「和泉なら、渡辺先輩への魔法を防げたんじゃないか?」
「可能、不可能で言うなら可能だったな。だが、それをするには精霊を散らすしかなくなる。それでは下手人への手がかりを失ってしまう」
「そのために渡辺先輩を見捨てたと?」
「見捨てた? 違うな、救う価値を見出せなかったというだけだ」
精霊魔法を使うということは、術者は古式の魔法師だろう。和泉は古式から裏切り者が出たことに激しい怒りを覚えている。だから、摩利の体よりも裏切り者を処罰することを優先した。つまりは、これ以上は問い詰めても無駄ということだ。しかし、達也のようにドライに考えない者もいた。
「できるのに、何もしないなんて、君はそんなことでいいのか?」
叫んだのは、和泉と同じ古式魔法師の吉田幹比古だった。
「勘違いするなよ、吉田。したいことがあるのなら、人に頼らず己でやればいいだけの話だ。勝手に他人に力の使い方を強制するな」
幹比古が悔しそうに顔を歪める。それに見向きもせず和泉は会場を去っていく。
「お兄様……」
「渡辺先輩の所に行って来る。お前たちは待て」
幼い頃からボディーガードとして、あるいは兵士としての訓練を積んで来た達也には、簡単な外科手術くらいならこなせるスキルがある。
深雪が頷くのを見て、達也は人の密集するスタンドを、手品のようにすり抜けながら駆けていった。
光井ほのか:事実上の初登場、我ながら遅すぎ。