大会四日目の朝、九島烈は妙な胸騒ぎを覚えてホテルの外に出た。今、何か不穏な事態が起こっている。それは、胸騒ぎと表現するには断定的な確信だった。
会場の方に足を向けると、早朝にも関わらず何やら騒然とした雰囲気がある。近づいてみると、一人の和装の少女とその護衛と思しき男四人を大会運営委員に属する魔法師たちが取り囲んでいる様子だった。
否、それは取り囲んでいるのではない。ただ、遠巻きにしているだけ。更に近づいた烈は、そう気づかされた。
運営委員会側の魔法師の数は十三人。数の上では二倍以上の差だ。しかし、気圧されているのは包囲している側だった。
特に、中央に立つ少女は騒然とする周囲の魔法師を羽虫と感じているかのように、まるで興味を持っていない。その少女の目が烈を捕らえた。
「遅かったな、九島の」
「和泉守殿……」
相手は遥かに年下の少女だ。しかし、烈は反射的に後退りしそうになってしまった。宮芝からは、それだけの怒りを感じた。
「九島閣下!」
烈の内心を知らぬ運営の魔法師から、助かった、という感情を隠し切れない声があがる。
「何事か?」
「あれを」
その魔法師が指差した先には大会会場の壁に磔にされた運営委員の死体があった。遺体には、凄惨な拷問の跡が見える。いや、見せつけるために拷問をしたというべきだろうか。
「和泉守殿、これは、あなた方が?」
「問わずもがな、の問いするか?」
「では、なぜ、と聞かせてもらいましょうか?」
「その男は、昨日のバトル・ボードの事件に絡んでいた」
現場にはいなかったが、第一高校の渡辺摩利と第七高校の甲斐亜輝菜のバトル・ボードの事故は烈も聞いた。そして、後で事故の映像を見て何かがおかしいと思ったのは、烈も同じであった。しかし、その間に宮芝はその犯人にまで至っていたというのか。
「小嶋が関わっていたという、証拠があるのか!」
「君もこの男の仲間か?」
冷たい眼で射すくめられ、叫んだ男が口を閉ざす。冷静に考えれば、この場で正しいのは関与の証拠を問いただした男の方だ。しかし、今の宮芝には正しさの一切を否定する圧倒的なまでの暴力性が見える。
この相手には、冷静な議論など不可能。誰もがそう思っているであろう。けれど、烈はその中でも前に出る。ここで恐れて宮芝に何も言えぬようでは「最高にして最巧」の魔法師の名が泣く。
「せめて方法だけでも語っていただきませんと、彼らも他に妨害工作を行った者がいないか探ることもできますまい」
「私は魔法を解析すれば、誰が術者であるか探ることができる。それで、この男が水路での妨害工作を行った者であると解明した。けれど、これで終わりではない。水路の妨害を行った者とは別にCADに不正を行った者がいるはずだ。しかと探せ」
「分かりました。調べを進めましょう」
「この者の後始末もお前に任せる。いいな」
「承りました」
烈の言葉に満足をしたのか、宮芝はその場を去っていく。その姿が見えなくなってから、烈は周囲の者に命じる。
「亡くなった彼を、降ろしてあげなさい」
魔法師たちが小嶋と呼ばれていた男が磔にされている壁に取り付いて降ろそうとする。その間に一人の若い魔法師が聞いてきた。
「閣下、あの娘は何なのですか?」
「あれは最も古い魔法師の一族だ」
「古い魔法師? それだけで、あれ程までの横暴を働けるものなのですか?」
「あれは、それすら許されるような日本の闇を凝縮したような一族なのだよ」
若い魔法師は納得していないようであったが、宮芝は九島の闇をも知る一族。私刑の責任を負わせることはできない。まだ何か言いたそうな魔法師を無視するように前を向く。そこで更に小嶋を降ろそうとしていた魔法師から声をかけられる。
「閣下!」
「どうした?」
「これを……」
言い淀む魔法師の影に見える小嶋の遺体の頭頂部は、鋭い刃物で切り取られていた。そこから見える頭の中は空洞。遺体からは脳が取り出されていた。
「閣下、これは?」
大亜連合では魔法師の脳を魔法行使のための補助具として用いる技術がある。大亜の技術に通じている宮芝ならば、その技術を自らのものとしていてもおかしくない。だが、遺体を損壊するという犯罪行為を、これほどまでにあからさまに行うものだろうか。
「閣下」
「このことは口外せぬように」
魔法師の脳を道具として扱うということは、魔法師に嫌悪感を抱かせる行為の最たるものだろう。さすがに、それを教えるのは躊躇われた。
目の前の魔法師は、単純に死体を傷つけられたとしか捉えていないようだ。それは魔法師の脳を魔法の補助具として使うということが公にされていないから。逆に言えば、この死体からそれを行ったと、すぐに気づく者がいたとすれば、それは。
「大亜連合と通じる者への警告か……」
「はい?」
「いや、何でもない。ともかく今回の件は九島が引き受けよう」
「閣下がおっしゃられるなら」
「すまぬな」
答えた魔法師が納得していないのは明らかだが、今の烈にはこの手が最善に思える。
「ひとまず宮芝が言っていた他の不心得者を探すことに全力を尽くしてくれ」
「かしこまりました」
頷いた魔法師に背を向けて烈はホテルへと足を向けた。これから、あの魔法師たちは血液が付着した壁面の清掃等の作業を行わなければならないが、真偽の定かでない疑いにより仲間と思っていた者が殺害されたことへの不安や不満は大きいだろう。
烈が見ていたのでは、その不安を口に出すことができない。魔法師たちへのプレッシャーはなるべく軽減してやりたい。
「私は大会委委員ではないんだがな」
独りごちて、ひとまず運営委員長に調査を依頼するために、烈はホテルへと歩み始めた。
お知らせ:九校戦編の脱稿につき、しばらく週2で更新します。