大会七日目、新人戦四日目。
この日は九校戦のメイン競技とも言えるモノリス・コードの新人戦予選リーグと花形競技ミラージ・バットが行われる。司波達也はミラージ・バットの担当エンジニアとして第一試合と第二試合を終え、決勝に備えてホテルで仮眠を取った。
そうして競技エリアに戻った達也は、会場が動揺に包まれているのを感じ取る。パニック一歩手前の空気の中心にあるのは、第一高校の天幕のようだ。
「お兄様!」
天幕に足を踏み入れた途端、深雪が一直線に駆け寄ってきた。その隣には深雪の友人で、女子スピード・シューティングの優勝者でもある北山雫の姿もある。
「深雪? 雫も……エリカたちと一緒じゃなかったのか?」
ミラージ・バットに出場するほのかが起きてくるまで、深雪と雫はエリカたちとモノリス・コードを観戦している予定だったはずだ。
「何があったんだ? モノリス・コードで事故か?」
答えを待たずに、達也は更に質問を重ねた。
「はい、事故といいますか……」
「深雪、あれは事故じゃないよ」
言い淀む深雪の横から、雫が強い口調で口を挿んだ。
「故意の過剰攻撃。明確なルール違反だよ」
その口調は抑制を保っているが、雫の目には見間違えようの無い憤りが燃えていた。
「雫、今の段階であまり滅多なことを言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものという確証は無いんだから」
「その通りだな」
そう言って話に入ってきたのは和泉だった。
「すまないな、達也。君が休んでいる間くらい、私が当校の守りを受け持つつもりでいたのだが、まさか対戦相手からの攻撃を装うとはな」
「それよりも和泉がここにいることに驚きを隠し切れないんだが」
「小官が和泉守様をお呼びいただくようお願いしたのだ」
声の主は、骨折をしたのか右手を白布で吊った森崎だった。それにしても、森崎はどこまで変わってしまうのだろうか。怪我よりも性格の変質の方が心配になってしまう。
「思ったよりも怪我は軽いようだな。とりあえず安心したよ」
「これも和泉守様の教えの賜物です。おかげで皆、重大な傷は負わずに済みました」
もはや、こいつは誰だ、という感想しか持てない。森崎にとっては、この機会に長期入院でもして洗脳を解いてもらった方がいいのではないだろうか。
とはいえ、森崎に魔法で強制的に思考を歪められたという痕跡はみられない。本当に何をしたらここまで人間が変わってしまうのやら。今度、師匠に聞いてみようか、などと考えながら、とりあえず話を進めることにする。
「ところで、なにがあったんだ?」
「市街地フィールドの試合で、廃ビルの中で『破城槌』を受け、瓦礫の下敷きになった」
「……屋内に人がいる状況で使用した場合、『破城槌』は殺傷性Aランクに格上げされる。バトル・ボードの危険走行どころではない、明確なレギュレーションレーション違反だな」
対人戦闘競技であるモノリス・コードには選手の安全のために使用できる魔法に、殺傷力のランクによる制限がかけられている。
『破城槌』は状況により殺傷性ランクが変動する魔法なので、設定しておくことは違反ではない。しかし、『破城槌』は難度も高い魔法でもあり、間違いで発動される可能性は著しく低い。それが、雫が故意と断定した理由だ。
「しかし、状況が良く分からないな。三人が同じビルの中に固まっていたのか?」
モノリス・コードは、互いのモノリスを巡って攻防戦を行う競技だ。そのためオフェンスとディフェンスに分かれるのが定石となっている。
「試合開始直後に奇襲を受けたんだよ。開始の合図前に索敵を始めてなきゃできないこと。『破城槌』はともかく、フライングは間違いなく故意だと断定できる」
達也の疑問に答えをくれたのは、憤懣遣る方無いといった雫の声だった。
「それならば、大会委員会としては、このまま新人戦モノリス・コード自体を中止にしたいだろうな」
「確かに、中止の声もあったようですが、当校と四高を除く形で予選は続行中です。最悪の場合は、当校は予選二試合で棄権となります」
深雪の言葉に達也は首を傾げる。
「最悪の場合も何も、選手が試合をできる状態ではないのだとしたら、棄権するしかないと思うが……」
「そうならぬよう、会頭殿が大会委員本部で折衝中だ」
十文字克人の姿が見えないのは、どうやらそのためのようだ。
「それは予選開始後の選手の入れ替えを、相手の不正行為を理由に特例で認めさせるということか?」
「その通りだ」
「しかし、モノリス・コードの選手は一年男子の成績上位者から選りすぐったメンバーだ。代わりを出しても、勝ち抜くのは難しいんじゃないか?」
「だが、中止ではつまらない。そうは思わないか?」
モノリス・コードは九校戦のメイン競技であり、観客からの人気も高い。それゆえ容易には中止にできないのだろうか。いや、和泉は単純に一高の成績よりも自らの観戦の優先度が高いだけだろう。
「それに我らが勝てぬと決まったわけでもなかろう?」
「まあ、そうだが……」
絶対に負けると決まった訳ではない。しかし、可能性が低いのは事実だ。
「私は勝算があると言ったつもりだったんだが、勘違いをさせたかな?」
「勝算? それはどういう?」
「小官は代理として貴殿を推挙させていただいた」
だから、お前は誰だ。という声は辛うじて飲み込んだ。今の森崎に何を言っても無意味だと感じたからだ。しかし、困ったことになった。
交渉に当たっている十文字には、ブランシュの一件で達也は実戦では使える人材だということを知られてしまっている。そこに和泉や森崎などの後押しの声があれば、本当に達也が代理として任命されかねない。余計なことに巻き込まれないためにも、まずは大会委員が選手の交代を認めないことを祈るしかない。
「ああ、達也。ちなみに私も九島にモノリス・コードは続けろと言っておいたから。そのつもりで」
どうやら選手交代が認められるのは既定路線のようだ。そして交代の選手が達也となることも、いつの間にか決まっていそうである。
「俺が代役で出ることによって、その後で受ける面倒事は考慮してくれないんだな」
「君だって私のことを、ちっとも考えてくれないじゃないか。おあいこだよ」
数日前の夜のことは、しっかり根に持たれていたようだ。
モノリス・コードにて一高が棄権した上で、三高が優勝した場合には、ミラージ・バットで二位までを確保しても新人戦は三高が優勝となる可能性が高い。一方、モノリス・コードで三位までに入れば一高は優勝が確定する。
要するにモノリス・コードで奮戦して三位までを確保すれば、達也は新人戦の優勝の立役者となり、ただでさえ不甲斐ない成績の一年生男子の一科生たちのプライドはズタズタに切り裂かれることになるだろう。そこで達也が受ける妬みや嫉みはどのくらいのものになるかは、正直に言って考えたくない。
そして、負けたら負けたで戦犯にされてしまうことは確実。正に達也にとっては益少なく害ばかりである。
「なあ、達也。君は前から注目を浴びることを避けようとしている節があるが、それはどうしてかい?」
「……逆に聞くが、注目を浴びた結果、どういう目に遭うかは、風紀委員の活動の件で和泉も知っているだろう。何で好んで面倒事を引き受けなくちゃならないんだ?」
「面倒を避けること自体は当然の行動だ。時間は有限だ。面倒な事で時間を潰されては己に使う時間が減ってしまう。けれど、君の場合はそれが目的ではないだろう。君は殊更に己の力を隠そうとし、あるいは自分に注目が及ばないようにしている。面倒事を避けようとするのは、その一環ではないかな?」
達也には皆に隠していることがある。そして、それが注目を浴びることになる行為を避ける動機にもなっている。和泉の言は的を射ているがために、達也は反論ができない。達也が黙ってしまったことによって生じた沈黙を破ったのは和泉の続いての発言だった。
「まあ、君の場合は冷たいくせに妙にお人好しという、よく分からない性質によって、結局は注目を集めてしまっているけどね」
それもまた自覚があることなので、今回も達也は反論することができない。
「ま、それはそれとして、力は使ってこそ意味のあるものだと私は思うよ」
そうして自分の言いたいことを言った和泉は、すっきりとした表情で天幕を出て行った。
北山雫が初めて喋りました。
ほのかに続いて遅すぎ。