新人戦モノリス・コードは、司波達也たちの活躍で第一高校の優勝となった。
その結果自体は宮芝治夏にとってはさほど価値のないもの。それよりも重要なのは試合の中で見た達也の魔法だ。
モノリス・コードの決勝戦、達也は対戦相手の一条将輝の攻撃で致命傷を受けたはずだ。しかし、達也は直後に立ち上がり、反撃まで行って見せた。
それに対する治夏の仮説は二つ。一つは異常なほどの回復魔法により瞬時に傷を癒した。もう一つは異常なほどの防御魔法で致命傷になりうる攻撃を耐えきった。おそらくは、そのうちの前者であると治夏は考えていた。
根拠としては達也が得意としている魔法が、敵の魔法情報を記録した想子情報体を吹き飛ばすことで魔法の発動を妨害する『術式解体』であることが挙げられる。もしも強固な防御魔法が使えるなら、解体せずとも硬さを頼みに突っ込んでしまえばいい。自らも足を止める必要がある『術式解体』を使う必要はない。
ともかく、治夏の達也に対する興味と警戒は更に上昇した。
そして、大会九日目。今日はミラージ・バットの本選とモノリス・コード本選の予選が行われる。達也がミラージ・バットに張り付くということで治夏はモノリス・コードの監視を行っていた。
どうも無頭竜は第一高校に優勝をしてほしくないように思えてきた。そうなると当初に危惧した日本の魔法力を削ぐという目的の線は薄くなってくる。
とはいえ、妨害工作が日本を標的とした攻撃ではなかったところで、魔法師生命を奪うような怪我を負わされたとしたら結果は同じだ。何より異国の手の者の、おそらくはくだらない賭博のために日の本によけいな混乱をもたらされるというのが気に食わない。無頭竜の馬鹿者どもには、誰に庭に手を出したのかを、結果をもって後悔をさせねばならない。
そんな思いを強くしていた所に、ミラージ・バットで事故があったと連絡が入った。今回の事故は競技中に空に飛び上がった後の着地のための魔法が発動しないというもの。それにより選手は危うく水面に叩きつけられるところだったらしい。
幸いにというか、選手は大会委員の魔法により身体的には何の問題もなかった。しかし、それで良かった、とはならない。
魔法を学ぶ者が魔法を失う原因の内、最大を占める理由は、魔法の失敗による危険体験、それによってもたらされる魔法に対する不信感と言われている。
現代魔法は世界を偽る力。魔法それ自体が、世界の理からはみ出した偽りの力だ。
多くの魔法師にとって、魔法は目に見えない、あやふやな力。想子を見ることはできても、魔法がどういう仕組みで働いているかを見ることができない。理論でしか知ることができない。そう言われている。
だから現代魔法師は潜在的に、自分が使っている魔法は本当に自分の力なのか、という疑念を抱いている。それが、発動するはずの魔法が効果を顕さず、魔法によって避けられたはずの危険に直面したときに、疑念は魔法がないという危険な確信に変わる。
そうして危機体験をした現代魔法師は、二度と魔法を行使することができなくなる。現代魔法は、それ程までに脆く危うい、精神の微妙なバランスの上に成り立っている。
一方、古式魔法は必ずしもその構図には当てはまらない。古式魔法の多くは精霊等の目に見えない存在を知覚することから始まる。
何より現代魔法より遅れている原因にもなっている、昔ながらの泥臭い修業が精神的な頑強さを育てている。古式の魔法師が魔法を失う原因の第一位は修業の辛さに起因した逃亡であり、それに付随しての秘術が漏れるのを防ぐための封印である。
「小早川の魔法力は高いレベルにあったはず。このまま失うのは惜しいな」
場合によっては宮芝で引き取って治療をすることも考えた方がいいかもしれない。そうすれば森崎に次ぐ優秀な手駒になってくれるだろう。しかし、それよりも対処すべきは、またしても行われた妨害行為だ。
敵に通じた魔法師は、今はミラージ・バットの会場にいるはず。同じ会場で連続して行為に及ぶ可能性は高くないかもしれないが、それでもモノリス・コードの会場に現れる確率よりは高いだろう。そう判断し、治夏はミラージ・バットの会場に向かった。
バトル・ボードで不正を行っていた者を磔にすることで、警告はすでに行っていた。それにも関わらずモノリス・コード、そして今回のミラージ・バットと続けて妨害行為を仕掛けてきた。これは、いよいよ容赦のない生き地獄を見せてやるしかない。
暗い憎悪の炎を心に灯し、治夏は第一高校の天幕の中に入る。すると、幸運にもすぐに達也の姿を見つけることができた。
「やあ、達也。何があったか分かっているか?」
「俺はここにいたから分からなかったが、美月が視えたことがあるそうだ」
「ほう、それは?」
「小早川先輩の右腕、CADをはめている辺りで『精霊』が弾けたように視えたらしい」
「ほう……」
そこまで材料が揃えば、敵が何をしたかの想像がつく。惜しむべくは治夏がこの会場にいなかったことだ。精霊に対しては絶対的な知覚能力を有すると自負する治夏であれば、あるいは小早川のCADの異変に気付けたかもしれないものを。
「ところで、達也は敵が仕掛けてきた攻撃の正体に気が付いたのか?」
「朧気ながら、だな」
「ならば話は早い。次のCADのレギュレーションチェックには私も同行させてくれ。なに、大会委員に気づかれることはないから安心してくれ」
「……止めるだけ無駄か」
「ふふっ、君も私のことが分かってきたじゃないか」
達也は非常に嫌そうな顔をしていたが、治夏の行動に反対はしなかった。それを了承と解釈して治夏は達也の後に続いて一高のテントを出て、CADのチェックを行っている大会委員会のテントに入る。
大会委員の中には高レベルの隠蔽術式を突破できる感知能力のある者はいないらしく、治夏の姿は誰にも見咎められない。係員が達也の手から試合用のCADを受け取り、検査装置にセットしてコンソールを操作する。
次の瞬間、達也は係員をテーブルの向こうから引きずり出し、地面に叩きつけた。悲鳴、続いて怒号が上がり、警備担当の委員が達也に駆け寄ろうとする。
「動くな!」
だが、その足は治夏により止められた。隠蔽術式を解いた治夏は警備担当者の額に拳銃を押し当てている。
「……なめられたものだな」
治夏に目もむけず、達也は組み伏せた係員の胸を抑える膝の圧力を高めている。達也の放つ鬼気に、係員は歯の根が合わず、口元と頬を痙攣させていた。
「深雪が身につける物に細工をされて、この俺が気づかないと思ったか?」
達也は不吉な含み笑いを浮かべたまま詰問を続ける。
「検査装置を使って深雪のCADに何を紛れ込ませた? ただのウイルスではあるまい」
係員の顔がこれ以上無いまで引きつった。その恐怖と絶望の表情の原因は達也だけではあるまい。係員の目は治夏のことも見ていた、治夏ならば自分を生かすことはないと気づいているのだ。
「なるほど、この方法ならCADのソフト面に細工をすることもできるだろう。大会のレギュレーションに従うCADは、検査装置のアクセスを拒むことができないからな。だが、この大会、今までの事故が全てお前一人の仕業というわけではあるまい?」
「そこまででいいぞ、達也。後は私が引き受けよう」
係員の顔が、より深い絶望に染まった。
「何事かね?」
そこに現れたのは、九島烈だった。係員が一瞬だけ希望を見出した顔になった。しかし、それは本当に一瞬のことだった。
「九島、またしても事故が起こるところだったぞ。貴様の監督はどうなっている?」
九島を見つけた治夏は怒気をより露わにした。
「和泉守様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ですが、私は大会を監督する立場ではありませんが……」
「それは認めよう。だが、厳に貴様はこうして大会会場を自由に出入りできている。それでどうして責任がないと言える」
「そう言われれば是非もありません。ともかく大会委員長に代わり、和泉守様にお詫びさせていただきます」
九島がゆっくりと頭を下げる。それを見て、自分は救われないのだと分かったのだろう。係員が達也の下から這い出そうとする動きを見せた。
直後、銃声が鳴り響く。
「うがあぁあ」
治夏が撃ったのは係員の右足だ。続いて左足も撃っておく。
「殺しはしない。だが、逃がしもしない。無駄なあがきは苦しみが増すだけと思え」
治夏の行動を見た九島が達也に目を向ける。
「司波達也くんと言ったな。君は選手の元に戻りなさい」
「分かりました。後はお任せします」
達也であれば、この後に厳しい尋問が行われることくらい予想できているだろう。しかし、何も言うことはなく天幕を出て行った。それを見て、治夏は係員を最大級の残虐さで殺し、後々までの見せしめとすることを決定した。
~注意~
次話には残虐な表現が出てきます。
飛ばしても、全く話が分からなくなる、ということはないはずですので、苦手な方は飛ばしてください。