魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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 ~ 注意 ~

 本話では著しく残虐な表現があります。
 苦手な方は本話を飛ばすことをお勧めします。


九校戦編 富士の撫で斬り

九校戦九日目、ミラージ・バットは深雪の優勝に終わり、第一高校は九校戦の総合優勝を勝ち取った。それを確認した司波達也は、大会委員会の天幕に足を向けた。

 

無頭竜は深雪を地に墜とすことを企てるという、万死に値することを行った。その時点で達也の中では無頭竜に措置を取ることは決定していた。しかし、宮芝がすでに行動を起こしているなら話は別だ。

 

無頭竜は断じて許すことはできない。しかし、何が何でも自らの手で事を成す、という強い思いまで持っている訳ではない。

 

宮芝であれば、甘い措置を取る可能性は皆無と考えてよいだろう。それどころか、達也よりも非道な措置を取ることも考えられる。それならば、達也は引こう。

 

ひとまずは自分が捕らえた者だから気になった、という体で話を聞いてみようと大会委員会の天幕に入った。そして、その瞬間に思わず足を止めてしまった。

 

まず聞こえてきたのは子供の泣き声。それと名前らしきものを叫ぶ女性の声。外までは声が聞こえてこなかったのは、遮音の結界が張られていたためだろう。

 

次に目に入ってきたのが、全裸のまま鎖に繋がれた女性の姿と、女性に馬乗りになっている大柄な男だった。女性は性的な暴行を受けたのか体が酷く汚れている。そして、それにも関わらず懸命に声をあげていた。

 

女性の視線の先に、十歳くらいの男児が吊るされていた。男児は右腕の肘の部分から下がなくなっている。その男児の欠落した腕の部分から五センチくらい上に、大柄な男が高周波ブレードを用いた棒を押し当てる。男は何らかの措置で精神の自由を奪われているらしく全くの無表情で子供の腕を輪切りにしていく。

 

男児の絶叫が天幕に響いた。普通ならば、おびただしい血が流れているだろう。けれど、高周波ブレードを使う隣にも、やはり大柄な男がおり、一目で高熱を持っていると分かる赤く変色した棒で傷を強引に焼き繋ぐことで、それを防いでいる。

 

二人目の男が行っているのは、けして救命行為ではない。確かに、男の行為により男児は出血を抑えられ、死亡という結果を迎えていない。だが、それは男児をより長い時間をかけて痛めつけるために行われている行為だ。

 

泣き叫ぶ男児の様子を見て、全裸の女性が悲鳴を上げている。そして、同じく吠えるような泣き声を上げている男がいた。その男が、達也が捕らえた大会委員だった。

 

「もう殺してあげて!」

 

そう言いながら、女性が顔を向けた先に和泉がいた。助けてではなく、殺して。その言葉が意味するのは、すでに死んだ方がましだと思わせるだけの虐待が行われたということだ。叫ぶ女性を無視して、和泉は達也の元へと歩み寄ってくる。

 

「おや、達也。こんなところにどうした?」

 

「背後関係に対する尋問がどうなったか聞きにきたんだが……この有様は、一体どういうことだ?」

 

「君が捕らえた男に、最大の後悔を味わってもらっているところだ」

 

何をしているかは見れば分かる。聞いたのは、なぜ、ということだ。

 

「嗜虐趣味はなかったんじゃないのか?」

 

「趣味ではない。必要な罰だ」

 

「当人以外にも責任は及ぶと?」

 

「国家への反逆に対する罰は三族皆殺しだ」

 

そう言った和泉の声には達也が捕らえた男に対する凄まじいまでの憎悪が滲んでいた。しかし、怒ってはいても怒りで我を忘れている、という様子ではない。あくまで必要な措置として行っているのが見て取れた。

 

見せしめ。そういう言葉が頭に浮かぶ。前時代にこのような処罰が行われたのは、苛烈な罰により同じようなことをする者が出ることを防ぐのが狙いであったはず。そして、そういう意味では今回の処罰は、十分に機能しているようであった。

 

部屋の隅では大会委員たちが銃を突き付けられ、ひとかたまりに集められている。その顔は一様に蒼白となっている。

 

「和泉、大会委員たちを集めているのは、なぜだ?」

 

「決まっているだろう。他にも国家への反逆を企てている者がいないという保証がないからだ。潔白が証明されるまで、いつでも処刑できる状態にしているだけだ」

 

嘘だ。和泉はこの残虐な処分を、より多くの者に見せつける気なのだ。大会委員たちに、目の前で起こったことを魔法協会に報告させ、それをもって大亜連合に連なる組織に関与する魔法師が出るのを防ぐつもりだ。

 

深雪が関わるのでなければ、達也は他人に興味を示さない。その意味では、今回の一件は微妙なラインにある。

 

あの大会委員が和泉に責められているのは、深雪のCADに細工をしようとして達也に捕らえられたからだ。その意味では、深雪も間接的せよ関係はしていることになる。そして、悪いことに達也が委員を捕らえたことは、すでに伝わってしまっている。

 

もしも、この苛烈な事態を深雪が知ったらどう思うか。少なくとも男の妻子が受けている責め苦には心を痛めそうである。ここらで、やめさせるべきか。そう思って足を前に進めかけたところで、背後から誰かが天幕の内に入ってきた。

 

振り返ると、三十歳前後と思われる女性と、その両腕を掴む二人の男がいた。その二人の男も精神操作をされているようだった。

 

「玲菜!」

 

達也が捕らえた男が叫ぶ。

 

「兄さん、これは?」

 

恐怖に震える声で女性が聞く。その声に、男は答えることができずにいる。

 

「達也、外に出ていてくれないか?」

 

「あの女性は?」

 

「あの男……真鍋陸人の妹だよ」

 

「妹までが対象となるのか……」

 

達也も人からは恨まれても仕方がないことを行ってきた。その達也からすれば、その罪を深雪にまで問うと言われているようで穏やかではいられない。

 

「達也、早く出てくれ。彼らは、君がいるからと行動を待ってはくれない」

 

和泉がそう言うと同時に、二人の男が捕らえていた女性を地面に押し倒す。そのまま男たちは女性の衣服を引き裂いていく。女性の悲鳴が天幕の中に響き渡る。

 

「まさか、玲菜まで!」

 

「三族まで同罪とすると言わなかったか?」

 

和泉の冷たい声音に真鍋が言葉を失う。

 

「達也、これ以上、ここに留まって見続けるなら、私は君を軽蔑するぞ。彼らの命を助けることはしない。分かったら、早く出ろ」

 

「分かった」

 

和泉の声に僅かに悲しみの色を見た達也は素直に受け入れることにした。

 

「誰か、助けて! 誰か! 嫌あぁ!」

 

真鍋の妹の声を背に聞きながら、達也は大会委員の天幕を出る。そうして第一高校の天幕に向かう道すがら、今度は初老の夫婦らしき二人と、同じく両腕を捕らえる精神操作されていると思しき男たちとすれ違った。

 

あれは、真鍋の両親だろう。和泉は本当に、一族全員に壮絶な仕打ちを行った後、真鍋と同じ血が流れるものを根絶やしにするつもりのようだ。しかも、和泉は真鍋を苦しめること自体を目的にしている。となれば、単により長く苦しめるというだけのために、全員が簡単には殺してもらえないだろう。

 

このまま放置すれば、深雪の耳にも入る可能性が高まる。そして、和泉に言っても行為を止めることはないだろう。となれば、実力行使しかない。

 

「それにしても命は助けないとは、重い条件を出してくれる」

 

和泉は関わるなとは言わなかった。命は助けない。つまり殺すと言っただけだ。

 

それは和泉たちの手で殺すことには、こだわらないという意味。要は達也が殺すのは構わないということだろう。或いは、和泉も振り上げた拳の下ろし方が分からなくなっているのかもしれない。

 

「やるか……」

 

達也はCADを抜くと照準を大会委員の天幕に向ける。改めて確認をしてみると、大会委員の天幕には防音以外の魔法的な防御は施されていないようである。これも、和泉が誰かが止めてくれることを期待した結果なのだろうか。

 

天幕の中では早くも真鍋の両親が竹の棒で殴打されているようだった。材質が竹なのは、より長く苦しめるためだろう。

 

精神を集中して魔法を六回、発動させる。それで、真鍋とその妻、息子、妹、両親の六人の命が失われた。

 

「まったく、他人に殺人の実行をさせるなよ」

 

ぼやきながら、達也は今回の一連の事件の本命である無頭竜に必要な措置を講じるため、彼らの本拠地がある横浜に向かう手筈を整え始めた。


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