魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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九校戦編 最後の夜は静かに更けて

九校戦最終日は何事もなく終わり、長いようで短い九校戦は終わりを迎えた。

 

もっとも、宮芝和泉守治夏にとっての九校戦は、前日の無頭竜の壊滅をもって概ねにおいて終わりを迎えていた。といっても、宮芝の術士たちは何もしていない。

 

宮芝の術士たちにとって正面突破という作戦は本分ではない。宮芝の術士の本分は奇襲。ジェネレーターを複数用意し、警戒する相手の本拠に突入するというのは、宮芝の精鋭部隊であっても荷が重い。

 

それゆえに無頭竜の本拠に向かった郷田飛騨守からは、無頭竜の東日本総支部の幹部たちは日本を離れようとするはずであり、そのときを利用する手を考えていると聞いていた。具体的には幻術で誤認させることで、本来の逃走用のものと異なる船に乗り込ませ、太平洋に沈めるという作戦が提示されていた。

 

しかし、その前に事態は大きく動いた。何者かに襲撃を受けて、無頭竜が壊滅したのだ。そして、郷田飛騨から聞いた襲撃の内容は、驚くべき内容だった。

 

まずは飛騨たちも把握できないような遠距離からの狙撃によりコンクリートの外壁が消え去った。続いて中の人間が燃えるようにして消失していったということだった。消失と表現をしたのは、事が終わった後に乗り込んだ拠点内に燃焼の形跡がなかったためだ。

 

郷田飛騨はけして無能な術士ではない。むしろ、前線指揮官としては治夏がもっとも信頼している男だ。その飛騨がどのような魔法であったのか全く想像がつかないと報告をしてきたのだ。それは、客観的には由々しき事態と思える。

 

治夏も、その魔法の原理はよく分からない。しかし、郷田飛騨が何者か、と表現した者の正体は分かっていた。無頭竜を壊滅させたのは、間違いなく司波達也だ。

 

根拠としては、一つは治夏がブランシュ事件の折に達也の謎の魔法を見ていたこと。ただ、これだけだと根拠としては乏しい。

 

決定的になったのは、無頭竜の幹部と襲撃者の間で交わされた遣り取りだ。これは、最初の攻撃でコンクリートの外壁が消えたのと同時に、他の魔法的な防御も消えたのを察知した郷田飛騨が咄嗟に放った魔法で傍受したものだ。

 

声は変えてあるのか、当人と断定はできなかった。だが、語った内容にあった、富士での返礼、という表現が、襲撃者が達也であることを示していた。もっとも、それがなかったとしても状況から達也であると断定はしていただろう。何にせよ、達也の妹の深雪がちょっかいを出された、その日のうちに動くというのは気が早いにも程がある。

 

「そんなに妹が大事ということか。これは立ち回りには注意しないとね」

 

ひとり呟いて、空を見上げる。すっきりと晴れた空には、町の明かりが遠いという環境もあり、無数の星が煌めいていた。

 

治夏の待ち人は、今頃、その活躍を認められた多くの人たちに、パーティー会場で囲まれているのだろう。治夏を一人で待たせて自分だけ楽しむなんて、という勝手な思いもなくはないが、そもそも一人で過ごすことになったのは、昨日の凄惨な拷問劇が引き起こしたもの。これで彼を責めるのは身勝手が過ぎる。

 

「さながら向日葵と月見草かな」

 

けれど、それで構わない。元から宮芝は日陰の存在。宮芝の動きが目立つということは国が荒れているという証拠であり、けして喜ばしいことではない。

 

「けれど、それは達也も同じだと思うのだけどね」

 

達也は妹に危害を加えようとしたという理由だけで、おそらく無頭竜を壊滅させた。ただ、それを陰で行ったがゆえに、それは誰も知らない。

 

一方、宮芝が凄惨な拷問という手段を取ったのは、安易な気持ちで国外勢力に協力する者がでないようにするためだ。裏切り者の抹殺というだけでは更なる裏切りを止めることができなかった。

 

おそらく無頭竜も裏切りには死という方針であったため、ただ当人を死罪にするというだけでは抑止力が働かなかったためだろう。それゆえの族滅であるが、その目的は怨恨でも己の利益でもなく、純粋にそれが国のためになると思ってのことだ。

 

国のために働いた宮芝が忌み嫌われ、自らの思いだけで行動した達也が称賛される。なかなかに皮肉な結末だ。

 

それでも、そのことに治夏が腹を立てることはない。個人がいくら優れていても、それでは影響力は限定的だ。それは大量破壊兵器に匹敵すると言われている戦略級の魔法師であれども変わらない。いかに優れていても、個である以上は弱点も明白であるからだ。

 

だからこそ、力がある者はもっと表に立ち、その力をもって周囲を引き上げていくべきだ。それが国力を高めるということだ。

 

治夏がそう考えていたところで背後に人の気配があった。振り返ると今宵の待ち人である達也であった。

 

「ねえ、達也、今夜は月が綺麗だよ」

 

「……今は少し雲がかかっているようだが?」

 

「……君はつまらない男だね」

 

「和泉に面白いと思ってもらうと、ろくなことがなさそうだ」

 

「違いない」

 

軽く笑った後、姿勢を正して達也を正面から見つめる。

 

「まず、お礼を言わせてもらうね。昨日はありがとう」

 

「何のことだ?」

 

「まあ、そうだよね。言えないもんね」

 

達也としては、礼を言われる候補は二つだろう。一つは無頭竜を宮芝に代わって始末をしたこと。そして、もう一つが無頭竜と通じていた真鍋を殺害したこと。けれど、それはどちらも犯罪行為。自ら犯行を自供するような間抜けはしなくて当然だ。だから、これは治夏の方から言い出すべきだろう。

 

「あの行為は必要なことだったと、今でも思っている。けれど、どうやって終わらせるかというのは難しいこところだった」

 

「まあ、そんな気はしていた」

 

「だから、達也が手を出してくれて本当に助かったんだ。ありがとう」

 

「……やったことを考えると、素直にどういたしまして、とは言えないんだがな」

 

「それも、違いないね」

 

達也が行ったのは、誰が何と言おうと究極的には殺人だ。仮に治夏が達也から真鍋の殺害を称賛されたとしても、きっと同じように微妙な表情をしただろう。

 

「それにしても、君はこれから大変そうだね」

 

「それは和泉も同じだろう」

 

「そこは頷き難いな」

 

達也が大変なのは、第一高校優勝の立役者となったスーパーエンジニアという評価。そしてモノリス・コードで十師族直系、第三高校の一条将輝を破ったという名声によるもの。

 

それに対して治夏が大変なのは、一般の魔法師には知られていないものの、今回の拷問による悪名によるものだ。特に後から事情を知った者の中には、親族というだけで殺害した宮芝に対する反感を高める者もいるだろう。まあ、それについては隠蔽に関与した九島に幾らかは肩代わりをさせるつもりだが、それにしても面倒なことには変わりない。

 

「願わくば、達也とはこれから先も良い関係でいたいものだね」

 

「今は、良い関係と言えるのか?」

 

「私たちの互いの利害が対立していない。これ以上の良い関係はないんじゃないかな」

 

「確かにそうかもな」

 

「もっとも、達也の方から私に協力してくれるって言うんなら、私は喜んで受け入れるよ。もちろん、その際には私にできるお礼ならしてあげるけど」

 

達也が望むのなら、体を捧げてもいいよ。そんなことを暗に匂わせながら言ってみる。

 

「俺が和泉に協力するとしたら、それはあくまで俺の利益のためだ。だから気にする必要は無い」

 

「本当に、君はつまらない男だね」

 

あまり乗り気になられても困るが、興味がない様子は腹立たしい。治夏は達也の才能を高く買っているというのに、これでは一方通行の片思いのようではないか。

 

「けど、君に腹を立てても仕方がないね。じゃあ、私は言いたいことは言ったから、これにてお暇させてもらうよ。この後はどうぞ、好きな相手と好きに過ごしたらいい」

 

それで達也の態度が変わるとは思わないが、機嫌はよくないですよ、というのを前面に押し出して背を向ける。何かしらの反応くらいはあるかと思ったが、達也は一言も発せずに治夏を見送った。

 

おかげで、せめておやすみの挨拶くらいは言えないものかな、と部屋に帰って少し荒れたのは余談である。

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