私、中条あずさは、昨日の生徒会長選挙で無事に当選することができ、意気揚々と生徒会室へと入りました。すると、一人の教師が私を待っていたのです。
「中条くんにお願いがあるんだが」
そう切り出してきたのは、天童星哉先生です。二十代後半の若手教師で、魔法に関して非常にバランス良く習得しているため、どんな生徒にも的確な指導ができると、評判のよい先生だったと記憶しています。そんな先生がとても深刻そうな表情で私のことを待っていたのです。
左右を見回すと、室内にいたのは新しく会計に就任した五十里啓くんだけです。五十里くんも人当たりのよいタイプですから、仮に先生からのお願い事をお断りする、という場面になると少しばかり心もとないです。深雪さんがいてくれると心強いのですが、副会長が来るまで待ってください、などと言えるはずもありません。
「何でしょうか?」
なので、そのまま聞くしかありません。
「実は宮芝さんのことなんだが……」
あの、なぜ私が中条くんで、宮芝さんはさん呼びなのでしょうか。そして、どうしてそんな難案件を私に対して持ち込むのでしょうか。まだ何も聞いていませんが、宮芝さんの関係する内容で、簡単に解決できる内容のはずがありません。
先生は、私が宮芝さんに何かを言えるなんて、どうして思ってしまったのでしょうか。七草元会長、今すぐ現役に復帰してください。私には、やっぱり生徒会長は無理です。
私の内心の叫びなど聞こえるはずもなく、天童先生は話を続けます。
「僕を宮芝さんの指導教官から外してもらえないだろうか?」
ぎにゃあぁー。想像以上の爆弾です。ダイナマイトです。アトミックです。
宮芝さんに指導教官を付けるというのは、校内を血の海にしないことの交換条件です。それを反故にすれば怒れる宮芝さんが、どんなことをしでかすか想像もつきません。
天童先生は、何がしたいというのでしょう。馬鹿なのですか。
「あの……どうして、そのようなことを?」
ひとまず内心の罵声は心に押しとどめ、理由を聞いてみることにします。
「僕は魔法の指導教官だと言われたから、引き受けたんだ。けど、彼女の指導は、魔法の指導とは言わない」
「それは、どういうことですか?」
「彼女の要望は、決まって魔法を見せてくれというものなんだ。普通に魔法を見せるだけなら、他の生徒にも見せることはあるからいいんだが、魔法の使い方をより詳しく知るためと言って、毎回のように全身に機械を取り付けられて、色んなデータを計測される。しかも、同じ魔法を強めに、弱めに、精密にと色んなパターンで。これは、指導教官の仕事じゃない。どう考えても彼女のモルモットにされているようにしか思えない」
ええ、間違いなく先生はモルモットにされていますね。彼女が興味あるのは現代魔法をいかに自分の術に組み込むか、なのでしょうから。
「話は分かりましたが、なぜその話を生徒会に? それなら校長先生と交渉をすべきなのでは?」
そう助け舟を出してくれたのは五十里くんです。そうです。先生方の担当は学校が決めるべきことですから、もっと言ってください。
「百山校長には、もう断られたんだ……」
「ちなみに断られた理由は、聞かれたのですか?」
「魔法の指導をする際の、データを計測することは今後のことを考えた場合に有効になる可能性がある。有効な指導法を提案してくれた生徒に対して、それを理由に指導教官を変えるということはできない、ということだった」
校長先生、初めから断るつもりだったんだろうなあ、というのが、ありありと分かる表情で天童先生は答えてくれました。天童先生には気の毒ですが、校長先生が断った案件では、私たちが手を出すことはできません。
「先生には申し訳ありませんが、私たちではどうすることもできないと思います」
校長先生から断られたというのは、私たちにとっては大事な大義名分です。私たちのためにも、先生は犠牲になってください。
「いや、むしろ生徒会にしか、打開はできないと考えているんだ」
けれど、天童先生は力強く、そう言ってきました。
「それは、どういうことでしょうか?」
「宮芝さんが指導を受けられるのは、風紀委員に所属しているからだろう? だったら、この機に風紀委員も交代させたらいい」
「あの、それだったら風紀委員長にお願いしてはいかがですか?」
どういう発想の転換で、そんな結論に至ったのでしょうか。五十里くんが若干の呆れを含んだ声音で聞きます。
「風紀委員は宮芝さんに抑えられているみたいで、ろくに話を聞いてもらえなかった。だから、後は頼れるのは生徒会だけなんだ」
だから、そんな難案件を生徒会に持ち込まないでください。生徒会は第一高校の生徒たちのための組織です。教職員でも手に負えない事件を解決できる組織ではありません。まあ、七草会長の時代は十師族の権力で普通ではできないこともやっていた気もしますが。
普通、テロリストの拠点に突撃したりしませんからね。もっとも、あのときの実行したのは部活連でしたので、非常識なのは十文字先輩ということになるのでしょうか。けど、七草会長も黙認していたように聞いていますし、同罪ですよね。
「天童先生、やはり生徒会では引き受けることのできない相談だと思います」
私が考えている間にも、五十里くんは冷静に天童先生を諭してくれます。
「そこを何とか……例えば司波深雪さんなら宮芝さんを説得することも……」
「深雪なら、私をどうできると?」
そのとき、唐突に室内にそんな声が響きました。声の聞こえてきたのは私の後方……風紀委員室に繋がる扉の方向からです。私の背中を嫌な汗が次から次へと流れていきます。
「み……宮芝さん……」
声と発言内容で分かってはいましたが、天童先生が引きつった顔で漏らした言葉で、発言者が誰なのかが確信できてしまいました。扉が開いた音など一切しませんでしたが、彼女は一体、いつから聞いていたのでしょうか。恐る恐る、振り返ります。すると、満面の笑みを浮かべながら、目は全く笑っていない宮芝さんがいました。
「さて、天童くん、少し風紀委員室で話をしようか」
「あ……いや、できれば話なら、ここで……」
「ほう、では、このまま話といこうか」
拙いです。このままでは否応なく私たちが巻き込まれてしまいます。
「深い話になれば、宮芝さんにとって他の人に聞かれたくない話にもなるかもしれません。だから、私たちは席を外しますね」
「え、ちょっと待ってくれないか、中条くん」
「それじゃあ、天童先生。お大事に」
「ちょ、ちょっと待って……中条くん。五十里くんも……」
ガラガラ、ピシャリ。ふう、私は何も聞かなかった。私は何も聞かなかった。
「さて、五十里くん。深雪さんたちが来ないよう、連絡をしておきましょうか」
「会長、何だか今日は別人のようですね」
「……危険を前にすれば、性格も変わります」
それだけ答えて、私は魔窟と化しているはずの生徒会室から離れていきます。
先生、私には何もできませんでしたが、強く生きてください。だって、仕方がないんです。宮芝さんは本当に怖いんですから。