横浜騒乱編 文を競う場
全国高校生魔法学論文コンペティション。通称論文コンペ。
それは、毎年十月の最終日曜日に開催されている、「武」を競う九校戦と双璧をなす「文」の九校間の対抗戦である。
司波達也はその論文コンペの第一高校代表チーム三名の一員に、体調を崩した三年生の代役として参加することになった。ちなみに他の二名は前生徒会会計の市原鈴音と現生徒会会計の五十里啓である。
そして、今はそのことを、そろそろ常連扱いを受ける程度には足繫く通っている店でいつものレギュラーに、最近は時間が合えば合流してくるようになった和泉を加えたメンバーに対して報告をしていたところだった。ちなみに、レギュラーメンバーとは達也、深雪にレオ、エリカ、美月の古参メンバーに深雪と同じクラスの光井ほのか、北山雫、九校戦後から加入した吉田幹比古の八人である。
「達也くん、感動薄すぎ」
全校で三人だけしか選ばれない論文コンペのメンバーに選ばれたことを淡々と伝えた達也に対してエリカは呆れ顔をしていた。その隣ではレオが楽しそうに笑っている。
「達也にしてみりゃ、その程度は当然、ってこったろ」
「一年生が論文コンペに出場できるなんてほとんど無かったことだよ」
「皆無でもないんだろ? 職員室だってインデックスに新しい魔法を書き足すような天才を無視できるはずねえって」
雫の反論に対して、レオは笑顔のまま再反論する。
「天才は止めろ」
達也が本気で嫌がっているのが分かったのか、場の雰囲気があやしくなりかける。
「いや、やっぱり凄いよ!」
漂い始めた暗雲を吹き飛ばす勢いで力説したのは幹比古である。
「あの大会の優勝者は『スーパーネイチャー』で毎年採り上げられているし、二位以下でも注目論文が学会誌に掲載されることも珍しくないくらいだから」
「論文コンペでの優勝論文ともなれば、学問としてもみならず実用面でも価値の高い論文が多いからな。実際、『スーパーネイチャー』に掲載される他の論文にも見劣りしていない。それだけに、論文コンペの優勝者はその後の未来は明るいことが多い。ゆえに、名を売るには絶好の機会と言えるが……いいのか?」
和泉の質問は、達也が目立つ行動を避けていることを念頭に置いたものだろう。
「今更だ」
それに対し、達也はもう諦めたという思いを前面に出して答える。
「それより、和泉もスーパーネイチャーを読んでいるんだね」
和泉に聞いているのはエリカだ。
「意外か?」
「改めて考えてみると、そうでもないかも。和泉って座学の成績、優秀だしね」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と言うだろう。自らに使えない術こそ、しっかりとその特性を頭に入れておくべきだな。違うか、エリカ?」
「そうかもね」
エリカは近接戦闘専門の魔法師だ。敵の遠距離攻撃の性能を知らなければ、勝利することは難しい。
ちなみに、何度か話題に挙がっているスーパーネイチャーというのは、現代魔法学関係で最も権威があると言われているイギリスの学術雑誌のことだ。権威主義的なところがあるため高校生が読むには不親切な内容だが、幹比古だけでなく達也、深雪、雫もこの雑誌を購読していたし、他のメンバーも名前とステータスは良く知っているようだ。
「あっ、でも……もう余り日が無いんじゃなかったっけ?」
それまでのハイテンションから一転、幹比古は心配そうな表情で問いかけてくる。
「学校への提出まで、正味九日だな」
「そんな!? 本当に、もうすぐじゃないですか!」
「大丈夫だよ。俺はあくまでサブだし、執筆自体は夏休み前から進められていたんだから」
顔色を変えたほのかを宥めるために、達也は笑いながら手を振る。その姿に一同が安堵の息を漏らす。
「しかし、随分と急な話だな。もしや、君はまた何かトラブルを呼び込んだのか?」
「またって何だ。今回は俺とは関係なく、サブの上級生が体調を崩しただけだ」
「おや、そうなのか。てっきり君が自信を喪失させたのだと思ってしまった」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
とはいえ、体調を崩した生徒は九校戦のエンジニアだったはず。影響を与えた可能性はないとは言い切れない。
「その先輩はお気の毒ですが、それにしても急すぎはしないでしょうか?」
深雪は、事情は納得できても心情的には納得できない、という様子だ。
「確かにお兄様だからこそ、いきなり論文作成のチームに加われと言われてもすぐに対応できるのですから、適切な人選とは思いますが」
「そうでもないさ。市原先輩の選んだテーマが俺の全く知らない分野だったら、さすがに遠慮させてもらったよ」
「へぇ、何について書くんだ?」
レオが好奇心を露わにし、身を乗り出してくる。
「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策についてだ」
「……想像もつかねえよ」
「……随分壮大なテーマだね。それって『加重系魔法の三大難問』の一つじゃなかったっけ」
早々に降参したレオに代わり、幹比古が難しそうな顔で唸る。
「ほう、それは有用そうなテーマだね」
そして、研究テーマに肯定的な反応を返したのは意外にも和泉であった。
「和泉が軍事以外のことに興味を示すとは、意外だな」
素直に心情を語った達也に、和泉は頬を膨らませてくる。
「私としては、達也のその反応の方が心外だよ。私がいつ、軍事にしか興味がない、なんて言った?」
「いや、そう明言したわけじゃないが、魔法師を語るときに戦力面での評価しか聞いたことがなかったからな」
「それは現状、軍事以外では限られた研究分野しか魔法師を有効活用できる場がないから。軍事専用機より汎用機の方が使い勝手がいいんだったら、汎用機になってもらった方がいいに決まってるでしょ」
どうやら和泉は魔法師を兵器としか考えてない訳ではなさそうだ。機械と考えているという意味では何も変化はないのだが、それでもこの差は大きい。
達也が目指すものは、魔法師の地位向上だ。それも政治的な圧力などでなく。そのためには魔法を経済活動に不可欠なファクターにせねばならない。それで初めて魔法師は本当の意味で兵器として生み出された宿命から解放される。
もしも和泉が魔法師は兵器という考えを譲らなければ、兵力の減少に繋がる研究は敵視の対象になりえた。しかし、今の和泉の言を素直に受け取るなら、経済活動という方向でも国に貢献してくれるのならば何の問題もないということだ。
宮芝が敵に回らないというのは非常に大きい。和泉には達也を殺すことはできないだろうが、達也の計画を潰すことは十分に可能だからだ。
特に達也の目指すような常駐型重力制御魔法式熱核融合炉のような大規模な機器を用いねばならない分野では、実験装置を破壊されれば研究は完成しえない。いや、それよりも魔法隠蔽の技術を駆使して九校戦の無頭竜よろしく故意に実験を失敗させられることの方が怖い。もしも実験の失敗で大事故が起き、死傷者でも出ようものなら、長きに渡って一切の研究が禁止されることもないとはいえない。
結局、達也はどこまでいっても基本的には個にすぎない。一方の宮芝は物量による多面作戦を取ることができる。また、明確ではないものの政界や経済界とも深い繋がりを持っているようだ。
だが、ひとまずはそれらの心配をせずともよさそうだ。ならば、この機になるべく多くのものを得られるようにしなければ。
決意を固める達也に対し、和泉は愉快そうな視線を向けていた。