魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 第一高校を探る影

論文コンペの準備が始まって九日間が過ぎた。といっても、九校戦に引き続いて何の役割も持っていない宮芝和泉守治夏にとっては、少々周りが騒がしいというだけの普通の日々であった。しかし、平穏は突如として破られる。

 

その日、登校して少し経った頃から俄かに精霊たちがざわめき始めた。そのざわめきの様子から、治夏は即座に原因は古式魔法によるものであることに気づいた。問題はどのような術式によるものか、ということだ。

 

相手の術式は教室に届くまでに拡散してしまって、特定の形を得ることは難しい。けれど、精霊の様子を観察するだけでも、どのような力が働いているか、おおよそまでは掴むことはできる。そして、その結果は望ましいものではなかった。

 

敵の術式は十中八九、大亜連合のもの。しかし、理由が分からない。

 

「堂々と偵察行為? しかし、それにしては不自然だな。リスクを冒すなら、もっと価値が高い場所もある気がするが……」

 

誰にも聞こえないように小声で呟きながら考えを纏める。

 

高校とはいえ魔法大学へのアクセス端末を持ち自身も貴重な文献を数多く所蔵し、多くの有能な魔法師が教師として集っている第一高校は、常日頃から魔法技術を狙う輩の標的となっている。そのこともあり、高校の外塀沿いには防御術式が張り巡らされていた。

 

つまり、攻撃を仕掛ける価値があるかと問われれば、あると答えることになる。しかし、執拗に攻撃を行う価値があるかと問われれば、答えは否だ。確かに第一高校は高い価値があるが、最高の価値がある場所ではない。魔法大学へのアクセス端末は他の魔法科高校にもあり、その中には第一高校より防備の緩い場所もあるためだ。

 

ともかく、敵を逃がしてはつまらない。まずは逆探知を試みるつもりだが、それを相手に気づかれないようにしなくては。

 

「使える……かな」

 

治夏は無言で席を外し、防御術式が張られている外塀の内側に向かう。そして、常に隠し持っている短刀で指を切った。

 

微かな痛みが走り、指から血が流れる。治夏は自らの血で外塀に術式を書き込んでいく。隠蔽術に長けた宮芝は結界に対する知識も豊富だ。その知識をもって以前に外塀に掛けられた防御術式を解析したことがあった。

 

その結果、破壊等は難しいが、僅かに手を加えることはできる、というのが治夏の結論であった。そのときの記憶を頼りに治夏は防御術式に偵察術式を書き加えていく。

 

「さて、どうなるか」

 

外塀に手を当てる。物理的な攻撃に備えて厚めに作られたコンクリートの、ひんやりとした感触が掌から体へと伝わってくる。体に伝わる熱とは別に、治夏の偵察術式は防御術式に弾かれた精霊の鼓動を解析していた。その鼓動から、更に精霊に影響を及ぼした術者の術式を読み解いていくのだ。

 

「術式の解析、完了。じゃあ、後は術士の追尾だけど……誰も見てないよね」

 

左右を見渡して、人影がないことを確認。ついでに防犯カメラの位置も確認。当然、死角がないように設置されており、姿は撮られてしまうだろうが、致命的ではない。

 

「よっ……と」

 

たっぷりと時間をかけて魔法式を組み立て、大きく助走をつけて外壁を蹴る。足を振り上げた拍子にスカートが大きく捲れてしまうが、監視カメラは上方にあるので見えてはいけないものが映る心配はないはず。

 

もっとも、魔法科高校の生徒はスカートの下に厚手のレギンスを着用している。そのため、仮にカメラに映っても問題になるような画像にはならないはずだ。とはいえ、お尻をさらすような真似は治夏にとって許容できることではない。

 

侵入警報が鳴らないよう、慎重に手を伸ばして塀の上に高さ二十センチほどの小さな人形を設置する。地上に降りた治夏は、早速、術式を発動して目を閉じた。

 

治夏の瞼の裏には人形が見た景色が広がっている。その景色には靄がゆらゆらと波に揺られるようにして漂っていた。その靄こそが精霊をざわめかせている波動だ。それがどこから発せられているのか治夏は視界を動かしていく。

 

「見つけた」

 

それは、第一高校から一キロほど離れた場所にある三階建てのビルの屋上から発せられていた。どのような人物が術式を打っているのかは分からないが、場所が分かれば十分だ。治夏はすぐさま側仕えの杉内瑞希に電話をかける。

 

「あ、瑞希、和泉だけど、ちょっとお願いできるかな。うん、ちょっと荷物が多いから帰りに迎えに来てもらいたくて。高校にいるから七時に迎えにきてもらえる? ありがと、悪いけどお願いね」

 

瑞希の遺漏なく承りました、という返事を聞いて治夏は電話を切った。今の電話は敵が現れたので、すぐに援軍をよこせ、という連絡だ。七時という時間は敵のいる方角が南南西であることを伝えたもの。これで村山右京たちが動いてくれるはずだ。

 

とはいえ、右京たちは常に近くで待機している訳ではない。おそらく駆けつけてくれるまで一時間弱はかかるはず。

 

治夏は自分が弱者であることを自覚している。奇襲や搦め手での勝負では、そうそう遅れは取らないという自負もあるが、正面からの戦いとなれば不利になる局面が多い。だから、自分一人で解決をしようなどとは考えない。

 

今、できることはここまで。自らの気配を遮断する術に長けているからといって一人で偵察行為など行わない。いかなる行動を取るときでも、常に備えは怠らない。それが現代魔法に対して弱者たる宮芝の戦い方だ。

 

「かといって今の状態で授業を受ける気なんてしないしなぁ……よし、決めた。風紀委員室でお茶してよ」

 

風紀委員室の鍵にはすでに細工がしてあり、治夏ならいつでも開錠可能だ。瑞希から連絡が来るまで、戦の前の休息としよう。

 

お茶を淹れて一服。小棚からお菓子も取り出し、時折、人形に視界を繋いで状況の確認をしながら連絡を待つ。

 

待つこと一時間ほど、治夏の携帯端末に呼び出しが入る。コールは三回で切れた。それから三秒後、再び呼び出しが入る。今度のコールは二回。予め治夏達の間で決めていた攻撃準備よしの合図だ。

 

「さて、それではいくか」

 

風紀委員室を出た治夏は、隠蔽術式を使用の上で校門から外に出た。術式を使用している敵の位置からは死角となる場所に三人の男がいる。治夏の側近である村山右京、山中図書、皆川掃部の三名だった。

 

「私の武器もあるな」

 

「はっ、お持ちしています」

 

右京の右手には大型のスーツケースがある。

 

「よし、では参ろうか」

 

三人を引き連れて敵の居場所として目星を付けたビルへ向かう。その途中で三人に向けて聞いた。

 

「敵の人数は確認しているか?」

 

「はっ、敵は二人のようです」

 

「では、私と掃部、右京と図書で一人ずつ相手をするぞ」

 

右京の答えに少し考えてから言うと、三人が無言で頷き、了承の意を返す。足早に進んでいたため、早くもビルまで五十メートルの地点だ。

 

「隣のビルの屋上から急襲をかける」

 

作戦を伝え、敵のいると思しきビルの裏手にあるビルに入る。階段をゆっくりと登りきり、屋上へ。扉を開けて屋上を前へ。その更に先を使い魔の鳥に進ませ、欄干の間から隣のビルを覗き見させる。

 

そこでは、一人の男が第一高校に向けて式を飛ばしていた。そして、もう一人が周囲を警戒している。指のサインで右京と図書に警戒している男の方の相手をするよう指示。二人が頷くと同時にやはり指で三カウントを取る。

 

カウントゼロと同時に三人が一斉に隣のビルに向かって空を駆ける。それを援護するために治夏は現地に留まったまま二人の男に向けて「漣」の術を放つ。漣は水の精霊を宿らせた想子弾を連続で打ち出す魔法だ。一発当たりの威力は低いが、弾数が多いため敵の足止めに向いている。

 

治夏の漣が命中するより早く、警戒役の男が声を発する。式を打っていた男が振り返り、二人はともに防御魔法を展開。咄嗟の防御魔法は万全には遠いはずだが、威力の低い漣の攻撃では防御を抜くことはできない。けれど、その間に掃部たち三人は敵地に着地して各々の標的に攻撃を仕掛けていた。

 

「はあっ!」

 

気合の声と共に掃部が何もない空中に掌底を放つ。その掌底は衝撃波を生み、式を打っていた男へと襲い掛かる。

 

掃部が仕掛けた魔法は「雷衝」。広範囲に電気を纏わせた衝撃波を放つ魔法で、こちらも受けることはできても回避することは難しい魔法だ。敵も掃部の攻撃が、ただの衝撃波ではないと気づいたようだが、気づいたところでどうしようもない。相手は衝撃波を防御魔法を使って受け止めた。

 

漣の後の雷衝で敵は完全に足を止めている。好機だ。治夏は持ってきていたスーツケースを開ける。そこには五体の人形が収められていた。

 

「雛霰」

 

治夏が魔法を発動させると、五体の人形たちが一斉に敵へと襲い掛かる。人形はそれぞれに手にナイフや拳銃を持っている。

 

「ちっ」

 

空を飛び、包囲して攻撃を仕掛けてくる人形たちはうるさい存在だ。しかし、その手に持つものは単なるナイフや拳銃。一般人には脅威でも一流の魔法師となれば攻撃を防ぐのは難しいことではない。

 

決定打にはなりえない。そう判断したのか、男は人形たちを無視して掃部に反撃を加えようとする。そして、その判断が敗因となった。

 

防御を固めて突進する男に取り付いた人形の一体が突如として爆発。周囲にはサイオンの暴風が吹き荒れた。同時に、発砲音が四発。銃弾は、男の身体を貫通している。

 

男の口が僅かに動く。しかし、それは言葉となることはなかった。そのまま男は前のめりに倒れ込んだ。

 

雛霰の術で作り出した人形には、大量の精霊が封じ込められている。それを開放することで術式解体に似た効果を発揮することができる。今回はその精霊の解放で防御魔法を吹き飛ばし、そこに銃弾を叩き込んだ。

 

この術への正しい対処法は、面倒でも人形をきちんと破壊することだ。そうすれば、不意の精霊開放によって無防備な姿をさらさずにすむ。もっとも、それをさせないための掃部の存在だったわけだが。

 

「終わりだね」

 

いいながら見ると、右京と図書も、もう一人の男を倒していた。これで、第一高校に対するスパイ未遂をしていた者たちはいなくなったはずだ。

 

「さて、右京たちはこの二人を連れ帰り、解剖して情報を引き出せ」

 

「和泉守様はいかがなさいますか?」

 

「今はまだ授業中だ。一応、学校に戻るとするよ」

 

本当はもう帰りたい気分だけどね。本音は心の中に隠して治夏は束の間の平穏を取り戻した学校に向かって歩き始めた。





投稿直前に全面改稿を決めるという暴挙により、月曜に予定していた投稿を飛ばしてしまいました。
週2回の更新を果たせず、申し訳ございません。
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