一旦は保険医の安宿怜美に女生徒を任せ、治療が終わるのを待った宮芝和泉守治夏は女生徒の尋問を開始する。といっても、実際に質問するのは風紀委員長の千代田花音と生徒会会計の五十里啓だ。これは学校施設内で起こった事件であるという理由で学校側に条件として出され、治夏がしぶしぶ飲んだものだ。
「一昨日は大丈夫だった?」
ベッドに座らされた女子生徒に対して千代田は開口一番、そう問いかけた。女生徒が目を見開き、慌てて顔を隠すように俯く。その態度で話には聞いていた、達也たちを監視していたという第一高校生は彼女であると分かった。
「一昨日といい今日といい、無茶するわね。一歩間違えば自分が大怪我してるわよ」
「風紀長、語り出す前に彼女の所属と姓名を教えてくれるかな」
「所属と姓名って……まあ、いいか。彼女は一年G組の平河千秋さん」
「そうか」
ここまでくれば平河の素性を調べるのは難しくない。聞いたのは、ほんの少しでも手間を省略できるという思いからだ。
「そうかって……、話を戻すわね。あたしは貴女の行為が、このままエスカレートするのを止めなくちゃならない。さっき壬生さんに、何かが欲しいわけじゃない、って言ったらしいわね。じゃあ何でデータを盗み出そうなんて考えたの?」
「……データを盗み出すことが目的じゃありません。あたしの目的は、プレゼン用の魔法装置プログラムを書き換えて使えなくすることです、パスワードブレーカーはその為に借りたものです」
「パスワードブレーカーでプログラムを書き換えて、装置を暴走させて司波達也を、たまたまその周囲にいた不幸な者たちを諸共、爆殺するためじゃないのか?」
「違います! そんな恐ろしいことは考えていません」
「マフィアやテロリストが利用する相手のことを考えない。確か君が言った言葉だな。どうして貸し与えられたパスワードブレーカーが、君の期待した通りの性能しか発揮しないなどと考えられる?」
考えてもみなかった可能性を示され、平河が絶句する。続いて、証拠品として五十里が持っているパスワードブレーカーに視線が向いた。
「ねえ、何でそんなことをしたの?」
「だって、アイツばっかりいい目を見るなんて許せないんだもの……!」
そう言うと、平河はベッドの上で嗚咽を漏らし始めた。
「平河千秋くん……君は、平河小春先輩の妹さんだね?」
五十里の問いかけに、俯き、嗚咽に震えていた平河の肩が別の意味でビクッと震えた。
「平河小春?」
「九校戦のエンジニアチームの一人で、ミラージ・バットで事故に遭った小早川先輩の担当だった」
「そうか」
選手に比べてエンジニアチームは治夏の関心が薄かった。教えられても平河小春の顔は思い浮かばなかった。
「お姉さんがああなっちゃったのは、司波君の所為だと思ってる?」
「……だってそうじゃないですか」
五十里の問いを受けて、平河の口から呪詛が響く。
「アイツには小早川先輩の事故を防げたのに、そうしなかった。アイツは小早川先輩を見殺しにして、その所為で姉さんは責任を感じて……」
「もしあの事故について司波君に責任があるというなら、僕も同罪だ。僕はあの仕掛けに気づかなかったんだから。僕も含めた技術スタッフ全員が同罪だよ。司波君だけの……」
「くだらんな」
あまりにもくだらない言い分に、五十里の言葉を切って治夏は断じる。
「何がくだらないって言うんですか?」
「小早川の事故を防げたとして、なぜ防がねばならないと思う?」
「事故が防げるなら、防ぐのが当たり前じゃないですか」
「それが思い違いだと言っている。事故を防ぐも防がぬも自由。どうしても防ぎたいなら、誰かを頼らず、己で防げ」
「やっぱり、そうなんですね。あの人の言った通りだ。やっぱりアイツは、自分には、妹には関係がないからって手を出さなかったんだ」
メール等で存在しか知らない相手と、実際に顔を知っている相手。両者を呼称するとき、人の表情は微妙に異なるものだ。平河が、あの人、というときの様子から、治夏は平河が相手の顔を知っていることを確信する。
「あんなに何でもできるクセに自分からは何もしようとしない……きっとそうして、無能な他人を嗤ってるんだわ」
どうやら平河は当初は達也に対して憧れに近い感情を抱いていたようだ。一方的な憧憬から裏切られたと思い、憎悪を滾らせた。もっとも、治夏としては過程には興味ない。重要なのは現状のみ。
「本当は魔法だって自由に使えるクセに、わざと手を抜いて二科生になって、一科生も二科生も手当たり次第に他人のプライドを踏み躙ってほくそ笑んでるに違いない……」
「くだらんな」
治夏は二度目となる言葉を冷たく言い放つ。
「もしも他人のプライドを踏み躙るなどという、自分にとって一文の得にもならぬ行為に力を注ぐような俗物であれば、それこそ気に留める価値もない」
「じゃあ、何でアイツは二科生なんかに……」
「逆に問おう。彼にとって一科生となることに何のメリットがある?」
問われた平河はすぐに答えを出せないようだった。
「なんでもできるのであれば、誰かに指導を仰ぐ必要もない。逆に自分のやり方に下手に手出しをしてほしくないと考えても当然ではないのか?」
「じゃあ何でそもそも魔法科高校に……」
「彼にとって重要なのは図書館に入館する権利だろう。それさえあれば、指導などなくとも、個人で勝手に成果を生み出せるという自信があったのだろう」
あまりにも身勝手な達也の行動理論に、平河は絶句しているようだ。五十里が首を捻っているのが見えたが、今は無視だ。
「ようやく理解したか。そもそも彼にとっては君も、君の姉も、小早川も全ては路傍の石のようなもの。薄汚れた石が転がっていたとして、どうして磨いてくれなかったんだと責めているようなものだ」
「そんなの……あまりにも……」
「ハイハイ、そこまで」
治夏と平河を遮ったのは、保険医の安宿だった。
「ドクターストップよ。続きは明日にしてちょうだい」
「安宿先生……」
「彼女の身柄は一晩、大学付属の病院で預かります。親御さんには私の方から連絡しておくから、二人とも準備に戻りなさいな。もう日がないのでしょう?」
千代田は何か反論を考えていたようだったが、五十里に制止され、保健室を出ていく。治夏もその後に続いた。
「ねえ、宮芝さん。司波君はそんな人じゃないと思うんだけど」
保健室を出たところで、五十里が治夏の先の発言に反論をしてきた。
「けれど、説明としては筋が通っていただろう?」
「ということは、本気で司波君がそういう人だとは思っているわけじゃないってこと?」
「まあ、中らずと雖も遠からず、だとは思うがね」
「じゃあ、どうして平河さんにあんなことを言ったのよ」
今度の質問は千代田からだ。
「真意を伝えることが難しいから近いところで妥協した、ただそれだけだよ」
死ぬ前に少しでも正しい情報を与えるのも慈悲だ。そして、もう一つ。もしも司波達也に一泡吹かせるためと頼るのが治夏なのであれば、そして、例えば司波達也のストーカーのような形でも何でも、駒として役立つようであれば、生かしてもよいと思ったためだ。
「真に利己的というのは、私みたいな存在を言うのかな」
二人に聞こえないよう、治夏は心の中で呟いた。
先週末に飛ばした分を臨時投稿