魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 大亜連合のエース

平河千秋が入院した国立魔法大学付属立川病院。

 

その病室の一室の前に、大亜連合軍の特殊部隊に所属する呂剛虎は立っていた。目的は言うまでもなく、平河千秋の抹殺である。

 

しかし、いざ戸を開けようとした直前に、突如として警報が鳴り響いた。呂は気にすることなく病室のノブに手を掛け引っ張る。しかし、ドアには鍵が掛かっており、開かない。

 

呂の常識では、警報といえば火災警報であり、鳴れば逃げる妨げとならないよう鍵は解放されるはずであった。しかし、ドアのロックが解除される気配はない。

 

元々、呂は鍵を壊して入室するつもりであった。速やかにドアを破る決心をし直した呂は、ドアノブを派手な音をさせながら引き抜く。

 

「何者だ!?」

 

その直後、呂に対して誰何の声が掛けられた。呂が声の方を向くと、そこには一人の青年がいた。どうやら、警報を聞いて駆けつけてきたようだ。

 

「人喰い虎……呂剛虎! 何故ここに!?」

 

呂が答えるまでもなく、相手は呂の名を言い当ててきた。同様に、呂も青年の顔が知ったものであることに気づいていた。

 

「幻刀鬼、千葉修次」

 

青年は、近接魔法剣技の権威として知られる千葉家で、天才剣士の名をほしいままにしている男。それは大亜連合でエースと呼ばれている呂であっても最大の警戒をもって当たらねばならない相手だった。

 

すでに病室の扉は破壊してある。中に入って小娘を殺すことなど、一秒とかからず実行できるはず。それで任務は達成だ。だが、この男を前に一秒もの間、意識を逸らすのは危険すぎる行いだ。呂は全神経を千葉に向ける。

 

千葉が懐から二十センチほどの棒を取り出す。そのまま流れるような動作で棒の先端近くのボタンを押すと、刃渡り十五センチほどの刃が飛び出してくる。

 

小さな刃を恐れることなく、呂は無手のまま千葉に突進する。

 

二人の距離が太刀の間合いに入った瞬間、千葉が右手を振り下ろした。

 

本来なら短刀は届かない距離だ。であるにも関わらず、呂は頭上に左手をかざす。

 

短い刃の延長線とかざした左手の交差点で重い音が鳴る。

 

千葉が使ったのは加重系魔法「圧斬り」。細い棒や針金に沿って極細の斥力場を作り出し接触した物を分割する近接術式だ。

 

一方、それを受けた呂の技は硬気功の発展形である鋼気功。気功術を元にして皮膚の上に鋼よりも硬い鎧を展開する魔法に発展させたものだ。

 

千葉は自らの魔法を無効化することで右手を腰下まで振り下ろすと、今度は素早く斜めに切り上げてきた。見えざる斬撃を受け止めるべく、呂は鋼気功を展開した右手を右脇下に叩きつける。しかし、その右手は何の抵抗も受けることはなかった。斥力の刃は兆候のみでキャンセルされたようだった。

 

来るはずの斬撃に備えた呂の身体は、斥力の刃が幻となった為に右へと流れた。そこを逃さず千葉がすかさず袈裟切りの「圧斬り」を放ち、見えざる刃が呂の右首横を目掛けて打ち込まれる。

 

重い音が鳴ったが、血飛沫は舞わなかった。呂は身体を捻って千葉の斬撃を正面から受け止めていた。仰向けになり、背中から落ちた呂は、そのまま背中を軸に回転して千葉に蹴りを放つ。千葉が後ろに跳んで躱す間に、すかさず立ち上がる。

 

間合いの読み合いになれば千葉に分があることは今の激突で明らかになった。起き上がるや否や、呂は大きく踏み込んで間合いを詰めようとした。

 

「おや、呂剛虎とは、随分と大物が釣れたものだ」

 

その瞬間、すぐ傍から女の声が聞こえてきた。思わず視線を向けると、いつの間にか病室の戸が開いている。そして、入口付近には小柄な女が立っていた。女は水色の妙な衣服を身に纏い、右手には刀、左手には拳銃が握られていた。

 

抹殺対象の少女も小柄だったはずだが、病室前に立つ女の容貌は呂が聞いていたものとは異なっている。それに、その纏う雰囲気もただの高校生ではない。

 

女が左手の拳銃を呂に向ける。そうして徐に口を開いた。

 

「いいのかい? 余所見をしていて」

 

瞬間、誰と対峙していたのかを思い出した呂は反射的に頭部を守る態勢を取る。しかし、千葉もさるもの。頭部を守ったと見るや、すかさず無防備な脇腹へと刃を突き出してきた。呂がその攻撃で致命傷を避けられたのは幸運だった。身体を思い切り捻った結果、内臓深くまで刺し込まれることを回避できたが、なぜ身体を捻ったのかと問われれば、なんとなく嫌な予感がした、としか言いようがない。

 

ともかく、優位に立っている身体能力を生かして大きく後ろに跳ぶことで千葉から距離を取る。先ほどは千葉の技の優位性を消すために敢えて強硬な攻撃に出たが、状況の把握できていない今の状態でそれを行うほど、呂は愚かではない。

 

「距離を取れば安全だと思うのは、早計だぞ」

 

そんな呂の行動を、女は嘲笑していた。そして、その意味はすぐに分かった。

 

天井から粘性の高い液体が落ちてくる。その液体は魔法で操られているのか、呂の顔へと纏わりついてくる。

 

「君の防御能力は非常に高い。だが、攻撃以外の手段ではどうかな?」

 

女が言った瞬間、呂の顔に纏わりついていた液体が炎を上げた。炎自体は呂の鋼気功に守られた肉体を焼くには足りない。しかし、肉体は焼かれずとも鼻と口の上で上がった炎は呂の呼吸を許してくれない。

 

慌てて液体を取ろうとしたが、顔に張り付いた液体は妙な伸縮性を持っており、引きはがすことができない。ただでさえ千葉修次という強敵との戦闘中なのだ。すぐに呼吸を確保できなければ、敗北は必至。

 

覚悟を決めた呂は自らの顔へと手を掛ける。そして、皮に爪を立てる。

 

「グオオオオッ!」

 

一瞬だけ顔面の剛気功を解き、その間に液体を自らの表皮ごと引きはがす。

 

「ほう、随分と思い切りがいいな」

 

女の声には耳を貸さず、再び後方に大きく跳ぶ。視界の端では呂の身体から離れた皮膚が燃え尽きたのが見える。千葉が目の前に迫っていないことを確認し、呼吸できなかった分を補うように大きく息を吸い込んだ。

 

今のところ、女がどのような方法を使って呂に攻撃を仕掛けてきたのかが全く掴めていない。加えて女の横には千葉がおり、呂は脇腹に浅くない傷を負い、皮膚をはいだ顔は全体が鈍い痛みを訴えている。戦況は圧倒的に不利だ。

 

ちらと見えた病室の中に平河千秋はいないようだった。ということは、呂は完全に罠に嵌められたと考えるべきだろう。

 

もはや、これ以上の継戦は無意味だ。そう考えた呂はすぐ横にある階段へと身を投げた。

 

「千葉の麒麟児、追撃は無用だよ」

 

上からはなぜか呂の逃走を助けるような声を発していたが、今の呂にはその真意を推測するような余裕はなかった。

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