「それで宮芝を名乗っていたのは、どんな子だったの?」
司波達也が念のため宮芝を名乗る者が第一高校に現れたことを本家に連絡すると、予想外に四葉家当主にして彼の叔母である四葉真夜が直接、報告を聞きたいと言い出したのだ。
その異例の対応は、眉唾物と思っていた宮芝に関する噂が、けして火のない所に立った煙ではないことを示していた。
「名は宮芝和泉といいます」
「それは、男の子、女の子?」
「女性ですが……」
和泉という名前で女子であることは分かりそうなものだ。不思議に思いながら答えると、真夜はおかしそうに種明かしをした。
「宮芝家の当主は、代々、和泉守を名乗るのよ。だから、男であろうと女であろうと通名は宮芝和泉。今代が女の子なのは単なる偶然ね」
今時、官職を名乗り続けている者がいるとは思わなかった。
「それで、その子はどんな子なの?」
「率直に言って、よく分かりません」
「あら、達也さんの目をもってしても?」
「一つ言えるのは、酷く好戦的という印象です。けれど、本当に好戦的であれば、こうまで歴史の裏に隠れ続けることはないでしょうし……もっとも、今代が特別に好戦的な人物、という可能性もありますので」
和泉の行動は、一見すると隙あらば喧嘩を仕掛けているように見えた。しかし、よく考えてみると仕掛けようとしたのは常に周囲に大勢の一科生と二科生がいる状況だった。例え周囲に人が少ない状況であっても、挑発して騒ぎになれば何らかは耳に入るはず。それがなかったということは、一対一などの場面では行っていないとも考えられる。
もしも敢えて一科生と二科生が複数人いる場面で喧嘩を仕掛けるとすれば、意図的に乱闘になることを狙っているとしか考えられない。そして、複数人が入り乱れる乱闘は、多くの退学者を出すのに、もってこいの状況だ。
今の時点では短慮であるとも、思慮深いとも言えない。唯一言えるのが、自らの望みを果たすためなら、とばっちりで回りがどうなろうとも気にしない。即ち、混乱を恐れない極めて好戦的ということだけだった。
「まあ、道徳なんて言葉は宮芝とは対極だものね」
うちも人のことは言えないけど、と呟いてはいたものの、真夜の言葉は実感が伴っていた。どうやら、噂以上に宮芝は闇の深い一族のようだ。
「それで、対応はいかがしましょうか?」
「達也さんは、どう見たのかしら?」
「積極的に深雪を害してくるようなことはないと思います。ですが、混乱を起こすことを目的とする以上、巻き込まれる危険性は捨てきれません」
和泉が狙うのは、人が多い所。残念ながら、類まれな美貌を持つ深雪は、本人の意図に関わらず多くの人に囲まれている可能性が高い。そして、そこを和泉が狙う可能性も。
しかし、今の叔母の態度を見る限り、和泉に危害を加えるという行動も悪手に思える。今の所、和泉に深雪に対する害意はない。しかし、手段を選ばない和泉のことだ、達也が邪魔をすると判断した場合に、どのような行動に出るかは容易に想像できる。
果たして叔母はどのような判断を下すのか。
「達也さん、宮芝からは目を離さないようにしなさい」
「敵対は、避けるべきですか?」
「先方から危害を加える行動に出てこない限り、敵対行動を取ることは禁じます」
「分かりました」
これで、はっきりした。宮芝への敵対はなしだ。
達也の言葉に満足したのか、真夜は通信を切った。
「お兄様」
通信が切れていること十分に確認して、深雪が徐に口を開いた。
「すまない。どうやらお前に平穏な学園生活は送らせてやれそうにない」
今日の帰り道。和泉がさっさと消えた後、エリカに連れられてケーキ屋で、深雪はエリカと美月の三人でのお喋りの時間に興じていた。それは、深雪にとっては大切な、ごく普通の女子高生として楽しめる時間であったはずだ。
第一高校を卒業してしまえば、或いは何か一つでも歯車が狂ってしまえば、深雪の学園生活は一瞬にして終わりを迎える。だからこそ、達也は深雪の学園生活を守りたいと思っていたのだ。
現時点では、それが壊されると決まった訳ではない。しかし、その時間が続くことを根拠なく信じられているのと、その時間が近く壊れてしまうのを予見しているのでは、同じ時を送ったとしても受け取り方は変わってしまうだろう。
たった三年だけの、深雪がただの司波深雪として無邪気に楽しむことのできる時間。それを奪われるというのは業腹だ。しかし、それを防ごうと手を打つことは和泉と敵対することになり、結局は平穏を失うことになるのだ。
だから、達也には何もしてやることができない。
「気になさらないでください。お兄様は何も悪くないのですから。悪いとすれば、一科生と二科生を徒に対立させている学園側だと思います」
深雪は深雪で、達也を二科生として冷遇する学園に腹を立てているようだ。
ともかく、検討すべきは和泉への対処法だ。
今日の様子を見た限り、一科生への挑発を諫めたりする周囲の言もある程度は受け入れてくれるようだ。また、深雪を巻き込むなと言った時も、あっさり了承の意を示していた。
そこから考えるに、達也や深雪に火の粉が降りかかる可能性のある場面なら、和泉の妨害をしても問題はなさそうだ。
叔母は目を離すなといったが、どうも和泉には達也と深雪の目の届かない所に行ってもらった方がよい気がしてならない。
「ひとまずは、明日の和泉の行動を見て、判断するよりないな」
こういう案件こそ、生徒会が受け持つべきことなのではないか。達也は今日、生徒会長でありながら和泉を押し付けた七草真由美に心の中で毒づいた。