魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 横浜に蠢く影

時計の短針が頂上を通り過ぎた。暦の上の明日、ここ横浜で「全国高校生魔法学論文コンペティション」が開催される。もっとも、だからといって街が特殊な空気に包まれているわけではない。魔法科高校の生徒にとって論文コンペは特殊なイベントで、代表に選ばれた生徒にとっては将来を左右するかもしれない重要な行事だが、魔法と縁の無い市民にとっては年に何回も開催される催し物の一つに過ぎない。

 

この時代もなお横浜の主要な歓楽街の一つであり続けている中華街の数ある飲食店の中で特に大きな間口を構える店で、二人の男が向かい合っていた。

 

「周先生、すっかりお世話になりました」

 

言葉を発したのは大亜連合軍の特殊工作部隊隊長の陳祥山。セリフに反して、その口調は横柄であった。

 

「恐縮です、閣下」

 

しかし、この店の主でもある周は陳の態度など気にすることなく、恭しく控え目な笑みを浮かべたまま頭を下げた。

 

「本国から艦艇を派遣すると連絡がありました。おかげで無事、次の作戦を遂行できる」

 

「お役に立てたのであれば光栄です」

 

周と陳はいつもと変わらぬ表情だ。二人が卓についてから、ともに表情は変わらない。

 

「ただ、一つ未解決な問題がありましてな」

 

「おや、それは何でしょうか、陳閣下」

 

「ご存知かもしれませんが、武運つたなく副官が敵の手に落ちてしまいまして」

 

「存じております。真に運が悪かったとしか申せません。まさか呂先生が……」

 

周は沈痛な表情で、心から気の毒に思っているような声で答える。

 

「しかし、一度は敵に囚われる失態を曝したとはいえ、彼は我が国に必要な武人」

 

周は無用な言質を取られぬよう、無言で頷くことにより、陳の言葉に同意を示す。

 

周が何も言おうとしない為、陳は諦めて自分から依頼を切り出した。

 

「もう一度だけ、手を貸してもらえないだろうか」

 

「……実は明後日の朝、いえ、暦の上ではもう明日ですが、呂先生の身柄が横須賀の外国人刑務所に移送されることになっています」

 

周がもたらした情報に、陳は本気の驚きを表した。

 

「本当ですか」

 

「ええ、実に好都合なタイミングです。移送ルートも調べることができてしまいました」

 

「罠であると?」

 

周の言い方から不安を感じ取ったのだろう。陳が聞いてくる。

 

「日本には宮芝という四葉と同様に恐れられている家があります。魔法が現実のものとされるようになった百年前以後に限れば表立った実績はありませんので、国際的にはさほど有名ではありません。けれど、古くから日本の暗部に属し、古式魔法界に限れば、間違いなく四葉より影響力は上です」

 

「話には聞いたことがあるな」

 

「呂先生が最初に襲撃した立川の病院。そして今回の八王子特殊鑑別所。ともに宮芝の現当主の姿があったようです。そして、結果的にはいずれも罠であった。それなのに今回だけは特段の警戒をしていないとは考えにくい」

 

「……警察と連携が取れていないという可能性は?」

 

「その可能性もなくはありませんが、本質的には影響はないでしょう。宮芝は隠形に長けた魔法師です。こっそりと護衛部隊を付けることくらい造作もないでしょう」

 

周が話し終えると陳は不快感を露わにしていた。

 

「我が副官を見捨てろと言うのか?」

 

「恐れながら、それが賢明かと」

 

「彼は我が国に必要な武人だと言わなかったか?」

 

「それも承知しております。ですが、一度、宮芝の手に落ちた者を救出するというのは非常に危険な行為なのです」

 

陳が顎で続きを促してくる。根拠があるならば聞かせろということなのだろう。

 

「宮芝は非常に高度な精神制御技術を持っています。その術にかかれば、いかに忠義溢れる者でも反逆者に成り下がると言われています。また、人をジェネレーターとする技術にもたけていますので、最悪の場合は、もう……」

 

「副官は、すでに宮芝の操り人形となっているということか」

 

「はい。そうなれば救出作戦に動いた者は一人も生きて帰れないでしょう」

 

呂が強力な戦士であればあるほど、敵に回れば厄介なことになる。そして、周は自分がこれまでに得てきた情報から考えて、宮芝が強力な魔法師をみすみす刑務所などに渡すとは思えなかった。力を得ることに貪欲な宮芝は、必ずや呂剛虎を自らの手駒として利用する。それが、周の考えだった。

 

「それにしても周先生は、随分とその宮芝という敵を恐れているのだな」

 

話題の転換は、陳が呂の奪還に慎重になっていることを示していた。

 

「宮芝は目的のためならば手段を選びません。この夏にも香港系の犯罪シンジケートに協力していた魔法師が、親兄弟に至るまで殺害されるという事件を起こしています」

 

「現代に、そのようなことを行っているのか」

 

族誅は大亜連合の前身である中国の古代に行われていたことだ。しかし、巻き添えのように殺される者にとっては、降って沸いた災難。それに、無実の者を殺害することから批判が多い。基本的に現代で行うことは、あり得ないことだ。

 

「その他に、宮芝は我が国の魔法の知識に長けていますが、それは我らの捕虜を解剖して得たものだと言われています」

 

「戦時国際法など、完全無視ということか」

 

大亜連合とて、それほど綺麗な組織ではない。どこの国も表にできない汚れ仕事というのはあるものだ。

 

国際法は完全無視。寝返る者にはどんな非道な粛清も辞さないとしたら、宮芝は陳のような工作員にとっては天敵といえる存在だ。

 

「それなのに我らに情報が入っていないというのはどういうことだ?」

 

「おそらく宮芝の実態がはっきりとしないためではないかと。実際、宮芝というのは宮芝家を中心とした古式魔法師の集団でおり、規模などについても必ずしも一定ではないという話もありますので」

 

「下手な予備知識は危険な可能性もあるわけか」

 

「はい、それだけに警戒が必要です。実際、私も当初の予定では平河千秋に精神干渉魔法を使用するつもりでいましたが、断念をいたしました」

 

周は平河千秋に顔を見られている。それは大きなリスクだ。しかし、宮芝はすでに平河千秋の入院病室を偽り、一度、どこかに隠している。ならば、すでに必要な情報は収集されてしまったと考えた方がいい。そして、そうだとすれば、新たな接触は自らの首を絞めることにしかならない。

 

「宮芝は、それだけの警戒が必要な相手ということか……」

 

陳は少しの間、瞑目する。

 

「分かった。日本の国軍の攻撃によって我らはすでに大きな損害を被っている。これ以上の損耗は許容できない。遺憾だが、副官のことは諦めよう」

 

陳の作戦に対して、周は意見を言う立場にはない。そのため、黙って頭をわずかに下げることによって答えとした。

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