魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 いざ横浜へ

全国高校生魔法学論文コンペティション開催日当日の朝、宮芝和泉守治夏は宮芝の手勢八十八名を前に訓示を行っていた。今日の戦闘の相手は大亜連合の特殊部隊。確定したわけではないが、治夏はまず勃発すると考えていた。

 

今回の戦いに投入されるのは宮芝でも最精鋭の部隊だ。各隊はそれぞれ四十名。水色桔梗紋を旗印し、片瀬志摩守が率いるのが一番隊。九曜紋を旗印とし、一柳兵庫が率いるのが二番隊。笹竜胆を旗印とし、郷田飛騨守が率いるのが三番隊だ。

 

また、各隊にはそれぞれ後方支援要員と、有事の際に利用すべくこれまで宮芝が蓄えてきた財産についても持参させることになっている。それらを合わせると作戦への参加人数は二百名を超える、正しく大規模動員だった。

 

一番隊は魔法協会本部付近、二番隊は桜木町駅付近にて待機。三番隊は一旦、横須賀方面に向かった後、横浜の中華街付近に向かうことになっているため、すでに出立をしており、この場にはいない。

 

一方、治夏は論文コンペティションの会場に入り、何も起きなければそのまま観覧を行い、何かあれば戦闘指揮に移行する。この隊には、治夏に同行するメンバーとして森崎駿、小早川桂花、平河小春、平河千秋。別途、会場入りして別働隊となるメンバーとして村山右京、山中図書、皆川掃部、関本勲が属している。

 

関本は本来、八王子特殊鑑別所でまだ取り調べを受けている段だが、治夏が国のために働くことで罪を償わせると言い、強引に連れ出した。今回は間違いなく激しい戦闘となることが予想される。優秀な現代魔法師を遊ばせておく余裕はない。

 

「図書、関本は使えこなせそうか?」

 

その関本の状態を確認すべく、治夏は関本の調整を命じていた山中図書に話を向ける。

 

「はっ、問題ないかと」

 

「関本、聞こえるか?」

 

呼びかけると、関本がゆっくりと治夏の方を向いた。

 

「聞コえてオリます、和泉守サマ」

 

その返答は、はっきり言って、ぎこちないにも程がある。

 

「図書、本当に問題ないのか?」

 

「時間がありませんでしたので、戦闘面を優先して改造を施すしかありませんでした。言語面が不安定なのは諦めてください」

 

「関本は論文コンペの次点者。頭脳も惜しくはあったが、確かにこの短時間では思考誘導では間に合わなかったな。まあ、関本は風紀委員にも在籍した猛者。人形としてでも十分に働いてくれよう」

 

治夏の言葉に、平河姉妹は少しだけ動揺を見せた。この二人は両親を人質に協力を強要している段階なので、まあ、このような反応も仕方あるまい。一方、森崎駿と小早川桂花の二名は関本に何の感慨も抱いていないようだ。こちらの二人は思考誘導が十分に機能しているといえよう。

 

「右京、飛騨守から連絡はあったか?」

 

「今のところ、何の問題も発生していない様子です」

 

「ということは、敵は餌にかからなかったか」

 

まあ、これだけ罠にかけられ続けて、それでも仕掛けてくるとしたら余程の馬鹿としかいいようがない。とはいえ、それを言ってしまえば日本の警察の方が馬鹿だが。

 

一体、どういう思考をすれば、たかだか高校生を抹殺するために呂剛虎を送り込んでくる組織が、呂を奪還に来ないと考えるのだろうか。警備体制が通常の犯罪者移送に毛が生えた程度のものだと知ったときには本気で頭を抱えたものだ。

 

しかし、警察だけを責めることはできない。平和ボケはこの国の全体に蔓延している重篤な病だ。

 

「といっても、沖縄に佐渡と侵攻を受けて被害を出しているのだけどな」

 

それからほんの三年ほどしか経っていないというのに魔法師の不要論に近いものまで出てくるのだから、理解に苦しむ。

 

「しかし、和泉守様、供回りは本当に八名だけでよろしいのですか?」

 

聞いてきたのは山中図書だ。

 

「構わない。論文コンペの会場には十師族の七草真由美、十文字克人、一条将輝といった面々がいる。加えて司波兄妹や渡辺摩利なども十分すぎる戦闘能力を持っている。そこに切り札も合流する手筈。多少の敵ならどうとでもなる」

 

「はっ、そういうことでしたら」

 

「それに、今回はせねばならぬことが多いからな」

 

そう言って治夏は二番隊の指揮官を務める一柳兵庫を見た。

 

「兵庫、お前には辛い役目をさせるが、頼むぞ」

 

「はっ、お任せください」

 

本作戦にあたり、各隊には別々の役割を与えている。一番隊の役目は貴重な戦力となりうる魔法師を守ること。対して二番隊の役割は市街地中心部の防衛に加えて、住宅地で被害をださせること。

 

佐渡や沖縄といった首都圏から遠い地域で被害者を出しても駄目なのだ。首都、東京に近い場所で多くの民間人が無残に敵兵に殺される。そういった事態になって、初めてこの国は国家と国民の防衛のために本腰を入れ、また民衆もそう言った声を上げ始める。

 

だから、二番隊はもしも敵が住宅地を無視するような動きを見せた場合には、住宅地に誘導するように行動する。そして、もしも敵が民間人を無視するようであれば、己の手で殺害してでも民間人に犠牲を出す。そういった汚れ仕事を担当する。

 

そして、それは三番隊にしても同じだ。三番隊の役割は中華街の壊滅。かの地は工作員の温床であるにも関わらず、歴史があり、純粋な民間人も多いということもあって、これまで手を出せなかった。三番隊はその中華街に敵を追い込んだ後、敵国への協力の有無を問わず、中にいる生物は犬や猫に至るまで撫で斬りにする。

 

実際に誰が工作員で誰がそうでないのかを峻別することはできない。だから、戦時を利用して全員を殺害する。非難はされるだろうが、それも日本の民間人を虐殺した犯罪者的な軍が逃げ込んだためとすれば、いくらか和らぐはずだ。

 

なるべく多くの戦力が集まるように、それとなく十師族に対して動員は要請した。古式魔法師も大亜連合に気取られぬように注意しながら最大限の動員をしている。宮芝の部隊も最精鋭を投入する。戦端が開かれれば、魔法師たちには民間人の保護を最優先にする指示を行う予定で、これにより魔法師の近辺の民間人の被害を最小限にまで抑える。

 

それでもなお、多くの民間人の被害が出る。それは、魔法師の人数が圧倒的に足りないのが原因である。そのように世論を導かないとならない。

 

そのために邪魔になりそうな反魔法師の急先鋒の者たちには密かに刺客も送っている。せっかくの敵の大規模な侵攻なのだ。これを機に、できる限り宮芝の望む世へと近づけなければならない。

 

我らはこの国を守るための尖兵。その目的のためなら鬼にも悪魔にもなろう。

 

「皆、我らの未来はこの一戦にかかっていると思え。総員の奮闘を期待する。出陣!」

 

「応!」

 

声を発し、各隊が出立をしていく。それを見送って、治夏も論文コンペの会場となる横浜国際会議場へと出立した。


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