午後三時三十七分。
全国高校生魔法学論文コンペティションの会場である横浜国際会議場に突如として爆音と振動が届いた。
「いやはや、やはりここも標的の一つであったか」
周囲が混乱する中、この事態を予測していた宮芝和泉守治夏はゆったりと席に坐したまま次の段階に進展することを待っていた。その心の中は平穏そのもの。むしろ予想が大きく外れ、敵が東京に突入しなかったことに深い安堵を覚えていた。
正面出入口の方角からはハイパワーライフルの発砲音が聞こえてくる。おそらく、敵はこの会場へと突入をしてくるのだろう。これも予想が外れて会場もろとも爆破などの手段に出なかったことに笑みさえ浮かんでくる。
とはいえ、これらは予想ができたこと。
理由は分からない部分があるが、大亜連合の工作員は高校生を洗脳してまで第一高校の研究成果を求めていた。加えて口封じに選ばれたのはエースの呂剛虎。
これで横浜を無視したり、研究成果が失われる可能性を無視しての爆撃などを行ったりするようなら、呂剛虎までもが捨て駒だったということになる。そこまでの犠牲を払ってまで作戦目的を隠蔽したのであれば、素直に相手を褒めるしかない。
「さて、諜報部隊が手に入れた大亜連合を出立した部隊の陣容から考えれば、そろそろ他の地区でも戦端が開かれていそうなものだが、どうなったかな。まさか、こちらは小規模で本命は東京という線はないよな」
念のため、そのパターンも考慮して二線級の戦力は東京に布陣させている。そのために横浜に必殺の陣を敷けなかったのだが、それはやむを得ないことだろう。防衛側はいつでも複数の手段に対応するために手を縛られるものだ。
しばらく待ちかと思っていた治夏であったが、こちらの予想は外れた。予想以上に早く荒々しい音とともに会場の入り口にライフルを構えた集団が現れたのだ。
「やれやれ、会場警備の面々には実戦経験のある魔法師が配備されていると聞いていたのだが……随分とだらしないことだな」
治夏の呟きと同時に、会場内に猛烈な射撃の音が響き渡った。銃弾の雨は会場の入り口付近を蹂躙し、ライフルを構えた集団をバラバラにして吹き飛ばす。
「何が……」
「おえっ……」
会場内の反応は二種類。敵の身に何が起こったのか確認しようとするものと、理屈抜きで人が目の前で原形を失ったことに気分を害したものだ。
「なんで、あんなものが……」
呆然と呟く声があがるのも当然だろう。発射音を頼りに見上げた者たちが発見したのは、天井に吊るされた機関砲だった。その傍らには中空に浮遊している女性がいる。女性は水色桔梗紋の小袖に濃紺の袴を纏っている。
女性が機関砲から手を離し、地上へと降りてくる。そして、すぐさま治夏の傍らに跪く。
「和泉守様、お怪我はありませんか」
「ああ、問題ない。よくやってくれた」
「はっ、ありがたき幸せ」
「こ、小早川さん? 何で……」
声を発したのは第一高校の制服を纏った女子生徒だ。おそらく九校戦のミラージ・バットの事故以前の小早川のことを知っているのだろう。
「和泉守様の命だ」
女子生徒が尋ねたのは、なぜここにいるのか、ではないと思うが、今の小早川に相手の発言の意図を読み解くことは難しいか。思考誘導と魔法力強化は兵士としての実力は飛躍的に向上するが、人間としての能力が低下するのは何とかならないものか。
「彼女は九校戦での事故の後、古式の修業を経て魔法力を取り戻した。そして、その力を用いて会場警備に当たってくれていたのだ。さて、今はゆっくりと話している時間はないな。君もこれからどうするかを考えた方がよいだろう」
そう言いおいて、女子生徒の前から離れた。その後に小早川も続いている。向かった先は敵から鹵獲したハイパワーライフルを持ち、散らばる人体の欠片を気にも留めずに入口付近で警戒を続ける森崎の元だ。
「森崎、続く敵はあるか?」
「はっ、今のところありません」
「分かった。森崎、小早川と共にこの場を死守せよ。私はこの場の首脳部と意見の交換をしてくる」
「はっ、いってらっしゃいませ」
森崎と小早川から離れて、今度は司波達也の元に向かう。そこには、達也と深雪に加えて、エリカとレオ、吉田幹比古、美月、光井ほのか、北山雫が集まっていた。
「やあ、達也、私の備えはどうだったかな?」
「四十ミリ機関砲は対人用の武器ではないと思うぞ」
「しかし飛行魔法を使用することで少々大型だが歩兵でも運用ができる兵器となっていただろう?」
この会場に持ち込まれた四十ミリ機関砲は、ただの機関砲にただの飛行魔法用デバイスを乗せただけのお粗末な品。けれど、それで空中での姿勢制御には優れるが、強力な魔法は使用できない小早川に敵魔法師の防御を抜ける攻撃力を持たせられた。もっとも、さすがに兵装の種類にもよるが重量が三百キロから五百キロにもなるものを飛ばすのは消耗が激しいので、運用可能な時間は短いのだが。
「さて、ところで君たちはこれからどうするつもりだ?」
「逃げ出すにしても追い返すにしても、まずは正面入り口の敵を片付けないとな」
達也の言葉にすぐに反応したのはエリカだった。
「待ってろ、なんて言わないよね?」
問いかけたエリカの目は輝いている。この血の匂いが充満する会場で更に戦意を高められるのはよいこと。自然と治夏の口元にも笑みが浮かぶ。
「別行動して突撃されるよりマシか」
達也の言葉に、意外にもほのか、美月、雫までが喜色を顕した。それに対して達也はあまり乗り気ではないようだ。意外と優しい達也のこと。本音では巻き込みたくないのかもしれない。ちなみに、その優しさは治夏には全く向けられない。確かに部下に機関砲を持ち込ませて待ち構えていた治夏は、この事件に巻き込まれたという枠内には入っていない。けれど、なんとなくだが、差別されていると思う。
差別はなくすべき、と叫んでいたのは壬生紗耶香だったか。だが、治夏に対しては、おそらく味方はしてくれないだろう。
「和泉はどうするんだ?」
「君たちが働いてくれるなら、私は楽をさせてもらおうかな」
「……ちなみに俺たちが動かなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「その場合は、戦意旺盛な三高生あたりに突貫してもらったかな」
「……やはり、俺たちが行った方がよさそうだな」
おかしい。宮芝は正面から撃ち合うような戦闘は苦手だと知っているはずなのに、なぜ達也はここで冷たい反応なのだろうか。
「七草先輩。中条先輩も、この場を早く離れた方がいいですよ。そいつらの最終的な目的が何であれ、第一の目的は優れた魔法技能を持つ生徒の殺傷または拉致でしょうから」
舞台近くの七草と中条に忠告を残し、達也たちはこの場から去っていく。それを見送り、治夏は水色の鳥の使い魔を作り、周辺の偵察のために解き放った。