魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 宮芝と七草

達也たちの姿が扉の向こう側へ消えた直後、一際激しい爆発音が会場を揺るがした。無秩序な叫び声と怒鳴り声が混沌と絡み合い、悲鳴とも怒号ともつかぬうねりとなって、更に人々の神経を削る。

 

最前列には森崎駿と小早川桂花。二列目に平河小春と平河千秋を立たせた宮芝和泉守治夏は、その混乱を少し離れたところで、見守っていた。

 

混乱が後方から徐々に前方へと波及する中、それを沈めたのは第一高校生徒会長、中条あずさの情動干渉魔法「梓弓」だった。

 

「この範囲に効果を及ぼすか。なかなかに興味深い魔法だが、さすがに相手が相手だ。解剖は難しいだろうな」

 

そして、それを見た治夏が物騒なことを呟いているうちに壇上には第一高校の前生徒会長である七草真由美が立っていた。

 

「現在、この街は侵略を受けています」

 

自身の名前に続く衝撃的な第一声に、梓弓の効果で忘我の中にあった人々が愕然とする。

 

「港に停泊中の所属不明艦からロケット砲による攻撃が行われ、これに呼応して市中に潜伏していたゲリラ兵が蜂起した模様です」

 

これは治夏もまだ得ていない情報だった。おそらく国防軍の最新情報を、これだけの期間で得るというのは、さすがは七草といったところか。

 

「先程、現れた暴漢も侵略軍の仲間でしょう。先刻から聞こえている爆発音も、この会場に集まった魔法師と魔法技術を目当てとした襲撃の可能性が高いと思われます」

 

一旦、言葉を切って七草が観客席を見渡す。

 

「皆さんご存知のとおり、この会場は地下通路で駅のシェルターにつながっています」

 

多くの大人が混じる聴衆に向けて、壇上で七草は堂々とした態度だ。しかし、実戦経験の不足は十師族としての権威では補えない。

 

「シェルターには十分な収容力があるはずです。しかし、地下シェルターは災害と空襲に備えたものです。陸上戦力に対しては、必ずしも万全のものではありません」

 

七草がそう言ったのを聞いて、治夏は僅かに眉を顰めた。というのも、治夏の感覚ではそれは悪手であるからだ。この会場のことを知っていた敵は当然、地下通路のことも知っているはず。ならば、シェルター自体の中、あるいは途中の地下通路での待ち伏せが懸念される。

 

「侵略軍は魔法師の部隊も投入していると推測されます。魔法の攻撃に対して、シェルターがどの程度持ちこたえられるか、楽観はできません」

 

いや、違う。シェルターで恐ろしいのは、そこに逃げ込んだ一般人の中に、テロリストが混じっていることがある点だ。現に七草も、市中に潜伏していたゲリラ兵が蜂起という言葉を使ったばかりではないか。誰が敵で誰が民間人か、分からないのがゲリラ戦の特徴。

 

だから治夏も確実に信用できる達也たちだけとしか話をしなかったし、今も森崎と小早川を前面に、二列目にも平河姉妹を盾代わりにして、周囲の様子を窺っている。治夏が警戒しているのは、この場に敵の尖兵が紛れ込んでいるというケースだった。

 

「だからといって、砲火の飛び交う街中から脱出を図るのはもっと危険かもしれません。しかし最も危険なことは、この場に留まり続けることです」

 

それは正しい。大亜連合が会場を吹き飛ばすような攻撃を行なわなかったのは研究結果の奪取を狙っていたためだ。しかし、もしもそれが叶わないとなればどうなるか。泣かぬなら殺してしまえ、という方向に行くことは確実だろう。なにせ、それでも十分に日本に打撃を与えることは可能だからだ。

 

「各校の代表はすぐに生徒を集めて行動を開始してください! シェルターに避難するにしろ、この場を脱出するにしろ、一刻も無駄にできない状況です!」

 

それは果たしてどうなのだろうか。治夏の考えるこの場の最善手は、全軍での脱出。それも各校単位に別のルートを通って同じ場所を目指すという方法だ。それならば敵の一部しか相手にしないため、局地的には数的優位を築ける。加えて、各校単位に分散していれば、大規模な魔法を受けたとしても別の隊は生き残る。

 

「九校関係者以外の方々は、申し訳ありませんが、各々ご自身の判断で避難なさってください。残念ですが、私たちは皆さんの安全に責任を負うだけの力がありません」

 

そして、この九校の生徒以外の存在が、治夏が全員で一方向へ脱出するという手を考えた理由だ。各校がバラバラに行動したのでは、どうしても非魔法師を守る余裕は少なくなる。けれど、各校が分散して面制圧を行いながら前進を行えば、その後ろに空白地帯ができる。

 

当然、前衛部隊の撃ち漏らしはあるだろうが、後続の非魔法師も分散して進ませておけば、全滅という結果は避けられるはず。加えて、無謀な救出作戦で国防軍の戦力が削られるような事態を避けられるという点も大きい。

 

「シェルターに避難されるなら、すぐに地下通路へ。脱出をお考えなら、沿岸防衛隊が瑞穂埠頭に輸送船を向かわせるという報告を受けています」

 

七草が一礼してマイクを切る。その後は、中条に一高のことを任せることを伝え、市原鈴音たちのいる控え室へと駆け戻った。

 

七草の提示した考えは、治夏の直感とは異なるものだった。けれど、治夏は七草に心の中で惜しみない賞賛を送っていた。

 

治夏は混乱する場に対して、結局は何もしなかった。それは、治夏の考えが誤っていて多くの死者が出た場合の、後からの非難を恐れたためだ。特に今回のような事態の場合、実は幾つかの選択肢のうちで最も犠牲の少ない方法を選んでいたとしても、ある程度の死者が出たというだけで後から勝手な非難の的となりやすい。

 

人が持っている情報は有限だ。けれど、非難する側は後から万全の情報を準備した上で、起こらなかった事象に対する考慮を行ったことも、起きた事象を考慮できなかったことも、纏めて非難をしてくる。

 

それらは単なる感情の発露であり、反論等に意味はない。なぜなら、緊急時に完璧な行動を取ることは不可能であるし、そもそも完璧な対応を取っていても、実現性ゼロの夢のような案を持ち出されて、強引にでも失敗したように印象付けられてしまうためだ。

 

特に宮芝のような、嫌われ者の家では非難の量は大きくなる。だから、治夏は動くことができなかった。

 

一方、七草は名声が高い一族である。従って非難の量は宮芝よりは少ないだろう。

 

だが、名声が高ければ、それを貶めようとする者もいるのが人の世だ。七草もけして無風ではいられないだろう。

 

そして、今回のような各自で行動という案は、後から非難はされど称賛されることはない案である。その意味では、七草はただリスクだけを拾ったということになる。

 

それでも前に立ち、道を提示したというのは、おそらくは十師族の七草家の直系という責任感。とかく家の利益を考えがちの治夏にはできない行動だ。だから治夏は、七草のことを非常に高く評価した。少なくとも、この戦の間は多少の犠牲は吐き出しても守ってやろうと思うくらいには。

 

「和泉守様、我々はこれからどうしますか?」

 

聞いてきた森崎の視線は各校で固まり始めた生徒たちと、知り合い同士、相談している様子の会場内に固定されている。

 

「ひとまず会場外の右京たちと合流したいところだが、慌てて外に出るよりも九校の精鋭たちが道を切り開いてくれるまで待った方がよかろう。その間に私は七草前会長から情報収集をしておくとしよう。森崎、供をせよ」

 

「はっ!」

 

続いて小早川に目を向ける。

 

「小早川はこの場を任せる。ただし、敵が会場自体を攻撃してくるようなら、退避し、我々と合流せよ」

 

「はい」

 

「では、参ろうか」

 

森崎に背を任せ、治夏は一高の控え室へと向かった。

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