魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 国防軍の特尉

論文コンペのステージ裏に入ってきた藤林響子を見た宮芝和泉守治夏の感想は、遅い、の一言に尽きる。治夏は事前に国防軍にある程度の情報を渡していた。それなのに、今更の出動なのは、どういうことか。

 

その答えを返すことができる人物は藤林の後ろから現れた。野戦用の軍服を纏った彼女の後ろから現れたのは、同じく国防陸軍の軍服に身を固め少佐の階級章をつけた壮年の男性だった。しかし、治夏が少佐に問いかける前に藤林が口を開いた。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

藤林の達也に向けての言葉に、深雪を除いて、治夏を含む全員が驚いていた。何らかの後ろ盾があるのは分かっていたが、まさか国防軍に所属しているとは思わなかった。

 

「国防軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

 

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

十文字の自己紹介に風間は小さな一礼で応える。

 

「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

 

「はい。わが軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 

「藤林、我ら宮芝の軍勢の戦況は入っているか?」

 

「我々が把握している限りでは、九曜紋を掲げて桜木町付近で戦闘している隊はやや優勢。水色桔梗紋を掲げて魔法協会関東支部で敵と交戦中の部隊は拮抗中ということです。あと、東京方面から笹竜胆の旗を掲げて移動している隊は、まだ交戦には至っていないようです」

 

「和泉、わざわざ旗を持ち込んでまで示威行動をしていたのか」

 

呆れたように言ったのは達也だった。

 

「宮芝がいるというのは、敵にとっては警戒の対象となるはず。少しは侵攻の足も鈍るというものだろう」

 

「それだけなのか?」

 

「無論、宮芝家という古式の魔法師集団が皆のために働いたという実績を残すためという意味もある」

 

自らの血を流しての献身には、相応の見返りがあるべきだ。そうでなければ、我が身を顧みずに働く組織というものを維持することはできない。

 

「さて、特尉、続きをよいか?」

 

風間の問いに、達也は姿勢を正すことで応えとしていた。

 

「現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先程命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

七草と渡辺が揃って口を開きかけたが、風間は視線一つで彼女たちの口を封じた。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

「風間、私たちは宮芝として、その要請を受諾するということでよいかな?」

 

「ええ、仕方ありません」

 

治夏が問うたのは、宮芝治夏としてではなく、宮芝家として守秘義務を負うという形で問題ないか、ということである。要は宮芝の首脳部間では達也が国防軍特尉の地位にあることを共有すると言ったのだ。

 

治夏と風間の話が一区切りついたのを見て、達也が友人たちに振り向いた。

 

「すまない、聞いてのとおりだ。皆は先輩たちと一緒に行動してくれ」

 

「特尉、皆さんの避難には私と私の隊がお供します」

 

軽く頭を下げた達也に、藤林が口を添える。藤林の発言内容は治夏の方針とは異なるものであったが、さすがに反論はできない。なにせ相手は正規の軍人。宮芝も力は持っているとはいえ、軍人の避難の指示に反対して民間人を戦場に送ることはできない。

 

「少尉、よろしくお願いします」

 

「了解です。特尉も頑張ってくださいね」

 

藤林に一礼し、達也は風間の後に続く。

 

「お兄様、お待ちください」

 

その背中を、深雪が思い詰めた顔で呼び止めた。深雪は達也の目の前に立つと、手を、頬に差し伸べる。

 

えっ、ナニコレ、何を始めるつめりなの。

 

深雪の眼差しに、戸惑いと、理解と、感謝の綯い交ぜとなった表情で頷き、達也は深雪の前に片膝をついた。深雪はその頬に手を添え、瞼を閉ざした兄の顔を上へ、自分の方へと向ける。

 

ちょっと待って、本当に?

 

深雪はそのまま腰を屈め、兄の額に、接吻る。

 

「きゃあー!」

 

思わず叫んでしまった治夏に、周囲の視線が刺さる。幸いだったのは、関本を連れていることもあり、右京たちが少し離れた場所にいることだ。今の耳まで赤くなっていそうな治夏の顔は、とてもではないが部下たちには見せられない。

 

その間に深雪は唇を離し、頬に添えられた手も放す。達也が再び頭を垂れた。

 

変化は、唐突に訪れた。

 

眼を焼くほどに激しい光の粒子が、達也の身体から沸き立った。光子ではない、物理以外の光を纏う、魔法の源となる粒子だ。

 

その劇的な変化に、治夏は心当たりがあった。この現象は封印の解除だ。

 

それは分かる。しかし、分からないことがあった。

 

達也は国防軍の特尉である。それで、高校生としては不釣り合いな戦闘技能については納得ができていた。しかし、今回の封印は国防軍とは明らかに異なる。そもそも、封印というものは必要だから行われるものだ。

 

もしも何らかの理由で封印が必要だったとして、その解除を深雪が行えるというのは説明ができない。深雪は達也の妹で達也を敬愛している。それは、事実上、封印の解除を任意で行えるというのと変わらない。

 

無論、任意で解除が行えるようにするというのは可能ではある。実際、例としては少なくはあるが、治夏も数例は知っている。しかし、その場合は純粋に自らの意思のみで解除できるようにしている。

 

封印が必要であるから行うものであれば、解除も必要だから行えるようにするのだ。そのため、ストッパーとしての役割を持つなら複雑な手順を、安全装置のような役割であるならば任意解除をできるようにする。

 

しかし、妹が必要というのは、このどちらでもない。

 

相手が身内であり、しかも達也の依頼であれば、どんなものでも首を縦に振りそうな深雪にストッパーとしての役割は期待できない。かといって、安全装置としての利用と考えても、相手が傍にいないと解除ができないということは、即応性がないということであり、肝心な時に使えないという危険性をはらむことになる。

 

なぜ、このような封印をしているのか。治夏には意図が全く読めない。

 

そして、もう一つ。身内を封印の解除者にするという杜撰な対応は、国防軍を始めとして、国家が関与している組織であれば絶対に行わない方法だ。

 

それはつまり、達也に封印を施した者が別にいるということ。けれど、普通の小さな組織が構成員に封印を行うということは考えづらい。

 

国防軍の別に、達也の背後には大きな組織がいる。それは、どこだ?

 

考え続ける治夏など気にも留めず、深雪は淑やかな笑顔でスカートをつまみ、兄に向けて膝を折る。

 

「ご存分に」

 

「征ってくる」

 

万感を込めた深雪の眼差しと言葉に、達也が答える。

 

達也、君は何者なんだ?

 

戦場となった横浜の街へと、達也は出陣する。治夏の質問は、心の内を反射しただけで、口から外に出ることはなかった。

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