宮芝家当主の和泉守から二番隊を任された一柳兵庫は、この日、宮芝家の精鋭四十名を率いて桜木町駅付近で待機していた。そうして午後三時半頃、戦端が開かれると同時に駅前広場に笹竜胆の旗印を掲げてゲリラの掃討に当たった。
宮芝家の魔法師には強力な魔法は使えない者が多い。兵庫の率いる部隊の魔法師も主武装は対物ライフル。魔法は自らの存在の隠蔽等の補助に用い、攻撃は高性能の武器を使うというのが宮芝の戦い方だ。
兵庫は敵の歩兵を狙撃で的確に葬りつつ、避難してきた民間人を収容していった。その戦闘の経過は国防軍に観測されており、この時点までは確かに兵庫たちは優勢だった。
しかし、戦況というものは刻々と変化していくものである。
通りの先から現れたのは巨大な金属塊だった。
複合装甲板で全身を覆った人型の移動砲塔。太く短い二本の脚に無限軌道のローラースケートを履かせているようなフォルムの下部構造と、一人乗りの小型自走車に様々な種類の火器がセットされた長い両腕と首の無い頭部をつけた上部構造。
全高約三メートル半、肩幅約三メートル、横幅約二メートル半、長さ約二メートル半の機体は、市街地において効率的に歩兵を掃討することを目的に開発された、直立戦車と呼称される兵器だった。
二機の直立戦車を見た瞬間、兵庫は敵機の射程内と推定される地点にいる宮芝の術者に後退を命じた。
後退の狙いは、一つは純粋な戦力面での不安から。携行火器が主体の宮芝家の術者の火力は高くない。対物ライフルも厚い装甲に守られた直立戦車の正面装甲を抜けるほどの威力は持ち合わせていない。
ただし、対処が不能というわけではない。高火力の魔法が使えないだけであって、例えば雷撃や関節部への熱風など、決定打とはいかなくても有効打となりうる魔法であれば、いくらでもある。
それでも敢えて後退を命じた理由。それは出立前に和泉守から命じられた目的を果たすためだった。
それが、住宅地で民間人に被害を発生させること。現在地は市街地であるため、直接的には命令には関係がない。
しかし、目的を民間人への被害と考えれば、多くの民間人が逃げ込んだシェルターへの直立戦車での攻撃はインパクトとしては絶大だ。大亜連合の兵士の残忍さと、いざ敵の上陸を許せば、こうなるのであるということを喧伝する材料とする。このままなら、今の日本が危機的な状況に置かれていることを想起させる最高の映像が撮れるはずだ。
だから、兵庫は部下にシェルターが攻撃されるのを傍観させる。実際には、全く攻撃を仕掛けなければ文字通りに傍観したことが非難されるので、敵の射程外から貫通しないと分かりきっている対物ライフルで攻撃し、頑張ったけれどもどうにもできなかった、という言い訳ができるようにしておく。
兵庫の狙い通り、直立戦車は宮芝家からの攻撃を煩わしそうにしながらも、シェルターに向けての銃撃を開始した。
轟音が耳を打ち、重砲撃を受けていた駅前広場が、耐えきれず大きく陥没した。しかし、これはまだシェルターに続く通路が崩落しただけだろう。シェルター本体を破壊するには、追加の攻撃を要するはずだ。
傍観を続けていた兵庫たちであったが、期待した光景が現出することはなかった。それより前に現れた一台の車両の後方から現れた一団から放たれた魔法が、直立戦車を倒してしまったからだ。
実行したのは二人の少女。ともに第一高校の制服を着用している。
「和泉守様の学校か」
敵が排除されたのなら、このまま待機しているのは拙いだろう。兵庫は隠蔽術式を解くと、車両に率いられた一段の前に進み出た。
「直立戦車の排除、かたじけない。我々は宮芝家の術士隊で某は指揮官役を拝命した一柳兵庫と申す」
「国防陸軍少尉、藤林響子です。貴官が桜木町駅付近で敵と交戦していたという宮芝家の部隊の指揮官ということですね」
「然り。されども我らの武装では直立戦車に痛撃を与えることができず、やむなく部隊を後退させざるをえませんでした。そこを、まさか高校生に助けられるとは……面目次第もございません」
「いえ、直立戦車はたまたま宮芝家と相性が悪かったということでしょう。それよりも……」
言いながら藤林が見たのは一人の男子生徒だ。
「……地下道を行った皆は大丈夫みたいです。誰かが生き埋めになっている形跡はありません」
「そうですか。吉田家の方がそう仰るなら確かでしょうね。ご苦労様です」
残念ながら、この場で死者は出せなかったようだ。同時に、男子生徒が吉田家の人間と分かったことで、兵庫はこの場での任務達成が困難となったことを悟る。宮芝に比べれば劣るとはいえ、吉田家の技量は侮れない。ここで工作を行えば、発覚して追い込まれてしまうのは宮芝の方だ。
こうなると、工作は少し離れたところで行うしかないのだが、駅の前にはシェルターの入り口を潰されて途方に暮れる市民の数が徐々に増しており、彼らを置いて、この場を離れるという手段は取りにくい。
「では七草先輩は、野毛山に向かうべきだと」
「私は逃げ遅れた市民の為に、輸送ヘリを呼ぶつもりです」
さて、どうしようかと頭を悩ます兵庫の耳に飛び込んできたのは、そんな驚きの会話だ。かなり高い実力を持った魔法師だとは思ったが、十師族の七草家の人間なら納得もできる。そういった事柄よりも驚いたのが、高校生が輸送ヘリを呼ぶという発言についてだ。
「まずあの残骸を片付けて発着場所を確保し、ここでヘリの到着を待ちたいと思います。摩利はみんなを連れて響子さんについて行って」
「何を言う!? お前一人でここに残るつもりか!?」
「これは十師族に名を連ねる者としての義務なのよ。私たちは十師族の名の下で、様々な便宜を享受している。この国には貴族なんかの特権階級はいないことになっているけど、実際には、私たち十師族は時として法の束縛すら受けず自由に振舞うことを許されているわ。その特権の対価として、私たちはこういう時に自分の力を役立てなきゃならない」
その言葉が皮切りになったようだった。
「だったら僕もこの場に残りますよ。僕も数字を持つ百家の一員として、政府から色々な便宜を受けていますから」
「俺は十師族でも百家でもありませんが……下級生の女の子が残るって言ってんのに、尻尾を巻いて逃げ出すなんて真似はできませんぜ」
「オレもです。腕っぷしには自信があります」
「吉田家は百家じゃありませんが……いろいろと優遇してもらっているという点では同じです」
「下級生が全員残ると言っているのに、あたしたちだけ避難するわけにはいかないよな?」
男子生徒も女子生徒も、次々とこの場での戦闘に加わることを宣言していく。
「では、この場での戦闘は皆様にお願いしてもよろしいでしょうか? 遺憾ですが、我々は防衛戦には向いていません。それよりも前に出て遅滞戦闘に出た方が皆様のお役に立てると思います」
「そう……ですね。分かりました。お任せします」
「本来は我々こそが防衛戦の最前線に立つべきところ、申し訳ない。この汚名は働きで返上させていただく」
七草に一礼し、兵庫は部下たちを率い、桜木町駅前を離れる。
「いかがなさいますか?」
「言った通りだ。敵への遅滞戦闘を行う」
「よろしいのですか?」
「高校生が自らの義務を果たそうとしているのだ。我らが利己的な行動を取るわけにはいくまいよ」
宮芝の行動はたとえ行うことが虐殺でも国を思ってのこと。しかし、彼らの行動も同じく国の為に働くというもの。そして違うのは、宮芝は国から禄を得ているのに対して、彼らは逃げることが可能であるにも関わらず、純粋に魔法師として義務を果たそうとしていることだ。両者を比べた場合、どちらが尊いかは考えるまでもない。
彼らの犠牲をなるべく少なく。方針を変えた兵庫は前線でなるべく多くの敵を屠るべく兵たちを前に進めた。