部下の半数を密かに第一高校の生徒たちが陣取る桜木町駅付近に残し、一柳兵庫は二十名の部下と共に前線で敵を殲滅していた。殲滅といっても敵に貪欲に食らいついていくような派手な戦い方ではない。姿を消して敵に奇襲を仕掛けてはすぐに退くという、どちらがゲリラか分からない戦い方だ。
そのような戦い方では、当然ながら全ての敵を撃破できるわけではない。けれど、それら撃ち漏らしは後方の二陣と第一高校の生徒に任せるという方針だ。
「直立戦車……いや、少し違うようだな。新型か?」
そんな中、兵庫の警戒網に掛かったのは奇妙な戦闘機械の反応だった。カメラを背負わせた式神を向かわせる。そして映像が兵庫の元に届けられた。
無限軌道を備えた短い脚部。前後に長い胴体部。そこまでは通常の直立戦車と同じ。
だが、右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機を取り付けた腕は、通常装備の直立戦車ではあり得ないもの。災害現場で使われる障害物除去用の重機を人型にしたかのようなフォルムだった。加えて、右肩には榴弾砲、左肩に重機関銃。
それが三機、列を成して進んでくる。
「攻撃力は通常型よりも強化されているか。防御力も装甲材の強化で若干の性能向上がなされているかもしれんな」
通常の直立戦車にも通用しないような武装では、おそらく痛撃を与えることはできまい。通用するとすれば、純粋な打撃力とは異なる攻撃。
「やれ!」
短い指示と同時に道の両側から霧が吹きだした。濃霧は瞬く間に新型の直立戦車の姿を覆い隠す。視界を奪われた直立戦車に向けて古式魔法の雷童子が放たれる。しかし、対電気防御は施されているらしく、敵機を撃破するには至らない。
「銃撃、開始!」
続いて銃による攻撃を行うが、これも決定打とはなりえない。敵を照準に収めるべく新型直立戦車が旋回をするのが見えた。
「総員、後退!」
声を張り上げ、術士たちに敵機から距離を取らせる。距離を取った術士たちは、そのまま前へと走っていく。敵機はそれを追って元来た道を戻り始めた。これは、敵機を撃破するのが困難とみた兵庫たちの魔法によるものだ。
霧は言うまでもなく視界を奪うもの。続いての雷童子は計器類を狂わせるもの。その間に直立戦車の乗員に方向感覚を狂わせる魔法も放っていた。それに気づかず、敵機は銃撃を行う宮芝の術士に反撃をすべく機体を旋回させた。そして、兵庫の叫んだ後退の言葉を信じて来た道を戻り始めたというわけだ。
ひとまず敵の攻撃を遅滞させるという目的は果たした。けれど、このまま逃げ回って時間を稼ぐだけというのは悪手だ。他にも敵が桜木町駅に向かっていた場合、挟まれてしまう可能性がある。
「それではつまらんからな。少しは削らせてもらおうか」
兵庫の合図を受け、またも濃霧が直立戦車の前に立ち込める。また同じ手とみたか、敵機は構わず突っ込んできた。
「愚かな」
進んで少し、直立戦車の一機が動きを止めた。魔法による直接的な効果ではなく、魔法による毒ガス攻撃で乗員に異常が発生したことによるものだ。雷童子と銃撃により攻撃を加えたのは、敵の誘引のためだけではない。機体の装甲に傷をつけて毒ガスの侵入経路を確保するためのものだ。
毒ガスに気づいた敵の搭乗員がコックピットを開いて外へと逃げ出そうとする。しかし、無論のことそれを許す宮芝ではない。
顔を出した搭乗員は狙撃により左肩を撃たれ、地面へと転がり落ちる。操縦者は、まだ死んではいないはず。そうなるように敢えて殺さなかったのだから。あの兵を殺すのは、負傷した味方を助けるために敵が集まってきてからだ。
しかし、敵も兵庫たちの狙いには気づいているのだろう。残る二機の直立戦車が隠れる宮芝の術士を炙り出そうと物陰を狙って銃撃を行ってくる。
敵機の搭乗員の選択は正しい。だが、それは敵の搭乗員の見えている光景が正しいものであった場合の話だ。宮芝の術士の本分は、隠蔽術式に加えて幻影魔法である。敵の搭乗員には平坦な場所に見えている場所には実は壁が存在しており、宮芝の術士が身を潜めているのは、その裏側である。
直立戦車の射撃に対する反撃がないのを確認し、地面に倒れる搭乗員を救うために敵の歩兵が前へと出てくる。倒れた敵兵まで、あと三歩……二歩……一歩。
「やれ!」
兵庫の声に合わせて二人が同時に魔法を発動させる。使った魔法は泥濘と隆土。使った相手は健在な直立戦車の一機だ。
直立戦車の右足元が泥沼に変わって沈み込む。一方の左足は隆起した土砂に押し上げられる形で持ち上げられた。バランスを崩した敵直立戦車が大きく傾く。しかし、転倒させるまでには至らない。けれど、これで終わりでもない。
ダメージを与えるための雷童子。続いて敵機を今度こそ転倒させるための陸津波。陸津波が襲ったのは、隆起した土砂上の左足だ。雷童子により機体が硬直したところに、不安定な足場の上の左足に直撃を受けて、ついに直立戦車が轟音を立てて地に転がった。
敵機は宮芝の術士が歩兵を狙ってくることを警戒するあまり、自身の守りへの意識が疎かになっていた。それに宮芝の術士たちは、たっぷりと時間をかけて魔法を発動させるだけの時間的余裕も得ていた。それゆえの横転という戦果だ。
残った最後の一機が、標的の位置を探ることを諦め、所構わず射撃を始める。どうしても敵を見つけられないがゆえの出鱈目な攻撃だったが、その射撃が幻影で隠していた壁を貫通して裏にいる術士を負傷させた。
「後退の笛を鳴らせ!」
それを見て、兵庫は部下に退き笛を鳴らさせた。負傷した術士は他の者で抱え、一斉に後退を始める。
宮芝の術士に対して有効な攻撃と、通常の実戦魔法師に有効な攻撃は全く異なる。通常の実戦魔法師に対しては、魔法による守りを抜くためのハイパワーライフルが有効だ。だが、威力が高い代わりに速射性に劣るハイパワーライフルは、幻術や認識阻害魔法を多用する宮芝の術士にとっては与し易い武器である。
守りの魔法を得意としていない宮芝の術士に対して有効なのは威力よりも広範囲に破壊力を有する攻撃か、とにかく弾数が多い攻撃だ。つまり、面制圧射撃や短機関銃の乱射などが有効ということだ。
その弱点は、まだ他には知られていない。それは、弱点を晒さないように注意し、巧妙に戦ってきた先人たちの知恵のたまものだ。その攻略法にたどり着くための発端を、こんな所で与えてしまうわけにはいかない。
兵庫たちの守っている第一高校の生徒たちは、高校生といえども旧式とはいえ直立戦車を一瞬で撃破してみせる猛者たちだ。仮にここで兵庫たちが退いたとしても、あの少女たちが敗北に追い込まれることはないだろう。
ただし、敗北しないということと死傷者がいないということは別問題だ。あの少女たちが強者ということは兵庫も理解している。
けれど、強者であるからこその弱点というものはあるものだ。そして、実戦経験が不足した高校生たちは、おそらく自らの弱点を把握してはいまい。しかし、そこは残してきた二十名の術士たちが補う戦い方をしてくれるはず。
総合的に考えれば、兵庫たちは退き時だ。手持ちの武器では苦戦することが明確になった以上、もう直立戦車を含む部隊に挑むことはしない。
「これより我らは本来の任務に移行するぞ」
それは若者たちを守るという正しき戦士から、いかなる手段をもってしても未来の日本を守るという汚れ役へと戻るという宣言だった。
これから行うのは、怨嗟と後悔をもって国に戦意を与える忌まわしき同胞殺し。誰にも認められない戦いを行うために兵庫は部下に厳重な隠蔽術式の展開を命じた。
直立戦車について、どのように描くかということで割と悩んだ場面です。
直立戦車は原作では引き立て役となっていましたが、本作では一定の戦闘力を有する兵器と定義しています。
正面からならば、四十ミリ機関砲にも耐えられるその装甲は、宮芝の術士では抜くことができず、一柳隊は苦戦を強いられました。
という設定で本話を仕上げたのですが、そうすると真由美のドライアイスは四十ミリ機関砲より威力があるということに。
ついてに克人のファランクスも。
ま、まあ、二人とも十師族だし、人間を粉々にできる威力の魔法を使えてもいいよね。
レオも超一流の攻撃力を持つことになるけど、原作で実戦魔法師を圧倒していたし問題ないよね。
けど、本当にいいのでしょうか?
魔法科高校の生徒たちが強くなりすぎの気が。