郷田飛騨守が率いる宮芝家の三番隊は、中華街の付近に潜伏し、じっと動くべきときの到来を待ち続けていた。機会を絶対に逃さぬよう、飛騨守が率いる四十名はこれまで一戦もしていない。
横浜の中華街は戦後の再開発の結果、ビルが壁の役目を果たして東西南北の四門からしか出入りできなくなっている。無秩序な再開発ではなく、計画的に行ったことだ。
閉じ込める為か、閉じこもる為か。
おそらくは、後者。であるからこそ、この街の人間は根絶やしにしなければならない。
平時であれば大きく開け放たれ観光客の出入りが絶えない四方の門が、今は固く閉ざされている。
それは飛騨守の読み通りであり、かつ望んでいた光景だ。門が四方に一つずつしかないということは、即ち逃げ道も四か所しかないということ。つまりは中に火を放って門前で銃を構えていれば、それだけで中の人間を根絶やしにできるということだ。
無論、中華街の中にも単純に商売のことのみを考え、日本を害する意思など全くない者もいるだろう。いや、むしろそちらの方が多数派かもしれない。しかし一方で、この場所を日の本に対する敵対行動の拠点としている者たちも確かにいるのだ。ならば、平穏に暮らす者たちには悪いが、日本国と日本国民のために、その者たちの死を厭うことはしない。
すでに四方の門には各十名が張り付き、射程に捉えられる場所には各二丁の重機関銃が備えられている。以後、門が空いて中から出てくる人間は、民間人の風貌だろうと赤子であろうと、皆殺しにするよう命令を下していた。
戦の潮目はすでに変わっていると、飛騨守の感覚は伝えてきている。後は機を見て仕掛けを放り込むのみである。
しばらく待つと、北の方から義勇軍部隊に追われた敵の部隊が、中華街の方向へと後退してきた。その姿を見た飛騨守は、部下に手で合図を送る。
次の瞬間、路地から一人の男が現れた。男は大亜連合の兵士だ。といっても元兵士と表現した方が正しい。男は三年前に起きた大亜連合の沖縄侵攻の折に捕らえ、宮芝で実験体として運用されていた元人間だ。
幸いに敵部隊の服装は、三年前に男が着ていた戦闘服と同様。顔つきも当然のように似ているし、言語能力に支障を来す調整は行っていないために発音等も完璧だ。その完璧な発音をもって男は門の内に敵国語で叫びかける。
「追われている。門を開けてくれ!」
その言葉から少し。門がゆっくりと開いていく。
それを見て、義勇軍から敗走していた大亜連合の部隊も中華街へと足を速める。これこそが飛騨守の狙い。そして、中華街の住民たちに与えた最後の機会だった。
人間だれしも、命が助かりそうな道があれば、そこに飛び込みたくなるものだ。閉まった門へと殺到することは一種の危険も孕むが、自分たちを迎え入れようとしてくれる相手にならば、飛び込むことに躊躇はいらない。
大亜連合の兵士たちが、中華街へと消えていく。その瞬間に、中華街の住民への殺戮が本当に確定した。
もしも中華街の住人たちが助けを求める同胞を見捨てたならば、少なくとも本国との間に一定の溝は作ることができたことをもって矛を収めることも考えていた。けれど、彼らはそれをしなかった。つまりは敵を同胞と本当に認めてしまったということだ。ならば、容赦は必要ない。
「攻撃開始!」
大亜連合の兵士たちが半ばほど門の中に消えたあたりで飛騨守は部下たちに命令を下す。同時に重機関銃が咆哮をあげ、最後尾の兵たちを吹き飛ばす。
「溶岩流」
重機関銃から逃げ惑う兵たちに向けて部下から魔法が放たれる。それは兵たちから少しばかり外れてしまい、建物へと直撃した。
他の部下たちも魔法を放つが、敵兵に命中するのは三割ほどで、残りは建物へと外れる。飛騨守の部下たちは広範囲に火を放つ魔法を得意とする者たちで構成されている。すでに門に近い場所に建つビルは黒煙を空へと上げ始めていた。このまま街に火を放ち続ければ、ほどなく中華街は地獄の様相を呈してこよう。
しかし、その前に義勇軍の兵士たちが到着してしまう。それを押しとどめるのは飛騨守の役割だ。飛騨守は用意していた笹竜胆の旗印を掲げ、自らがどこかの組織に所属していることを示す。
「十師族、一条家の一条将輝だ。貴官らの指揮官は?」
わざわざ十師族という点を強調して伝えてきたのは、飛騨守たちの作戦に異を唱えるためだろう。もっとも、これは予想できていたことだ。
「宮芝家、郷田飛騨守勝貴だ」
「郷田殿……とお呼びしてよろしいのか? これはどういうことですか?」
「見ての通り、中華街に逃げ込んだ敵兵と、その逃走を手助けした反乱分子に通じる者たちの排除を進めているところだ」
呼び方に対する質問には答えず、飛騨守は端的に現在行おうとしていることの建前を口にした。
「そのような区別を行っているようには見えないが?」
「誰が敵であるかの選定に、指図を受けるつもりはない」
「貴官らの行いは、中華街そのものを敵としているように見える」
「誰が敵であるかの選定に、指図を受けるつもりはないと言ったはず。我らは、我らの安全を第一としながら戦わせていただく」
それは十師族の直系としての指示であろうとも従うつもりはないということ。そもそも宮芝家は現代魔法を司る十師族とは別の体系に属している。けれど、指揮系統の違いを前面に押し出すことは好ましくない。
なんといっても、十師族には権力のみでなく実力行使で目的を達することができるだけの力があるためだ。もしも一条が本気になれば、飛騨守たちを止めることは難しくない。
疑念を持たれるくらいなら問題ない。けれど、決定的な決裂は避けなければならない。
そのために民間人を直接攻撃はせず、建物への放火のみ行っているのだ。後は時間を稼いで火の手が止められないほど広がるのを待つのみ。
飛騨守はそう考えて一条との交渉を行おうとしていた。しかし、その前に中華街の中から声を掛けられた。
「私たちは侵略者と関係していません。むしろ、私たちも被害者です。そのことをご理解いただく為に、協力させていただこうとしただけです」
声の主は、二十台半ば頃と思われる貴公子的な雰囲気を漂わせる青年だった。青年の後ろには拘束された大亜連合の兵士たちが連れられている。その中に宮芝が投入した人形の姿を見た飛騨守は部下に密かに合図を送る。
次の瞬間、青年の部下が拘束していた元兵士が自爆した。その巻き添えで青年の部下も吹き飛ばされ、地面に血だまりを作っている。
「拘束を続けなさい! 彼らを逃がしてはなりません!」
青年の一喝に、目の前で起きた仲間の死に揺らいでいた部下たちが落ち着きを取り戻したのが分かった。もしも再びの自爆を恐れて拘束を緩めるようなそぶりがあれば、わざと当てないように大亜連合の兵士たちを攻撃し、中華街の奥に逃げ込ませてから無差別攻撃ができたものを。
「貴殿は?」
「申し遅れました。周公瑾と申します」
「……周公瑾か」
飛騨守の印象は、油断のならない男。一見は優男だが、周からは戦士の匂いがする。
「本名ですよ」
「失礼した。一条将輝だ」
飛騨守としては敵に名乗る名など持ち合わせていない。しかし、一条は名乗らないのは失礼と考えたようだ。
「逃げ込んだ敵兵は、貴殿が連れている者たちだけか?」
「はい、その通りです」
「とはいえ、それを鵜吞みにはできん。調べさせてもらうことになるが、よろしいか?」
こうなってはさすがに中華街の住人の殲滅は続けられない。そうすれば、一条と敵対関係となってしまう。
「はい、構いません」
「では、遠慮なく調査をさせてもらう」
ここで下手に隠し事をすれば致命的な結果を生むことは、周も理解しているはず。おそらくは全員が飛騨守たちに引き渡されるのだろう。
しかし、さすがにそれだけでは終われない。この機に中華街の不穏分子を適当に間引いておく。そんな狙いをもって飛騨守は一条とともに中華街の中へと足を踏み入れていった。