宮芝和泉守治夏が率いる少人数の部隊は、戦闘を行っている十文字克人率いる義勇軍部隊を追い抜き、敵の後方を襲わんとしていた。ちなみに、魔法師協会の中にいるという壊滅したと聞かされた宮芝家の一番隊の様子は調べていない。もしも十文字の言う通りの状態であったならば、治夏は平静を保てる自信がなかったのだ。
それよりも今の治夏がすべきことは大亜連合を叩くこと。宮芝家の部隊に打撃を与えられたという自信など持たせない。奴らに宮芝家が決して隠形だけの家ではないことを思い知らせなければならない。
遠くの空には飛行デバイスを用いて敵を叩いている国防軍部隊の姿も見える。装甲を持つ敵も討てるだけの魔法力は羨ましい限りだが、負けていられない。国防軍にも宮芝が打撃力も持っていることを知らしめておこう。
「図書、掃部、右京、準備はいいか?」
「はっ!」
「いつでも!」
「整ってございます」
一列に並んだ三人が返すのを聞いて、治夏は森崎に声を掛ける。
「森崎、これより我らは無防備になる。関本と呂剛虎の指揮はお前に任せる。上空の小早川と協力して敵の接近は絶対に阻止せよ!」
「はっ、お任せください!」
「図書、始めよ!」
森崎の力強い返答を聞き、ついに治夏は宮芝家で最大の攻撃力を持つ大規模儀式魔法の発動を命じる。
「連唱奏歌。
長引く雨に里は濡れ、
川は溢れて岩流す。
田畑は水に漬かりきり、
民は沼田に涙する」
まず出だしは一同の左端に坐した山中図書から。これから使う魔法は四人の術士が協力して放つ魔法。現代魔法では、同じ種類の魔法を複数人で使っても強化されることはないということが常識となっている。しかし、古式の中にはそもそも大人数の術士を集めて全員で行う大規模儀式魔法という存在があった。これは、それを発展させたもので、現代では失われた詠唱という形をとることで一つの魔法を複数人で完成させる大魔法だ。
「承歌。
雨は止まずに降り続け、
田の水引かず苗腐る。
暗雲空を埋め尽くし、
明日も雨ぞと伝え来る」
続いたのは皆川掃部。一言一言をはっきりと歌うため、文字数に対して詠唱は遅い。
「継歌。
止まぬ雨に民祈り、
儚き乙女を贄とする。
竜住む池に沈められ、
乙女は底で息果てる」
三人目は村山右京。ここまで来れば四人の周囲には想子の嵐が吹き荒れ、何らかの大きな魔法が行使されようとしていることは明らかになる。その様子を見て迫ろうとした敵に呂剛虎、続いて関本勲が放たれた。
向かおうとする先に何らかの魔法が行使されようとしているのを感じたのだろう。国防軍の部隊が前進を止めた。
「終歌。
乙女の瞳は竜を視ず、
濁りし水を見るばかり。
無意味と知りしその最後、
乙女里に呪いを残す」
小早川が上空から銃撃を行っている。森崎は防御魔法で四人への攻撃を防ぐ。呂剛虎は敵の中に飛び込み縦横無尽に暴れ回り、関本は斬撃と銃撃で敵を薙ぎ払う。
歌の詠唱は成った。後は解き放つのみ。
「呪水落滅」
周辺に吹き荒れていた想子の嵐が空へと登り、消えていく。それは一瞬の間の後、巨大な滝となって大亜連合の偽装揚陸艦の前に設けられた敵本陣に降り注いだ。
強大な滝は、その水圧で人も機械も押し流そうとする。だが、いかに巨大な滝といえども、水が降り注ぐ場所は限られている。そこから外れた兵たちは、ある者は物に掴まり、ある者は魔法で体を浮かせることで水流に耐えていた。
「直接被害は軽微か。ま、そうだろうね」
敵兵の中に紛れ込ませていた人形が送信してくる映像を見ながら、治夏は呟いた。大規模儀式魔法は体力をも大きく奪う。今の治夏は自力では歩くことさえ困難な状況だ。それだけの犠牲を払って行使した魔法の被害が軽微なのに余裕なのは、呪水落滅はもう一つ大きな効果を持っているためだ。
「ぐあああぁっ!」
突如、一人の兵士が絶叫をあげた。続いて、他の兵士も。絶叫をあげた兵たちは自らの顔を掻きむしり、口から血を吐き、耳と鼻と眼からも血を流しながら倒れていく。
呪水落滅のもう一つの効果。いや、むしろ、こちらを本命と呼んだ方がよい効果。それが水に触れた者に強烈な呪詛を刻み込むという点だ。この呪詛を受けた者は、まず精神に異常をきたし、続いて肉体を破壊されて死んでいく。
だが、呪水落滅も魔法であることには変わりはない。つまり魔法師……特に精神干渉系魔法に対して高い抵抗力を持つ魔法師であれば、無効化まではできなくとも、一時的に行動不能となる程度に被害を抑えられる。けれど、宮芝がそれに対して何の備えもしていないということはありえない。
魔法師たちに襲い掛かったのはアサルトライフルによる銃撃だった。撃ったのは、大亜連合に紛れ込ませていた人形だ。呪水落滅は精神への異常がその後の異変の起点となる。つまりは元から異常をきたせるだけの精神を有していない人形には効果がない。
無意味に池に沈められた乙女の世を呪う呪詛に蝕まれ、大亜連合の魔法師たちは抵抗をする力は有していない。目の前で戦友が撃ち殺されていても、助けることはおろか逃げ出すことすらできない。
「や……やめてくれ……」
身動きの取れない兵士たちにも、命乞いをする兵士たちにも、皆平等に人形兵は銃弾を撃ち込んでいく。淡々と殺害しているその光景を防ごうにも、未だ天からは呪いを含んだ水が小雨のように降り注いでいる。救援に行くことは難しい。
「また、悪趣味なことをしているのだな」
「仕方ないんですよ。私たちは広範囲を殲滅できる魔法は少ないんです」
視線を向けると、周囲の敵を排除してくれたらしい十文字がいた。
「味方はあの中にはいないんだな?」
「今のところは。危ないのは、飛行型の国防軍兵士ですけど、あそこは優秀な解析機を保有しているはずなので、何とかしてくれるでしょ」
「随分な言い様だな。それで、動けるのか?」
「正直に言って辛いです。ここまでにも随分と消耗してしまっていたので」
治夏が荒い息を吐いているのを見ての発言だろう。ここは身の安全のためにも正直に現状を話すことにした。
「それほど無茶をしてきたようには見えなかったが?」
「残念ながら、身体的にはごく普通の女子なので。戦場を自分の足で走り回って、ときどき魔法を使って、最後にこれだけの大魔法を使ったのですから。それに、こう見えて私は初陣なんですよ」
「そうか。それで、安全な場所まで運んでやった方がいいか?」
「運んでくれるんですか?」
「ああ」
そう言うなり、十文字は治夏の傍まで来て、両手を背と膝の下に入れると、身体を軽々と持ち上げた。
「え、ちょっ……先輩……」
「どうかしたか?」
「い……いえ……」
どうしよう。ちょっとした言葉遊びのつもりだったのに。お姫様抱っこなんて、恥ずかしすぎる。けど、鉄壁を誇る十文字の傍なら安全だし。体も実際にきつい。
それに、十文字にはすでに魔法協会前でだいぶ恥ずかしい姿も見せてしまった。だったら、このまま甘えてしまってもいいのかな。
頭は極度の混乱状態だった。治夏が何も言えぬうちに、十文字は魔法協会の方角に歩き出してしまう。こうなってしまっては、今から降ろしてくれと言うのも失礼だろう。そして治夏は、しばし十文字に身を任せる覚悟を決めた。
ただ一つだけ気になることもある。それは、汗と血と、そのほか色々なもので自分の体が汚れてしまっていることだ。
臭くないかな。
それだけは気になって仕方がなく、治夏はなるべく十文字の鼻から遠ざかろうと僅かに背中を丸めた。