魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 十文字邸の訪問者

横浜での戦いが終わった夜、事後処理については魔法協会の大人たちに任せた十文字克人は、自宅で疲れた体を休めていた。今日の戦いは高校生にしてすでに国内屈指の実力を有する克人にしても、かなり厳しい戦いだった。

 

今日は少し早めに床に入ることにしよう。克人がそう考えていたところに、十文字家で働いている使用人が困惑の表情で近づいてくる。

 

「克人様、宮芝和泉と名乗る方から電話が入っております」

 

「宮芝?」

 

克人の後輩である宮芝和泉であれば、十文字家の番号を調べるくらいは容易いことのはずで、驚くには値しない。けれど、宮芝が何のために電話をかけてきたのかは、想像がつかなかった。

 

「十文字だ」

 

「夜分遅くに失礼いたします。あの、十文字先輩に相談したいことがあって……。不躾なのは承知していますが、会ってお話をさせていただけないでしょうか?」

 

ますます理由が分からない。克人と宮芝は、ろくに会話すらしたことがない間柄。相談する相手として適当とは思えない。

 

「何かあったか?」

 

「今日の戦いのことで……十師族、十文字家の実質的な当主である先輩に相談させていただきたいんです」

 

そう言われれば、何を相談したいのか、なぜ克人を相談相手に選んだのかも想像はつく。そうなると、断るということは考えられなかった。

 

「分かった。どこに行けばいい?」

 

「あの……すみません。もう、家の前にいます」

 

「分かった。中で話を聞こう」

 

そう言って、克人は自ら宮芝を迎えに表門に向かう。門を開けて通りを見ると、暗がりの中に一人佇む宮芝の姿を確認できた。宮芝の表情は暗く、いつもの自信に溢れた言動を感じさせる要素は微塵もない。

 

「すみません、先輩」

 

今日の宮芝は、普段の様子が嘘のようにしおらしい。今も十文字の姿を認めるなり、深々と頭を下げている。そして、克人に向けた顔は今にも泣きだしてしまいそうな、思いつめたものに見えた。

 

「いや、それより中に入ろう」

 

「はい」

 

宮芝を伴って屋敷の中に戻る。おそらく余人に話を聞かれたくない宮芝のため、使用人はお茶を出すのを待って席を外させた。

 

「今日の戦いのことで相談ということだったな。俺で役に立てるかは分からんが、話を聞くくらいはしよう」

 

「すみません。あの、先輩に一つお尋ねしたいことがあるのですが、先輩が実質的な当主となってから、先輩の命令で部下の方が亡くなられたことはありますか?」

 

「幸いにして偶発的な事故を除けば、俺には自分の命令により部下を死なせた、と言える経験はない」

 

「そうですか……」

 

今日の戦いで、魔法協会の本部を守るため宮芝の魔法師たちは多くの犠牲を出した。その結果に宮芝は責任を感じている。けれど、どのようにしたら自らの作戦の失敗を償えるのかが分からないのだろう。だから、助言が欲しかった。

 

けれど、部下に対して弱音は吐けない。そして、外の人間に相談することも好ましくない。集団を率いる者としては、外に対して自らの集団に属する者たちから多くの犠牲が出たことを吹聴はすべきではないからだ。けれど、克人ならば協会本部での防衛戦に参加し、そのことを知っているため隠す必要はない。

 

何より、宮芝が求めているのは組織を率いる者の見解だ。その点では、いくら頭が良くとも人の上に立ち、指示を行う者でない司波達也などは相談相手とはなりにくい。けれども、克人もまた、宮芝の求める部下に犠牲を出してしまった者ではなかった。

 

「宮芝、俺にはお前が求める答えを与えることはできないだろう。けれど、お前と一緒に考えてやることはできる。俺でよければ相談するがいい」

 

克人は宮芝の求める答えは持っていないだろう。けれど、今日の宮芝は明日の克人の姿でもあるかもしれないのだ。見捨てる真似はできない。

 

「うっ……くっ……」

 

不意に涙が落ちそうになったのか、宮芝が唇を震わせた。けれど、宮芝はそれを抑えて、それからゆっくりと話し出した。

 

「私は、自分たちの力を過信していたんです。私たちは確かに戦い方を工夫することで大亜連合のエースと呼ばれる相手をも完封することができます。けれど、それは相手に応じた対策を練った上で、こちらが全力で攻撃を行える状況を作った場合です。それを私は対策さえ怠らなければ現代魔法にも負けないと誤認してしまった」

 

自らの感情を抑えるためか、宮芝は殊更に淡々と言葉を紡いでいく。

 

「宮芝の現代魔法に対する最大の優位は、逃走のみを目的とした魔法を持っているという点です。それがあるから、宮芝は勝てる場面だけを選択して戦闘を仕掛けることができる。だから、宮芝は逃走ができなくなるような、特定の場所を守るなんて戦いは絶対にしてはならなかったんです」

 

それは十文字とは正反対の戦い方だった。十文字は首都を防衛するための要。戦いにおいて安易に退くということは、考えにくい。けれど、宮芝にとって、それは避けるべき戦いになるのだろう。

 

「私が……自分たちのことを過信して、あんな作戦を立てたから。この機にあれもこれも、なんて欲張らなかったら……」

 

「もういい、宮芝」

 

声を震わせながら、それでも絶対に涙を流すまいとする宮芝の姿はあまりにも痛々しすぎて、克人は知らず小さな体を抱きしめていた。

 

「すまない。宮芝の魔法師が大きな被害を出したのは、俺たち十師族が警告を受けていたにも関わらず真剣に受け止めなかったせいだ」

 

「そんな……十文字は首都を守るのが務めですから。相手の狙いが確実に横浜だと絞り込めない状態で主力を動かせないのも仕方ないですよ」

 

「それでも俺たちが動けないからこそ、他の十師族に出撃を頼むことはできたはずだ。けれども、宮芝の予測が外れたときのことを考えて動けなかった。それに俺がもっと早く戦場に立っていたら、結果が少しは変わった可能性もある。だから宮芝は俺を責めろ」

 

「……本当に、先輩を責めていいんですか?」

 

「ああ、俺を好きなだけ責めろ」

 

克人がそう言うと、宮芝は一度、大きく息を吸い込んでから、一気に吐き出した。

 

「先輩の馬鹿! どうして私の言うことを本気にしてくれなかったんですか! どうして十師族は本気で対処してくれなかったんですか!」

 

「すまん」

 

「もしも十師族が全力で対処に当たっていてくれたら、志摩守も昭次郎も死ななくてすんだのに……」

 

「すまん」

 

「先輩が……先輩が……ああああああっ」

 

そこで堰を切ったように宮芝が号泣を始めた。宮芝は克人の服を掴み、顔を胸に押し付け、今まで我慢していたものを全て出し切るかのように子供のように声を上げて泣く。それは、これまで克人が見てきた宮芝和泉という少女とは全く異なる姿だった。

 

組織を率いる者でなくとも、自分のミスで仲間を失うということはある。けれど、組織を率いる者の場合は、その失敗を悔いる言葉をなかなか下には言えないものだ。それでも克人ならば、祖父の代から仕えてくれている者たちに相談することができる。父を殺したという話も伝わる宮芝のことだ。おそらく、そこまで信頼できる部下がいないのだろう。

 

組織を率いるということは、誰にとっても難しいものだ。克人の場合は他を超越した圧倒的な魔法の実力と見た目だけなら成人という点が有利に働く。しかし、宮芝和泉は克人より若く、小柄な女子であり、実力は克人ほど分かりやすくない。周りとの関係も難しいものであることは想像に難くない。

 

克人と宮芝では違うことが多すぎる。今の克人は宮芝和泉のことを何も知らない。だから今の克人にできることは、ただ宮芝の胸の中に貯まったものを吐き出させることだけだ。

 

しばらくして泣き声が止まると同時に、克人に胸にかかる重みが大きくなった。軽く肩を押して様子を確認してみると、どうやら眠ってしまったようだった。本当に全ての力を使い果たして泣いたのだろう。

 

克人は宮芝を起こさないように、静かにその身体を抱き上げる。そういえば、横浜の戦いの折にも、こうして宮芝和泉のことを抱き上げた。そのときも思ったことだが、宮芝の身体はかなり軽い。克人が力を込めると折れてしまいような、その細い腕と足で戦場を駆け回り、克人よりも大きな心労を抱え込んだのだ。

 

今くらいはゆっくりと休ませてやろう。

 

克人は腕の中の少女を揺らさないよう、ゆっくりと客間に向けて歩みを進めた。

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