魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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横浜騒乱編 紅葉狩り

十一月六日、宮芝和泉守治夏は横浜事変の際の醜態のお礼とお詫びを兼ねて、十文字克人を宮芝が管理している土地の一か所である奥多摩の山中に招待していた。

 

「どうですか? 内々で楽しむための場所なので、名所と賞される地には劣りますが、なかなかのものでしょう?」

 

「ああ、本当に。見事なものだな」

 

治夏が手を向けた先には、せせらぎの音を奏でる川を挟むように紅く染まった楓の木々がある。自然のままの山に少しだけ手を加えたその場所は、自然の美と人口の美が融和している。小川の淵には緋毛氈が敷かれ、少し肌寒い今日の気温でも快適に過ごせるよう火鉢が置かれていた。

 

このように純和風の用意がされているが、今日の治夏の装いは濃い目の青色のセーターに黒のロングスカートと洋風だ。これは正式な会ではないのだから、あまり堅苦しくせずに、お互いに楽しみましょうというメッセージでもある。ちなみに、この山は和服でも来られるように道は均してあるので、今日の軽装でも問題はない。

 

「さ、まずは楽にしてください」

 

そう言って席を進めたのだが、初め十文字は正座をしようとした。

 

「先輩、それではお礼なんだか修行なんだか分からなくなってしまいます。私はスカートなので足をあまり崩せませんが、先輩はあぐらでもかいてしまってください」

 

重ねて言うと、ようやく十文字は足を崩した。

 

「それでは、まずは暖まりましょうか。緑茶と紅茶と珈琲を持ってきたんですけど、先輩はどれがいいですか?」

 

緋毛氈の隅に置かれた三本の水筒を指差しながら聞くと、克人は珈琲を選んだ。なので、治夏も珈琲を選び、用意していたお椀へと注いだ。

 

「さすがに、コーヒーカップは割れてしまう可能性があるので用意できませんでした。少し不格好ですけど、いいですか?」

 

「ああ、別に構わん」

 

「砂糖とミルクは使いますか?」

 

「いや、なくていい」

 

「じゃあ、私はミルクだけ失礼します」

 

十文字に断って、水筒の脇に置かれたミルクを注ぐ。

 

「しかし、山中だというのに随分と準備がいいのだな」

 

「私の世話役を務めてくれている女性ができた人で、紅葉狩りがしたいと言うだけで準備を整えてくれるんです」

 

「良い部下に恵まれているのだな」

 

「はい」

 

本当に杉内瑞希は治夏にとって欠かせない人物だ。すべては自らの責任とはいえ、身内を失っている治夏は瑞希がいないと孤独になってしまうのだから。

 

お互いコーヒーに口をつけ、ほうと息を吐く。火鉢の熱と、身体の中に入った珈琲の熱で徐々に体が温まっていく。

 

川のせせらぎの音を楽しみながら、しばし風に乗ってひらひらと舞い落ちる楓の葉を静かに眺める。横目で見ると、十文字も緋毛氈に負けぬほど赤く煌めく自然の光景に見入っているようだ。十文字は質実剛健なのだ、風情など軟弱な公家の遊びだ。なんて主義だったらどうしようと思っていたが、杞憂だったようだ。

 

少し経った頃に白い狐が木々の間から現れた。狐は背に風呂敷を括り付けられている。

 

狐は治夏の式神だ。傍に寄ってきた白狐の背から風呂敷を降ろす。中に入っていたのは昼食として用意していたお重だ。

 

「少しですけど、私も作るのを手伝ったんですよ」

 

言いながらお重を並べていく。三段のお重は見た目、味ともに自信の一品。何せ、治夏が手伝ったのは主に下ごしらえで、仕上げは瑞希に任せた。つまり、治夏の失敗分のリカバリは完璧ということだ。ちゃんと手伝ったのは少しだけと申告をしているのだから、とりあえず嘘は言っていないはず。

 

十文字は大柄な体格に見合った気持ちの良い食べっぷりだった。何となく熊を餌付けしているような気分になってくる。

 

「ご馳走様。美味かった」

 

「お粗末様です」

 

決まりの言葉を交わして微笑み合う。その直後、不意に十文字が真剣な顔つきになる。

 

「それで、これだけではないのだろう?」

 

「何ですか? もっとすごいサービスでも期待させてしまいました?」

 

「冗談はよせ。食事の途中から何か落ち着かない様子だっただろう?」

 

ばれていたか。というか、私が下手すぎるんだな。

 

はあ、と大きく息を吐く。そして、治夏も顔つきを変えた。

 

「宮芝和泉守として十文字家当主代理殿にお願いしたきことがございます。我らは国と首都と対象は違えども、どちらも守ることを定めとされた一族。これから我が国に起こる動乱を乗り切るため、どうか我らに力を貸していただきたい」

 

「それは、先月末の事件のことを言っているのか?」

 

「その通りです。あの事件で、日本は二人目の戦略級魔法師を抱えることを諸外国に明らかにしてしまいました。しかし、一人目の戦略級魔法師とはわけが違います」

 

「五輪殿の魔法は侵攻戦向きではないからな」

 

日本で公認されている戦略級魔法師、五輪澪の深淵は海で真価を発揮する。地上攻撃力もあるとはいえ、やはり本質は海上戦力の殲滅にある。

 

複数人存在するなら話は別だが、防衛戦に最大の力を発揮する唯一の戦力を簡単に前線には出せない。そのような特性上、防衛には最適だが、広大な陸地を有する大陸の国を攻めるには向いていない。それゆえに各国の警戒心は低かった。

 

「先輩は、あの魔法を防げると思いますか?」

 

「おそらく難しいだろうな」

 

一方、今回の魔法は長大な射程と圧倒的な攻撃力を有している。そして、防御する方法が全く思い浮かばない。

 

実際、未確認情報ではあるが、大亜連合は国家公認の戦略級魔法師である劉雲徳を失ったという話もある。だとすると、同じ戦略級魔法師であっても、あの攻撃は自らの身を守ることさえできないということだ。

 

現実として大亜連合は、あの魔法を受けた直後に講和を打診してきた。宮芝が行った民間人の虐殺も、民間人と軍人の差を加味してもあまりの大きな大亜連合軍側の犠牲者数の前にすっかり霞んでしまった。これでは犠牲になった者たちは犬死だ。

 

更に予想外に早い戦乱の終結に宮芝は苦しい立場に追い込まれた。宮芝としては大亜連合の侵攻に対する防衛がある程度、長期化すると見越して横浜での捕虜たちの脳にその日のうちにメスを入れてしまっていた。ところが、早く平穏を取り戻したい無能な政治家が、とんとん拍子に捕虜の返還まで約束をしてしまったのだ。

 

返せと言われても人形に改造してしまった兵士など返せるはずがない。結局、せっかく改造した兵士を慌てて荼毘に付して、遺骨として引き渡すという何とも無意味なことをする破目になってしまった。

 

「我々は隠密行動に長けていますが、敵の魔法師との戦闘となると不安があります。一方で十文字家は個の力は強いものの手が足りない。我らは互いに不足を補い合える関係であると思います」

 

今回の魔法は、他国としても無視はできない。使用者も使用条件も不明の大威力の魔法は、喉元に刃を突き付けられている気分になる者が出てもおかしくない。そうなると、日本は多くの敵の侵入の危険に晒されることになる。

 

「分かった。前向きに検討しよう」

 

「ありがとうございます」

 

治夏が緋毛氈に手をつき、頭を下げると、十文字が立ち上がるそぶりを見せた。

 

「待ってくださいよ、先輩。確かに今日は、宮芝と十文字の連携についての相談も先輩に来ていただいた目的の一つでした。けど、それ以上に先輩にきちんとお礼が言いたいというのも大事な目的なんですよ」

 

「そうだったのか?」

 

「そうですよ。だって先輩は私の命の恩人ですから。それに……」

 

少し言い淀んだ治夏を十文字は黙って待っていてくれる。

 

「それに、本当に嬉しかったんです。重機関銃に潰されそうになって、怖くて震えていた私の頭を撫でてくれて、優しい言葉をかけてくれたことが。宮芝家の当主として称えられたり、叱責されたりじゃなくて、私をちゃんと私として気遣ってくれたことが」

 

「それは分からなくもないな」

 

十文字も、十文字家の跡取り、十文字家の当主代理、とただの十文字克人ではいられない場面は多いのだろう。やはり十文字は治夏にとって大事な相手だ。

 

「だから、お願いがあります。十文字先輩、どうか、これからも私のことを守ってくれませんか?」

 

心の内を一切の偽りなく言葉にして、治夏は十文字にぶつけてみた。





横浜編終了
この後は5話の追憶編を挟んで短い来訪者編となります。
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