魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編 入学二日目・履修登録

第一高校の総合カウンセラーを務めているという小野遙の話を、吉田幹比古は半分以上聞き流していた。

 

遙は相談事には適切な専門分野のカウンセラーを紹介するとも言っていたが、幹比古が抱えている問題は誰かに相談しても解決する類のものではない。この学校のカウンセラーがどの程度まで優秀なのかは知らないが、少なくとも古式の問題について吉田家よりも優れた解答を導き出せるとは思えない。

 

既に履修登録を終えている幹比古は、遙のガイダンスに関する説明も聞き流していた。そこに待望の言葉がかかった。

 

「……既に履修登録を終了している人は、退室しても構いません。ただし、ガイダンス開始後の退室は認められませんので、希望者は今の内に退室してください」

 

幹比古は教卓に向かって一礼すると、左右から窺うように投げかけられる視線も無視して、迷うことなく教室を出る。

 

「やあ、随分と早い退出だね、少年」

 

と、教室を出て幾ばくもしないうちに、背中から声を掛けられた。その声が誰であるのかは振り返らずとも分かった。

 

朝の騒動は多くの生徒が目撃している。当然、幹比古も。

 

「な……何で?」

 

「何でとはご挨拶だね。早い退出であることは一目瞭然だろう?」

 

幹比古が思わず聞いてしまったのは、どうやって自分の後に外に出たのかということだ。扉に向かって歩いている最中、他に誰かが立ち上がった様子はなかった。そして、自分が閉めた教室の扉を誰かが開ける音も聞いていない。

 

古式魔法の名門、吉田家の者として修業を積んだ幹比古は、すぐ後ろをついてくる人間の気配を察知できないほど鈍くはない。例え相手が何らかの手段を用いたとしても、だ。けれど宮芝和泉は、それを易々とやってのけた。

 

「さて、吉田の子倅、随分と苛立っているようじゃないか」

 

相手は自分より遥かに小柄な女子だ。けれど、見上げるように見つめてくる、その視線から目を逸らすことができない。

 

「何か悩みがあるのだろう。さあ、私に話してみるがいい。同じ古式の誼だ。私にできることなら協力してやろう」

 

古式の術士として、宮芝の危険性は周囲から嫌というほど聞かされていた。朝の騒ぎの際にも宮芝が混じっていると分かった瞬間に目を逸らし、一切の関りを持たなかった。

 

宮芝は蛇を思わせる笑みで蛙にすぎない自分を丸のみにせんと狙っている。しかし、圧倒的な歴史を持つ宮芝なら自分の悩みを解決してくれるのではないか。危険だと分かっていても、甘美なその誘いから逃れることができない。

 

「ぼ……僕は……」

 

「そこまでにしておいたらどうだ?」

 

誰かの声が聞こえ、幹比古の意識は現実に引き戻された。

 

「おや、あと少しだったというのに。残念」

 

宮芝はくるりと反転すると、誰かに向かっておどけて見せたようだ。靄がかかったように朦朧とする意識を頭を振ることで覚醒させ、顔をあげると朝方に宮芝と騒いでいた男子生徒だと分かった。名前は……確か司波達也。

 

「しかし、君は他人にさほど関心がないように見えたのだがね。まさか名前も知らない同級生を助けるとは意外だったよ」

 

「名前も知らないのは確かだが、一応は同級生だ。そして同級生を入学早々に洗脳しようとしていたら、誰でも止めるだろ?」

 

「おやおや、お優しいことだ」

 

やはり、自分は洗脳されそうになっていたのか。危ないところだった。

 

「まったく、お陰で俺まで教室を出る羽目になったぞ」

 

「おや、君も履修登録は終えていたのだろう。だったら何も問題はないじゃないか」

 

「悪目立ちは、したくなかった」

 

それは、幹比古は悪目立ちしたと言っているのだろうか。自覚はあるので特に口を挟むことはしなかった。

 

「席を立ったのは、私を入れれば三人だ。物珍しさは、だいぶ薄れたと思うがね」

 

「和泉が席を立ったことには、だれも気付いていなかったようだが?」

 

「それでも君は気づいた。やはり、君はたいしたものだ」

 

幹比古はそれなりに現在の魔法師界について精通しているはずだが、司波という家は聞いたことがない。古式であれば知らないはずがないので、現代魔法師。その現代魔法師の、しかも二科生が気づけた術に、自分は気づけなかった。幹比古の心に暗い影が差す。

 

「もう行っていいかな? 宮芝には関わりたくないんだ」

 

そして、その影は普段の幹比古であれば避ける直言となって出た。

 

「おや、随分な言い様だな。……吉田風情が」

 

宮芝は気分を害したようで、威圧感を強めてきた。

 

「吉田風情かどうか、試してみるか?」

 

どう考えても、売り言葉に買い言葉だ。だが宮芝の態度は幹比古の苦悩を嘲笑っているようで、つい挑発めいたことを口にしてしまった。

 

「試す? 勘違いするなよ、吉田風情に試すに値するものなど、あるものか」

 

「よせ、二人とも!」

 

一触即発の雰囲気を出し始めた幹比古と宮芝の間を遮るように、司波達也が宮芝の前に出る。

 

「どいてくれないか、吉田の姿が見えない」

 

宮芝はそう言って司波を押しのけようとするが、どうやら腕力は普通の女子くらいしかないようで、司波の身体はびくともしない。

 

「妹だけは巻き込まないでくれと言ったが、訂正しよう。妹に加えて、俺のことも巻き込まないでくれ」

 

「君は勝手に首を突っ込んできているのだろう?」

 

「同じクラスでの揉め事だ。諸々の連鎖で巻き込まれるに決まっている」

 

どうも宮芝は司波には、幹比古ほど強くは出ないようだ。宮芝が賛辞を送っていたところを見ても、何か優れた適性があるのだろう。

 

宮芝を押さえながら、司波が後ろ手で、今のうちに行けと合図を送ってくる。元より宮芝の危険性を認識していた幹比古だ。この場で何が適切な選択であるかは理解できている。

 

ゆえに幹比古は素直に、この場を去ることを選択した。しかし、宮芝が持っている知識に後ろ髪を引かれる思いがあることは、否定しきれない事実であった。

 

「気が変わったなら、いつでも連絡をするがいい」

 

そして、それを見透かしたように、宮芝は尚も甘美なささやきを続ける。

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