魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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追憶編
追憶編 萌芽


山間部にある小さな墓地の石段を、私はゆっくりと登っていきます。十一月に入り、秋は急速に冬へと衣替えを行っているようです。

 

墓地の中腹、やや右側より。そこにある大きくもなく、小さくもない、何の変哲もないお墓の前で私は足を止めました。

 

お墓の表面に刻まれているのは「大野家之墓」。刻まれた文字まで平凡そのもの。特に何かの思いを伝えてはきません。

 

このお墓の中に眠る私の母も、このお墓にぴったりの平凡な人でした。平凡だけれど穏やかで、ちょっと体が弱くて寝込んでしまうことが多いけど、いつも私と家族のことを考えて、私に無償の愛を与えてくれた人。

 

私をこれまでで一番、愛してくれた、私にとって一人だけの本当の家族。自然と私の心は母と共に過ごした日々を思い出していました。

 

 

 

ある所に、森山深夏という名前の少女がいました。年齢は十歳。

 

小学校に行って、勉強して、休み時間は友達と遊んで、だけど習い事があるから放課後は少しだけ早めに帰る。そんなごく普通の少女でした。けれど、普通の女の子とは少しだけ違うところがありました。それは、友達には習い事と言っていることが、実は魔法の練習ということでした。

 

教師役はお父さん。魔法の練習のときには厳しいけど、魔法が上手にできたときや、新しい魔法を覚えたときには、思い切り褒めてくれる人。

 

魔法の練習が終わったら、家に帰って夕ご飯の時間です。お母さんがいつもおいしいご飯を作って待っていてくれて、一家団欒の時間です。といっても、少女がお母さんに今日の魔法の練習の内容を話して、お母さんは笑ってそれを聞いてくれるばかり。お父さんは、そういえばあまり喋っていませんでした。

 

お父さんは、すごい魔法の力を持っていました。お父さんの家系は、強い魔法の力を持つ人はいない家系だと言っていました。けど、お父さんは宮芝という大きな魔法師の団体の中でも五指に入る逸材だという話でした。

 

それがどのくらいすごいことなのか、まだ少女にはよくわかりません。けれど、お父さんがすごい人だと言われているということは少女の密かな自慢でした。

 

でも、それを友達に話すことはできません。少女が魔法を使えることも、お父さんが魔法を使えることも、他の人には話してはいけない。それは、少女が魔法を使えるようになる、もっと前から繰り返し言われてきたことだったからです。

 

そうして、少女は魔法の練習に励みながら、ごく平凡な小学生としての日々を送っていました。少女は、それが大人になるまで続くと信じていました。

 

けれど、その日々は唐突に終わりを遂げてしまいました。

 

ある日、家に帰るとお母さんが一人で少女の帰りを待っていました。それ自体は珍しいことではありません。お父さんは仕事で遅くなる日があるからです。

 

けれど、その日は何かが違うと幼心なりに感じ取っていました。お母さんはいつもの笑顔のようで、寂しさを隠し切れていませんでした。

 

どうしたの。少女は尋ねました。

 

お母さんは、少し驚いた顔をした後、衝撃的な言葉を発しました。

 

お父さんと、離婚することになったの。

 

はじめ、少女はお母さんが何を言っているのか理解できませんでした。離婚というのはお父さんとお母さんの仲が、どうしようもなく悪くなったときに起こるものだと思っていました。けれど、少女のお父さんとお母さんは喧嘩をしているようには見えませんでした。

 

どうして。聞いた少女にお母さんはいつもとは少し違う笑顔を浮かべて、お父さんは向上心が強い人だから、と答えました。

 

向上心が強いと、どうして離婚しなければならないのか、少女には分かりませんでした。そんな少女に、お母さんはお父さんが桐生という宮芝の有力な分家を婿養子として継ぐのだと教えてくれました。

 

正直なところ、少女にはそれがどんなものかよく分かりませんでした。けれど、説明をしてくれるお母さんが、なんだかとても苦しそうで、それ以上、聞くことができませんでした。少女は分かったふりをすることしかできませんでした。

 

お父さんとお母さんが離婚する。それだけでも頭がいっぱいなのに、少女には更に重大なことが告げられます。それは、これからはお父さんと、新しいお母さんと一緒に新しい家で暮らす、というものでした。

 

お父さんも好きでしたが、どちらか一方と言われれば、少女はお母さんの方が好きでした。だから、少女はお母さんと一緒がいいと言いました。けれど、お母さんは黙って首を横に振ります。

 

深夏には魔法の才能がある。だから、お父さんと一緒に桐生で魔法の勉強をした方がいい。それが、深夏のためになる。お母さんはまた、苦しそうな顔で少女に言ってきます。

 

魔法の実力があるから、お母さんと離婚して力のある家の女の人と再婚する。魔法の才能があるから、大好きなお母さんと別れて、新しい家で魔法の勉強をする。魔法は、そんなにまで大事なものなのか、少女には分かりません。

 

けれど、苦しそうに言い切ったお母さんの言葉を拒否することもできず、少女は黙って俯いていることしかできませんでした。そんな少女をお母さんは優しく抱きしめます。

 

ごめんね、深夏。こんなことになってしまって。けど、お母さんは深夏に幸せになってもらいたいの。

 

涙を流しながら、それでも少女の為に別れを決意するお母さん。その姿に、少女はついに首を縦に振りました。けれど、少女はどうして大好きなお母さんと別れることで幸せになれるのか、それが最後まで分かりませんでした。

 

こうして、お父さんとお母さんは離婚しました。その翌日には、お父さんと新しいお母さんの再婚をしました。

 

お父さんが再婚する桐生さんのお父さんに不幸があったらしく、早く新しい当主というものを立てる必要があったみたいです。少女は気持ちの整理をする間もなく、新しい家に移ることになりました。

 

お父さんと新しいお母さんの結婚式で、少女は今までに着たことのないような華やかな服を着ました。けれども心はちっともときめきませんでした。

 

こうして、少女は桐生深夏になりました。

 

その一方で、お父さんと別れたお母さんは、姓を結婚前に戻しました。少女にはよく分かりませんでしたが、お父さんとの関係を薄くするためと聞きました。

 

そして、お母さんは元からの身体の弱さと、家族を失った寂しさもあってか、お父さんと離婚してから一年も経たないうちに亡くなってしまいました。

 

お父さんは、そのお葬式に出席をしませんでした。冷たい体となったお母さんは、もう少女を抱きしめてはくれません。お母さんは亡くなる直前、生きる意味を失っていたように見えたとお爺ちゃんが嘆いている声が聞こえました。

 

お爺ちゃんのその声を、少女は今でも覚えています。そして、その日から、離婚のときから抱いていた少女のお父さんへの反感が、少しずつ大きくなっていったのでした。

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