魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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追憶編 萌木

桐生深夏と名を変えた少女は、桐生家での生活を開始した。桐生家は少女の生家とは違い、使用人を抱えた家であった。そこで少女が多くの時間、接したのは義理の母ではなく、側仕えの少女だった。

 

義理の母が悪いわけではない。それが分かっていても実の母を追い詰める一因となった再婚の相手と、にこやかに会話することはできなかった。

 

側仕えの少女は、複雑な少女の心境を知ってか、基本的に身の回りの世話をしてくれるが、放っておいてほしいときには距離を取ってくれていた。それが、少女にはありがたかった。

 

そうして三年ほどが経ったとき、少女は再び住居を変えることになった。少女が十三歳になって少し経った頃、桐生家の本家に当たる宮芝家が、自前での後継者輩出を諦め、募集に舵を切った。大亜連合の沖縄侵攻と新ソ連の佐渡侵攻を見て、激動の時代への兆候を予感したためと言われている。

 

向上心の塊となっていた少女の父は迷わず少女を推薦。試験を受けた少女は後継者候補となるための試験を突破し、十人の候補者の一人になった。候補者たちは、上は十八歳で、下は十三歳。つまりは少女が最年少で、そして唯一の女子であった。

 

こうして少女は僅か三年で桐生の家を出て、宮芝の家で寝起きしながら修行に励むことになった。ちなみに、宮芝の後継者候補となり、秘術の一端に触れ得る存在となった時点で将来は宮芝の術士となることが確定する。

 

それに伴って少女は宮芝と関係のある学校に、名目上の転校をすることになった。実質はというと、随分と早い卒業である。つまり少女の最終学歴は実体としては中学校中退である。もっとも社会に出たときにあまりに学が劣ると問題だということで、学校で習う範囲の勉強は通信教育という形で受けさせられたので、学力的には劣っていないはずだ。

 

ともかく宮芝の後継者候補として修行の日々を送ることになった少女だったが、その毎日は苦難の連続であった。何よりも辛かったのが日々の修行の中身である。

 

魔法の使用に関してだけで言えば、男女の間に性差は存在しない。けれど、魔法師たちが通う高校の競技大会である九校戦の出場選手が、体力も使う競技を中心に男子生徒ばかりであるように、総合的な実践力ではどうしても男性優位となっている。

 

古式の場合、そこに更にハンデがのしかかる。古式の魔法の修練は、昔ながらの荒行のような修行が多く残っている。つまりは、こなせる修行の量が女子ではどうしても劣ってしまうのだ。

 

ましてや少女は最年少。元から女子の中でもやや小柄で、それに応じて体力もない少女は、日々の修行では遅れずについていくのがやっとの状態だった。そして、もう一つ。自分一人だけ女で、周りは男子ばかりという状況は、思春期の中にある少女にとっては、それだけで辛い状況が多かった。

 

最初に戸惑ったのは滝行であった。少女をはじめとした後継者候補が纏う衣装は昔ながらのものであり、水に濡れれば透けてしまうものだった。もっとも、これはインナーを工夫するだけで、比較的簡単に対応可能だった。

 

五代くらい前の世代であったら、大変苦労をしたのだろうから、文明の発達に感謝した。けれど、もう一つは大きな問題となって少女を苦しめた。それは排泄の問題である。

 

古式の修行は精霊を感じることと不可分。そのため修行は自然の中で行われる。つまり、トイレなんていう存在は、ないのだ。

 

ではどうするかというと、少女以外は歩いている途中で足を止めて、そのままそこらで済ませてしまうのである。おかげで少女は見たくもない他の候補者九人の性器を全員分、目撃させられることになった。

 

男子はそれでいいかもしれないが、少女にとって見られるというのは耐えがたい屈辱である。結果的に少女は水分の摂取を制限せざるをえなくなった。しかし、ただでさえ厳しい修行の最中である。ある程度は水分を摂取しないと修行から脱落してしまう。少女は慎重に身体と相談しながら、ちびちびと水分を摂取することを心掛けた。

 

けれど、そもそも修行は男子にとってもきついように設定されている。少女はついていくのにも苦労する有様なのだ。結論としては、水分摂取は抑えることはできなかった。そうして尿意については周囲の目を盗んでこっそりと草の中で解消するしかなかった。

 

だが、常にそういった状況が確保できる訳ではない。ある日、なかなか集団から離れることができず、少女は他の候補者の前で失禁をしてしまったのだ。

 

下着と袴が濡れる嫌な感触。周囲の視線。少女はこのまま逃げ去って後継者候補からも辞退したい思いに駆られた。けれど、それはできなかった。

 

宮芝本家の当主の父という肩書を望む少女の父親が、少女が辞退することを許すはずがないし、そもそも桐生の家は少女にとって安息の地ではないのだ。このまま帰れば針の筵の上となってしまう。また、修行中に失禁して逃げ出したなどとなれば、その後ずっと悪評となってついてくるし、なにより自分が唯一の女という状態で真っ先に逃げ出せば、やはり女では駄目だということになってしまう。

 

解決策としては、結局は女を完全に捨ててしまって外で男子の前でも用を足せるようになるか、何か上手い方法で男子の目を誤魔化すかしかないのだ。そして、少女にとって羞恥心を捨てるということはあり得ない方法だった。

 

少女はひとまず、少し長めの腰巻きを用意した。これで最低限を隠すことができる。

 

そして、次に行ったことは魔法の修行だった。まずは音を消すための防音結界。続いて排泄時の姿を誤魔化すための幻影魔法。最後に幻影を纏った上でもやはり気になるため、精神干渉魔法を習得した。

 

相手は宮芝の後継者候補となる者たち。当然ながら対幻影魔法も対精神干渉魔法も高い実力を誇っている。生半可な魔法は通用しない。ならば、圧倒的なまでの実力をつければいいだけのことだ。幸い、幻影魔法を必要以上に究めようとする者は宮芝の中でも少ない。

 

結果として、候補者たちの視線を誤魔化すことができるようになるのだから、必要性というものは馬鹿にならないものだ。防音はともかく幻影魔法と精神干渉魔法は、この後も少女にとっての武器となった。

 

こうして山中で修行する上での重大事の対応はなったのだが、少女は次なる課題に対処せねばならなかった。それは、孤立を防ぐ方法である。

 

宮芝の当主を決めるための選定は一年という長丁場で行われる。それだけの期間、行動を共にすると、必然的にグループのようなものができるようになる。究極的には周囲は全員がライバルであるのだが、実力を高めるためには、複数人で互いの魔法を見るのが効率的な場面というのは多い。

 

だが、ただ一人の異性である少女は、候補者になって一月が経過する頃になっても、どこのグループにも属すことができなかった。このときの候補者たちは互いに気兼ねなく接することができるためか、年齢が近い者たちで集まる傾向があった。

 

それであれば少女は十四歳と十五歳の少年二人の三人組で構成したグループに属するのが自然であった。けれど、少女はそのグループに属するのは危険と判断した。

 

グループの中の十五歳少年のうちの一人が少女に興味を持っていたからだ。その少年は、明らかに少女を女として意識していた。

 

仮にも宮芝の後継者になろうとしている術士だ。馬鹿な真似をする可能性は低いだろう。けれども、一方で未だ十五歳という未成熟な年齢の男子というのも事実。自分の身を守るためにも、あまり傍にいたくはない。

 

結局、少女は十八歳と十七歳の最年長コンビに加えてもらうことを選んだ。その手段として用いたのが子供であることを強調することだった。十五歳や十四歳の少年たちの方から見たとき、少女は女子の仲間入りをしてしまう。けれど、十七歳の少年は、少女のことをまだまだ子供と見ているようだった。

 

相手が特殊な性癖の持ち主でなければ、子供に対しては性的な面に興味を抱かない。また、相手がよほど歪んだ性格でなければ、困っているときは子供の方が助けてもらえる可能性が高い。

 

そう考えて少女は二人に声を掛ける前に、子供に戻ることを心掛けた。といっても、特別に何かをした訳ではない。相手も当主候補に推される人物。下手な嘘は見破られてしまう可能性がある。だから、少女が行ったのは隠さない、ということだけだ。

 

辛ければ、辛そうな顔をする。孤立したときは寂しそうな顔をする。子供が困っている。それを素直に示した。

 

そうして一週間ほど過ごしていると、なんと向こうの方から声を掛けてきてくれた。それは少女が一人で食事の準備をしているときだった。

 

複数人であれば調理の下準備と薪集めを分担するところだが、一人の場合は、まずは薪を集めて、その後で調理の下準備をすることになる。その手順をこなすため、少女が薪を拾いに行こうとしたところで、最年長の十八歳の少年が声をかけてくれたのだ。

 

少年は、自分は調理が苦手だから下準備を担当してくれないか、と言ってきたのだ。それは少女に気を遣わせまいという心遣いで、好感を持てるものだった。そうして三人での食事のときに魔法の修行に困っていることを、こちらも素直に打ち明けた。

 

すると少年たちは、少女のことを魔法の練習の仲間に加えてくれた。それは少女が、年長者という最大の庇護者を得た瞬間となった。





会話文のまったくない独白続きです。
少し読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。
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