年長者の庇護を受けられるようになり、桐生深夏の日々の修行における不便は概ね解消がされた。けれども、それをもってよしとはできない。
そもそも少女がこの場にいるのは宮芝の当主となるためである。そして、宮芝の当主に選ばれるための最大の懸案事項である体力不足による修行の遅れについては自力で解決をするしかない。
少女は自分について古式魔法の才能があると思っていた。けれども、他の九人についても選ばれし才能の持ち主。そう簡単に差をつけることはできない。となると、努力は欠かせないのだが、一定以上に努力すると、かえって修行に支障をきたしてしまう。
そこで少女が目をつけたのが現代魔法だった。現代魔法は体系化され、効率的に習得するための方法がある程度は確立されている。その体系を用いて古式魔法も、ある程度は効率的に会得できないかと考えたのだ。
それは大きな賭けであった。特に宮芝は大亜連合や新ソ連の魔法に対抗することができるよう、現代魔法も熱心に研究を行っている。そして実際に、そこで得た知識を元に古式魔法の内容や習得の方法を改善させている。
ただでさえ少ない時間を、現代魔法に振り分けて、そこで得るものが少なければ、少女は完全に後継者選定レースから脱落してしまう。けれど、今のまま進んでいても、それは遠からず同じ結果になるはず。少女に選択肢はなかった。
宮芝は現代魔法の創生期に九の字を冠する家と共に古式をアレンジした現代魔法を作り出した。しかし、その後は大亜連合や新ソ連との戦いで捕虜とした魔法師を解剖しての対抗術式の研究が主となっている。となると、狙いどころは当初より発展したはずの現代の九を冠する家の魔法。
少女は九の名を冠する家の魔法の研究を志した。そのとき力を借りたのが、今や実家と同じ扱いの桐生家だった。桐生の当主である少女の父は、何としても少女を宮芝の当主へと就けたがっている。だから、利害関係は一致している。
少女は九の名を冠する家に属していた魔法師を選び、多少の非合法的な手段を用いて協力をさせ、魔法の解析をさせた。その結果、少女が推測した通り彼らはより発展させた古式の流れを汲んだ魔法を作り上げていた。
九の家の魔法の発展の過程と、解析結果を合わせてみることで、古式にどのように発展の可能性があるのか、その一端を知ることができた。そして、九の家が持っていない古式の知識を合わせることで、少女は現代魔法の要素を取り込んだ古式魔法を作り出した。
それは、当初の狙いとは少し異なるものだったが、成果としては上々だった。少女は新術をもっていくつかの古式の魔法の代替を行った。それにより、宮芝の魔法の習得のための時間を大幅に短縮できた。けれど、それは別の問題も引き起こした。
繰り返すが少女は他の候補者に比べて体力面では劣っている。その結果、合同で行う修行を除いた自主的な修練の時間は誰よりも短くなっていた。それなのに、少女は他の候補者たちと同じか少し上の成績をあげている。
それは他の候補生たちの自尊心を傷つけ、反感を抱かせるには十分だった。しかし、未だ年長組は少女の庇護を続けている。ゆえに表立って何か言うことは難しい。
ある日、それが一人の候補生の感情を暴走させた。
その日、少女は合同での修行の後、汗をかいた衣服を着替えるために自室へと歩いていた。そのとき、一足早く部屋に戻って着替えを終えて自主修練に向かおうとしている候補生が目に入った。その候補生は少女に性的関心を抱いていると思っていた十五歳の少年だった。
その少年とすれ違う瞬間だった。その候補生が不意に腕を持ち上げ、少女の腹に拳を叩きつけてきたのだ。
初め、少女は何が起きたのか分からなかった。分かったのは、強い衝撃とともに一瞬だけ息が止まったということだけだった。痛みがやってきたのは、少しして殴られたと気づいた後だった。そうすると今度は猛烈に怖くなってきた。少女は涙をこらえて、ともかく自室へと駆け込んで鍵を閉めた。
恐怖と、悲しみと、怒りと。色々な感情で頭の中はぐちゃぐちゃだった。何に対しての感情か分からないまま、そのくせ泣き声を聞かれるのは嫌で、ただ声を押し殺して泣いた。
少しして冷静に振り返ると、少年は殴ろうとしたというより、少し腕をぶつけて嫌がらせをしてやろうとしただけなのだろう。本気で殴ってきたのなら、すぐに蹲るくらいの衝撃があっただろうから。
けれど、その一件で魔法は至近距離からの不意打ちに対しては無力であると知った。それとともに、至近距離での一撃で少女を倒しうる大柄な男性という存在に対して少し苦手意識を持つようになった。
そのようなアクシデントはありつつも、少女の宮芝の魔法の習得は順調に進んだ。半年が過ぎた頃には、三人の脱落者が出たが、少女も、少女の庇護者となっていた二人の年長者も無事に残り七人の中に残っていた。
しかし、それからが問題だった。少女は残った七人の中でも有力候補の一人ではあったが、そこから正式な後継者に選ばれるには少し決め手に欠けていた。
仮に魔法の能力が全く同じであれば、体力面で男性の方が優位である。これは少女がこれまでに実感してきたことである。そこから考えれば、少女は他の候補者より大幅に優れていなければならない。
しかし、現代魔法の要素を取り込んでも、少女は有力者の一人という位置である。今のままでは足りない。けれど、これ以上の上積みがなせるかというと、難しいと感じていた。
九の家の直系レベルの魔法師を解剖できれば何か有益な情報が得られるかもしれないが、それこそ発覚すれば桐生家自体が取り潰しに合う。さすがにリスクが高すぎて桐生でも受けてくれないだろう。
結局、思い悩んだ少女が辿り着いた答えは最も得意としている幻影魔法と精神干渉魔法だった。それをもって、後継者を選ぶ宮芝の現当主に対する少女の印象を操作する。それは非常に難易度が高く、リスクも高い方法だった。
けれども、これ以外には手はないと思えた。それに、仮に完全に騙しきることはできなくとも、一瞬でも宮芝家の現当主に偽りの魔法情報を信じさせることができたら、それも武器として評価してくれる可能性がある。
その可能性に賭けて、少女は魔法を上手く使うのと同時に、魔法を上手く使えているように見られるように努力した。そのために鍵となるのが高度な魔法の隠蔽技術だった。それが無ければ、余計な魔法を使っていることが発覚してしまうから。
少女は隠蔽なしで通常の魔法を使用し、その後で隠蔽を施した幻影魔法により、魔法を派手に見せかけるという方法を編み出した。それだけを見れば、明らかに試験用で実用性のない魔法である。
けれども見る者が見れば、精度の高い幻影魔法も、極めて優れた隠蔽魔法も、実戦でも有用なものであると分かるはず。そして、そもそも幻影に騙される者であれば、少女の実力自体を見誤ってくれる。
課題本来の内容とはかけ離れた魔法の披露。少女はそれをもって答えとした。そして本番、少女は幾度も練習を重ねてきた、通常の魔法と幻影魔法と隠蔽魔法を併用するという方法で宮芝の魔法を披露し、そこに少しだけ注意力を散漫にする精神干渉魔法を加える。
少女の魔法に気づかなかった者は、素直な感嘆の声を漏らしていた。少女の魔法に気づいた者は難しい顔で唸り声を上げていた。
結論として、少女は賭けに勝った。古式魔法にとって、幻術と隠蔽術式は最重要ではないものの、大事な要素であることには変わりない。それを高精度で、かつ工夫を凝らして披露してみせた少女は高い評価を得られたのだ。
こうして、少女は宮芝の後継者として選定された。