来訪者編 元日
西暦二〇九六年の元旦を、宮芝和泉守治夏は東京の仮宅で迎えた。
宮芝家の当主である治夏の正月といえば祝賀行事の連続である。が、宮芝家の正月とは旧正月のことであり、一月一日は何でもない日なのである。
おかげで今日は、親睦を深めたい人たちと初詣に行くことができる。治夏は水色地に鮮やかな桔梗の花を散らした振袖に、赤地に白の羽を散らした模様の帯、髪には鶴を模した簪を身に着けていた。水色地の着物は他でもよく着用するが、今日の衣装は同行する皆には初披露のものだ。
「瑞希、おかしなところはない?」
「たいへんお綺麗ですよ、治夏様」
着付けを手伝ってもらった杉内瑞希に確認して太鼓判をもらう。しかし、着物を選ぶところから髪のセットまで瑞希に手伝ってもらっているのだから、全部が終わった段階で似合わないなど言うはずがない。
となると、誰か別の人にも確認すべきか。いや、それでは瑞希のことを信頼していないようだ。などと考えているうちに、時間はどんどんと過ぎていく。
「治夏様、そろそろ出立しませんと、遅れてしまいますよ」
「む、そうだな。では、そろそろ出るとしよう」
結局、自信たっぷりとはいかぬまま、治夏は待ち合わせ場所に出立する。ちなみに治夏はしっかりと運転手付きの車を用意しているため、駅での乗り換えは発生しない。正月早々に働かされる運転手には申し訳ないが、大亜連合とのいざこざから日が経っていない今、なるべく表を歩く気はない。
「あ、宮芝さん、こっち」
目的地に着くと、すぐに治夏のことを呼ぶ声が聞こえた。そこにいたのは、七草真由美、渡辺摩利、十文字克人、そして見知らぬ女子二人だ。
「遅くなってすみません、先輩がた」
「ううん、約束の時間まではまだあるんだから、いいのよ。それより、宮芝さんに紹介するわね、私の妹の香澄と泉美よ」
そう言って七草真由美が二人の少女を紹介してくる。二人は顔立ちこそ似ているが、雰囲気はだいぶ異なる。
「はじめまして、香澄さん、泉美さん。宮芝和泉守治夏です。それにしても、泉美さんは私の官位と同じ響きなのですね。なら、皆さん、これからは私のことは名前である治夏で呼んでいただいていいですよ」
「いや、宮芝のことは皆、ずっと宮芝と呼んでいたはず……いや、何でもない」
渡辺摩利が何か言いかけたが、視線で黙らせた。
「それより、私たちと一緒に初詣に行きたいなんて、どういう風の吹き回しなの?」
七草が言ったように、今日の初詣は治夏が主体となって企画された。参加者を選んだのも、当然に治夏だ。
「嫌ですね。私はただ三巨頭と称される皆さんと卒業後も良好な関係を築きたいだけです。他に他意はありません」
「その考え自体がすでに下心だらけに聞こえるのは、私の気のせいか?」
そう言ってきたのは、またしても渡辺だ。
「いいえ、性格、能力、財力などを総合的に見させていただいた上で、下心込みで仲良くしていきたいと思っていますので、気のせいではありませんよ」
「そうはっきりと言われると、何も言う気が起きなくなるな」
呆れた様子ではあるが、嫌悪感は抱かれていない様子だ。なら、よしとしよう。
「ところで十文字先輩、今日の私はどうですか?」
袖の模様がよく見えるよう、軽く腕を持ち上げながら聞いてみる。
「似合っていると思うぞ」
「七草先輩、うちの男連中は揃いも揃ってこんな反応ばかりなんですが。先輩は同級生にどういう教育をしているんですか?」
「同級生には入らないが、確かに服部にせよ達也くんにせよ、頭はいいくせに女性を褒める語彙となると途端に乏しくなるな」
今回は渡辺も治夏と同意見のようだ。けれど、一つ見過ごせない点がある。
「渡辺先輩の場合、褒めてもらおうと思うなら、もっと頑張った方がいいと思いますよ」
今日の服装は治夏と七草姉妹が振袖姿なのに対して、渡辺だけがごく普通の冬服だ。
「なっ……わ、私はいいんだよ」
「まあ彼氏さんがいるのに着飾って他の男とお出かけとなると色々と拙いのは確かなんでしょうけどね……」
「うるさいな、いつまでも立ち止まっていないで行くぞ」
照れ隠しか、渡辺は話を打ち切って賑わう参道へと歩き出す。その後ろに続きながら治夏は七草の妹二人に話しかけた。
「改めて二人には初めまして。古式魔法の名門、宮芝家の三十六代当主、宮芝和泉守治夏だ。君たちは来年、第一高校に進学する予定なのかな?」
「はい。私たち二人とも第一高校に進学するつもりです」
そう答えたのは七草の双子のうち、おっとりとした雰囲気を纏った少女だった。七草真由美から泉美という名だと紹介された少女は、ストレートの髪を眉の高さと肩に触れる長さで切り揃えている。印象としては、お淑やかな文学少女だ。
「君たちは双子ということでいいのかな?」
「はい、そうですけど?」
泉美はなぜそんな、当たり前のことを聞くんだ、という顔だ。
「今年の一年生には、四月生まれと三月生まれという同学年の正真正銘の兄妹がいるんだ。だから、念のための確認だな」
「今年の一年生って……先輩も同学年なんじゃないんですか?」
今度の質問は、香澄の方だ。香澄は癖のないショートカットで、見るからに活発な体育会系という雰囲気である。
「そうだな。私も彼らとは同学年だ」
「どうでもいいけど、お姉ちゃんたちに話す時と口調が違いすぎない?」
「香澄ちゃん、彼女の場合、こちらの方が普段なのよ。私なんか七草先輩なんて呼ばれたのは今日が初めてだし」
「そうだな。これまでは会長殿か前会長殿だったな」
「いつの間にか、これまでの口調に戻ってるし」
七草は、はあ、とわざとらしく溜息をつく。
「宮芝さん、お願いだから四月以降、香澄ちゃんと泉美ちゃんを困らせないでね」
「前会長殿、それは無理なお願いというものだ」
「無理なのね」
「ああ、何せ第一高校には関本がいるからな」
「あー」
七草は額に手を当て、空を見上げてしまった。
ちなみに第一高校三年生であった関本はすでに高校を中退し、今は第一高校の警備員として働いている。なお、その交渉の際に関本に内蔵した火器が暴発して、校長室に多数の銃痕が刻まれることになったが、それはあくまで事故である。脅迫などでは断じてない、と主張しておこう。
「その関本だが、花音が引き取ってくれと私に言ってきているんだが」
「前風紀長殿は引き取りたいのか?」
「御免蒙るな」
「その関本さんって人は、そんなに問題のある人なんですか?」
聞いてきたのは香澄だった。その質問に七草と渡辺が顔を見合わせる。
「問題のある人っていうか……」
「ああ、あれはもう人型ロボットと呼んだ方がいいような……」
「そうよね。この間は足の裏から出した車輪で移動していたし……」
「二足歩行というのは意外と動力を使うんだ。平地では車輪を使って移動した方が効率的だと判明したのでな。試しに搭載してみたんだが、これも今一つでな。いっそ膝までを無限軌道にしてみようかと色々とテスト中だ」
「あの……今の会話を聞く限り機械としか思えないんですけど……」
女三人寄れば姦しいというが、この場にいるのは五人。話が弾んでしまい足が遅くなってしまうことは避けられない。そのため克人は度々、足を止めていた。
七草姉妹との会話も楽しいが、今日は克人ともっと親睦を深めたい。いつまでも女子と話していてばかりではいけない。
「すみません、先輩。女五人を連れてで、大変な思いをさせてしまいましたね」
「いや、別に構わない」
「先輩は、よくお祭りとかは来られるんですか?」
「いや、あまり来たことはないな」
「ちょっと宮芝さん。私たちと話し方が違わない」
そう言って抗議してきたのは七草だ。
「それはそうだろう。男の前で気取らないなら、着飾った意味がないだろう?」
「そうまで断言すると、逆に清々しいな」
渡辺が関心しているのだか、呆れているのか分からない調子で言う。その間に列は進み、拝殿の前まで進んでいた。
少しつめて五人で横に並び、参拝する。願うのは国家の安寧と宮芝の発展。そして、できれば自分にも幸せを感じられる事柄が起きてくれれば。
去年の横浜のような事態は、二度と引き起こさせない。
けれど、その思いを無視するように、厄介事の種はすでに足元に植えられてしまった。
もうじき、三ヶ月の期限で第一高校の北山雫とUSNAの魔法師の交換留学が行われる。これまでに長きに渡って絶えていた風習が再開されるのは、相応の原因があるためと考えるのが自然。そして、その原因で思い当たるのは「灼熱のハロウィン」以外にない。
間違いなく、送り込まれてくるのは諜報員。しかし、USNAは表面上同盟国であるため、排除はできない。それでも場合によっては抹殺するが、それは本当に最後の手段だ。
此度の平穏は、少しでも長く続ける。
穏やかな冬晴れの元日に、治夏はそう自らに誓いを立てた。