アメリカ、カナダ、メキシコ等を併合して成立したUSNA(北アメリカ大陸合衆国)。その統合本部直属の魔法師部隊が『スターズ』である。
そして、そのスターズの総隊長であるアンジー・シリウスことアンジェリーナ・シリウス少佐は、ある任務を受けて一月から日本の国立魔法大学付属第一高校に留学生として通うことになっていた。
その任務とは、十月末に極東で観測された戦略級魔法によるものと思しき大爆発の術者の正体を探ることである。情報部が絞り込んだ五十一人の候補のうち、第一高校に通う二人がシリウス少佐の担当だ。つまりは、シリウスが対象の高校生と同じ年齢であることを利用して相手と接触し、術者であるか否かを探る諜報活動が今回の留学の目的である。
しかし、シリウスは戦闘力には優れているが、諜報の能力はない。そのため期待されている成果も、容疑者に接触して何気ない会話から揺さぶりをかけるまで。後はバックアップ用の部隊に任せる予定だ。
そのため、シリウスは軍人でなく、個人のアンジェリーナ=クドウ=シールズとして比較的気楽に第一高校の門を潜ろうとした。その直後だった。
「イキキキキキ!」
奇妙な声が上から聞こえたと同時に目の前の地面に弾痕が刻まれていく。シリウスは咄嗟に後方に大きく跳ぶと同時にCADを取り出し、臨戦態勢を取る。
校舎の屋上から何かが飛び降りてきて、地面に着地をした。シリウスが攻撃をしなかったのは、弾痕の位置が自身よりも二十メートルは前であったため。つまりは警告射撃であると判断したためだ。
着地地点から近づいてきたのは、右手にアサルトライフルを持った、男の姿をした何か。顔は確かに男子生徒を思わせるものだが、表情には一切の感情が見えず、相対していても人間と思えない。
「アナタハ生徒データベースニ登録サレテイマセン。制服ヲ偽造シテノ不法侵入ト判断シ退去ヲ要求シマス」
男は機械としか思えない声音でそう言ってくる。
「私は交換留学生として今日から登校することになっています。情報が更新されていないだけではないですか?」
「アナタハ生徒データベースニ登録サレテイマセン。制服ヲ偽造シテノ不法侵入ト判断シ退去ヲ要求シマス」
うん、話が通じない。どうも本当に機械のようだ。それでは説得をするだけ無駄というものだろう。
どうするか。まさか破壊して侵入するわけにはいくまい。そこまでして、今日から学校に通わなければならないわけではない。となると、今日はおとなしく引き返して学校側に手続きを依頼すべきか。
「管理者権限において命じる。関本、行動を停止せよ!」
そう考えていたとき、女性の声が聞こえてきた。
「イキッ!」
妙な声で答え、セキモトと呼ばれた機械が銃を降ろす。
「失礼しました。私は第一高校で風紀委員を務める、宮芝和泉と申します。貴殿は交換留学生のアンジェリーナ=クドウ=シールズ殿でお間違えはありませんか?」
セキモトの後を追うようにやってきたミヤシバイズミは艶やかな黒髪の、日本人形のような少女だった。ただし、纏う雰囲気は人形とは程遠い、跳びかかる直前の肉食獣だ。
「はい、私がアンジェリーナ=クドウ=シールズです」
「それでは、私が教室までご案内いたします。関本、屋上で警戒態勢に戻れ」
「イキッ!」
妙な声で答えたセキモトが魔法を使って屋上へと戻っていく。当たり前だが、機械は魔法を使えない。ということは、あれは人間なのか。改めてまじまじと見つめてみる。が、その結果はやはり機械にしか見えない、というものだった。
「シールズ殿、こちらへ」
「あの、そのように畏まらずとも、気軽にリーナとお呼びください」
「では、リーナ、先の銃撃を受けた後の対応は見事でした。さすがは交換留学生に選ばれる才媛。関本の攻撃が威嚇射撃であることも見抜かれていたのでしょう?」
親しみを持ってもらおうと思ってのリーナの発言は、ミヤシバからの強烈な反撃を得ただけだった。
「いえ、見抜いたというほどではありません。たまたまそう見えただけですよ」
目の前の地面を銃で撃たれて、それが警告射撃かそうでないか判断できる。そんな技能を持つ高校生は普通いない。ここで正直に答えるのは、あまりに拙すぎる。かといって演技の苦手なリーナに上手い言い訳も思いつかず、思い切り曖昧な答えを返してしまう。
「そうですか。謙遜をなさらずともよいと思いますが」
しかも全く通じていなかった。早くも疲労困憊のリーナは、これ以上、傷口を広げる前に帰りたい思いに駆られていた。
「さて、ここがリーナの通われる教室です」
そう言ってミヤシバが立ち止まったのは1Bと記された教室だった。
「あの、私は1Aに通うことになると聞かされていたのですが……」
「昨日、1Bでちょっとした事故がありまして、生徒が二人ほど年度末まで休学することになったのです。それを受け、それならば生徒数の少ない1Bの方がより手厚いサポートができるだろうと、急遽、変更されたのです。もっとも、そのせいで何か手続き漏れがあったようで、先程の失態に繋がったわけで、リーナには申し訳ないばかりです」
「え……ええ、それは構いませんが……」
本当は構わない訳がない。リーナが接触対象とする人物は1Aにいる。だが、そんなことを言える訳もない。仕方なく、1Bの扉を開けようとする。
「そういえば、リーナはもしかして九島閣下の血縁ですか?」
しかし、その前にまたしてもミヤシバの質問を受けてしまった。けれど、この質問は事前にどのように答えるかの想定問答を作成済だ。
「良く知っているのですね。随分と昔のことなのに。ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟なのよ」
「随分昔と言われても……我ら宮芝は三十六代、六百五十年の歴史があるので。九島と共に秘術の開発を行ったのは、ほんの三代前。最近の話にしか感じないのです」
もう、どこから突っ込めばいいのだか分からない。それより、九島と共に秘術の開発と言う発言は看過できない。それは、リーナが使う魔法も知っているということ。とりあえず、この少女には近づかない方がいい気がしてならない。
「ともかく、教室に入ろうと思います。案内、ありがとうございました」
「待ってください。ここへは教室の場所の確認に来ただけで、まずは個人情報の登録をしなければなりません。お手数ですが、風紀委員本部にまでご足労願います。そこで静脈等の登録を行い、それで施設利用に必要なIDカード等が発行することができますので。普通の生徒ならばそこまでの手続きは必要ないのですが、リーナの場合は仮にも外国人。秘匿情報へのアクセス権限は与えられませんので、申し訳ありませんが、ご了承ください」
「いえ、当然のことと思います」
「それでは、こちらに」
希望を与えて、突き落とす。これが、この少女のやり方なのだろう。
「そういえば、九島家といえば古式の魔法を発展させ、現代魔法として受け継いでいる家系。となれば、リーナも古式の知識には詳しいのですか?」
そして、その時間を利用して、ミヤシバは何気ない疑問を装って、聞いてほしくない情報へと、どんどんとアタックしてくる。そして、個人情報なんか残したくないのに、逃げられない流れになっている。この分だと静脈だけでは終わらない気がするが、どの情報ならば守り抜き、どこまでの情報までなら与えてもいいのかが分からない。
これが捕虜として連れてこられたのなら、対応方法の訓練も受けたし、知識もある。けれど、諜報目的の潜入任務で、あれもこれも拒否をしていては、相手に警戒心を植え付けてしまい、任務が果たせなくなる。
やっぱり、本職を人選すべきだったと思います。本国に残っている頼れる部下に向けて、リーナは心の中で訴えてみた。