「うーむ、なかなか思ったようにはいかないようだね」
シールズが転校してきてから二週間ほどが経ったある日、宮芝和泉守治夏はある決定を見てそう漏らした。それは、シールズを深雪のいるA組に正式に転籍させるというものだ。
調査対象と想定される十師族の直系ほか有力な魔法師から遠ざけるための措置だったのだが、シールズの魔法技能が予想以上に高かったとことで、B組では誰もペアの実習の相手方を務めることができなかったのだ。
それで他のクラスを見たとき、同じくA組で実習の相手のいない深雪ならば、ということになり、学校側は試しにということで実行してみたようだ。結果は深雪と互角。それで深雪と同じクラスへと転籍となった次第である。
道理を曲げてまで我を通せば、さすがに反発が大きくなりすぎる。それを繰り返せば信頼を失い、やがては力を失うことにも繋がる。大きな力を振るう場合は、それなりに気は配らねばならないのだ。
さて、そのシールズは今どうしているかな、と校内にこっそり設置してある監視カメラで居場所を探すと、面白い場面を目撃した。それは、治夏にとっても戦略級魔法師の容疑者である達也と一緒に校内を回っているところだった。
「これは、介入せざるをえないだろうな」
治夏はすぐに二人に合流すべく、足早に歩き始めた。二人の現在位置と歩く方向を確認して確実に先回りをする。二人は実験室が並ぶ特殊棟の端、実験棟から裏庭に降りる昇降口で立ち止まっていた。治夏は隠密術式を使ってから二人へと接近する。
「タツヤは補欠、二科生なのよね?」
「そうだけど?」
「A組のみんなと制服が違うから何故かなって思ってたら、ミユキが不機嫌そうな声で教えてくれたわ」
シールズが質問をし、達也がそれに答えている。今はまだ、口を挿む必要はない。しかし、確信に迫るようなら介入する。
「でも、さっきカノンに聞いたら、タツヤは一高でもトップクラスの実力者だって言ってた。タツヤ、なぜ劣等生のフリなんてしているの? 劣等生のフリをしていて、なぜ簡単に実力を見せちゃうの? タツヤのやっていることって凄くチグハグで、どうしてそんなことをするのか分からないわ」
「リーナ、それはこの学校に問題があるからなのよ。あ、達也は上見ちゃ駄目だからね」
口を挿んだところ、シールズが驚きに目を見張りながら上を見た。治夏の現在地は二人の真上、天井に手足をつけて張り付いているところだ。足も天井に付けているためスカートの中を見られる心配はないのだが、不格好なので達也は見るのを禁止だ。
「イズミ、どうしてそんなところに!?」
「風紀委員としては、時にはこっそりと校内の査察をする必要があるのよ。そのとき、たまたま二人の姿が見えたから、近づいてみたの」
「そ……そうなの……。大変なのね。けど、タツヤはそんなこと、言ってなかったけど」
「これは私たちが特別にやっている活動ですからね。きっかけは関本が普通に廊下を歩くと怖がる生徒がいるから、天井を歩行させてみたことなんです。関本にできて私にできないというのは悔しいでしょう?」
「そ……そうなの?」
リーナは治夏に向けてくるのは、奇妙なものを見る目つき。関本のこともあって、相当の変人と思われているようだ。遺憾ではあるが、都合がよいので利用させてもらおう。
ただし、達也。君は私のことを知ってるのだから、これが方便であると分かってくれてもいいのではないかな。それなのに何で、諦観を感じさせる表情なのかな。よし、後で問い詰めよう。
「さて、話を戻しましょう。この学校の成績評価の方法はあまりに実戦からかけ離れたものとなっているの。けれども、単に機械的に行う方が評価するのが簡単というだけで、それを改めようとしない。それは大いなる怠慢だと思わない?」
「……試験の実力と実戦の実力は別物だとは思うけど、この学校の評価方法は分からないから、そこはコメントし辛いわね」
「試験の実力が実戦とは違うという点は大いに参考になる意見ね。ところで、どういう試験にすれば、両者を近づけることができると思うか、実戦経験が豊富なリーナに是非とも助言いただきたいのだけど、いいかしら?」
「いや、私はそんな立場じゃないから……」
「そのくらいでいいんじゃないか」
ここで、それまで攻める治夏と防戦一方のリーナを見ていた達也が間に入ってきた。
「ま、そうしましょうか。それで、達也の見解は?」
「実技試験で評価されるのは速度、規模、強度の三つ。国際基準に合わせた項目を使ってる。その意味では妥当なんじゃないか?」
「ねえ、リーナ。今の達也の意見を聞いてどう思う? 優等生的というか、面白みがないと思わない?」
「そうね。まだ若いんだから、もっとアグレッシブでもいいのにね」
「何でそこで急に意見が合うんだ?」
達也が呆れたように言うのに合わせ、リーナと二人で笑う。よしよし、相手は表面上とはいえ同盟国が送り込んだスパイ。であれば、対立一辺倒というのもよくない。成果は与えず、気分だけは損なわずにお帰りいただくのが一番だ。
「では、お二方、私はここで失礼させてもらいますね」
「そうね。イズミも見回りの途中だという話だったものね」
「ええ、そういうことです。それでは、達也、ちょっと少しの間でいいので、後ろを向いていてもらえますか?」
「何で……まさか、まだ続けるつもりなのか?」
「勿論です。さ、早く」
溜息をつきながら達也が後ろを向く。それと同時に治夏は飛び上がり、天井へとしがみついた。そして、天井を四足歩行状態で伝っていく。
よくよく考えてみれば、あまり知能の高くなさそうなシールズが、情報戦で切れ者の達也に敵うはずがなかった。治夏は二人が何を話していようと気にする必要などなかったのだ。それなのに、こんな登場の仕方をしたのは正しかったのだろうか。
まあ、少なくともこれで治夏がどのような奇行に走ろうともシールズには、宮芝だから、と納得をしてもらえることだろう。USNA国内で宮芝がどのように思われようと、治夏も宮芝も一向に気にしない。けれど、そのせいで達也や他の生徒から宮芝が変な存在と思われるのは避けたいものだ。
と、そのとき見回り中の関本が前方からやって来るのが目に入った。
「キ……キ……キ……キ……」
関本は顔を左右に振りつつ、リズムを取るかのように機械的な声を発し、足を折りたたんで膝から下に内蔵しているローラーで走行している。
「うわ、キモい」
改めて見ていると常軌を逸している。とても元人間とは思えない。
「あれ、もしかして私、既に多くの生徒からはとてつもない奇人だと思われてる?」
そんな治夏の疑問に答えを返してくれる相手はいない。とりあえず治夏は天井から地面に降り立った。
どうしてだろう。国の為に働いたはずなのに、治夏は今、とても疲れていた。