まだ午後の授業が行われている時間、自由登校となっている三年生の十文字克人と七草真由美、それと本来なら授業中のはずの宮芝和泉守治夏が他に誰もいない部屋でこっそりと会っていた。
「何で私たちがわざわざこんな所で、とは思うけどね」
「すまんな。こうするのが一番目立たない方法だと判断した。今、四葉を刺激する結果となる事は、十文字家として避けたい」
「宮芝としても、今は目立たない方が望ましいので異論はありません」
「ウチと四葉は先々月から現在進行形で冷戦状態だものね。まったく、あの狸親父が余計なことをするから」
忌々しげな七草の呟きに克人が失笑を漏らした。
「七草でもそんな言い方をするんだな」
「あら、ごめんあそばせ? はしたなかったかしら?」
芝居っ気タップリに真由美がしなを作ると、克人の失笑は苦笑に変わった。
「お前の相手をしていると、男扱いされていないのではないか、と時々考えることがあるぞ」
「それは誤解よ? 十文字くんは私の知り合いの中でピカイチに男らしいわ。ただねぇ」
「今更男女の仲には成れんか」
「入試の時から。三年来のライバルですもの。それに、今はもう男女の仲になる必要もないでしょう? ね、宮芝さん」
「なんで私に聞くんですか?」
声に動揺は出ていなかったはずだ。けれど、七草はにやりと小悪魔な笑みで治夏へと問いかけてくる。
「あなたが十文字くんと、人目を忍んで会っているという話は私の耳にも入ってきているのよ」
「隠蔽と偵察が得意の宮芝に防御力の十文字が加われば、鬼に金棒だろう。それで、協力関係を築けないかと交渉しているだけだ」
「へえ、じゃあ、抱き合ってたっていうのも、色仕掛け……」
「きゃあー!」
思わず悲鳴を上げた治夏を七草は冷ややかな目で見ている。
「え、まさか、本当に……」
「わ、悪い?」
「いえ、悪くはないけど……意外ね」
「別にいいでしょ。七草だって言っていたように、克人、男らしいんだから……そ、それよりも話を続けよう」
「そ、そうね……」
意外と七草も動揺していたのか、気を取り直すように深呼吸をする。そうして気持ちを置きつけてから、改めて克人に話しかける。
「十文字くん。父からの、いえ、七草家当主、七草弘一からのメッセージをお伝えます。七草家は十文字家との共闘を望みます」
「穏やかではないな。『協調』ではなく、いきなり『共闘』か」
「吸血鬼事件のことは、どの程度知ってる?」
吸血鬼事件とは、最近、社会を騒がせている猟奇殺人事件のことだ。内容としては単なる殺人事件の範疇といえなくもないが、特徴として被害者が血液の一割を失っていたという事実がオカルト的なセンセーションを煽っている。
「報道されている以上のことは知らん。当家は七草家ほど手駒が多くない」
「宮芝さんは?」
「我々としては事件が人ならざる物によって行われている、ということくらいかな」
克人と七草が驚いた様子で治夏のことを見つめてくる。
「それは本当か?」
「私は克人にそんなつまらない嘘は言わない」
「むっ……すまん」
ちょっと拗ねてみせると、少し克人は慌てた様子を見せる。一方、七草はというと、達也と深雪を見つめるときと同じような表情をしていた。
ちょっと待ってほしい。私たちはあれほど、馬鹿馬鹿しい遣り取りはしてないはず。そう思ったが、抗議をするのはやめておいた。
「さて、話を戻そう。そう言えば二人には伝えていなかったが、我々は元々、魑魅魍魎の跋扈する都の浄化を行うことを目的とした一族だ。それゆえに魔の物に対する感覚は現代魔法師の数千倍は優れていてね。事件から多少の時が経とうとも残り香から相手が人ならざる物の仕業というくらいは見破れる」
「まさか、本当にオカルトな話だったなんて……」
驚いている七草には悪いが、宮芝が事件現場の残り香から魔物の存在を感知したというのは偽りである。実際はもっと前。日本に侵入してきた直後には、その存在を知覚していた。知覚していながら、放置していたのだ。
「それで、その話が七草から出てくるということは、被害者の中に七草の関係者がいたということかい?」
「半分正解。警察が把握している以外にも被害者がいて、それは全員、ウチと協力関係にある魔法師よ。そうじゃない被害者も魔法師あるいは魔法の資質を持っていた人だと判明しているわ。例えば、魔法大学の学生とか」
「七草の魔法師を害する能力の持ち主か。それならば放置はできないね」
深刻な顔をして頷きながら、治夏は心の内でほくそ笑んでいた。二人に語った通り、魔の物の退治は宮芝にとって本業であり、専門分野だ。こっそりと始末してしまう程度のことは容易かった。それなのに放置をしていた理由。それは、宮芝の価値を現代魔法師たちに知らしめるためだった。
現代魔法が大きく発展をした、ここ五十年ばかり。魔の物が世を大いに乱すことは一度たりともなかった。それゆえに現代魔法師のたちは魔の物への対処法を知らない。
知らなければ、適切な対処など、できようはずがない。おそらく現代魔法師たちは敗北し、犠牲を出すだろう。
宮芝が出ていくのはその後。そして、現代魔法師たちの前で己が苦戦した敵を圧倒して見せる。それが宮芝の出した此度の方針だ。
宮芝が本来の敵である魔の物に対して、そのような消極的な態度に出ることになった遠因は、十月の横浜事変にある。あの事件で大きな犠牲を出した治夏は、何としてもその埋め合わせをするだけの功績を上げる必要があった。
功績とは、短絡的には金である。あの戦いで犠牲になった者たちが稼ぎ出してくれるはずの金は失われ、逆に彼らの遺族の面倒を見るために出費は嵩んでいる。桜木町方面での戦いを含めて国からも密かに報奨金はせしめてあるが、それでも長期的には赤字。あの犠牲の原因は治夏の失策にある以上、当主の務めとして、それを何とかする必要がある。
だからこそ、こっそりと事件を解決はできない。宮芝は凄いと誰かに評価させ、出資を得られないのであれば、事件を解決できても意味がない。
「それで、如何でしょう。十文字家は七草家と共闘していただけますか?」
治夏の内心など知る由もない七草は、当初の方針の通り、まずは克人の意向を尋ねる。
「協力しよう」
「いつもの事とはいえ……随分と即答ね」
「さっきも言った。話を聞いた以上、十文字家としても放置しておける事態ではない」
「それで、宮芝家も協力してくれるということでいいのよね」
「そうだな。ところで、これは七草家に対して貸し一つということでいいのかな?」
悪いが宮芝は十文字のように使命感だけでは動かない。動く以上、それなりに利がなければならない。魔の物の退治は元々宮芝の仕事だが、だからといって今の世でただ働きをするつもりはない。
「父にはしかと伝えておきます」
「まあ、今回は特別に安売りとしておくよ。そして、今回の働きをしかと見届け、次回は是非とも高く買ってほしいものだな」
「もし宮芝家が、七草が手を焼いた相手をあっさりと倒したなら、父も嫌でも貴女たちを評価せざるをえないでしょうね」
「そうなることを望んでいるよ。今後も互いによい協力関係でいられるように、ね」
別に宮芝は七草から金をむしり取ろうとは考えていない。宮芝の望むのは、現代魔法師たちの間に宮芝家は七草に匹敵する力を持っているということが伝わること。利益は後からついてくるという算段だ。
まず、第一段階はクリア。次はできれば七草の目の前で敵を葬れればベスト。最低でも七草の魔法師の前で敵を討ちたいものだ。
七草程度が善戦できる程度の妖魔なら、宮芝が負けることはない。その自信の元での打算にまみれた妖魔退治が開始されようとしていた。