魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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来訪者編 見舞い

ある日の放課後、達也はいつものメンバーと和泉を引き連れて、中野の警察病院を訪れていた。目的はエリカの長兄が担当する吸血鬼事件の捜査への協力中に巻き込まれて負傷したレオの見舞いのためだ。

 

「エリカちゃん、レオくんは無事なの……?」

 

病室に向かうエレベーターの中で、経緯から学校を休んで付き添っていたエリカに向けて美月が尋ねる。

 

「大丈夫よ、美月。メールでも連絡したでしょ? 命に別状は無いわ」

 

口には出さないものの同じような懸念を抱えていたのは美月だけではなかったようで、全員の硬さが幾分か取れた。少し和らいだ雰囲気の中、エリカが病室のドアを開ける。それなりに広い、つまりそれなりにグレードの高い個室で、レオは退屈丸出しの顔でベッドの上に身体を起こしていた。

 

「酷い目に遭ったな」

 

「みっともないとこ、見せちまったな」

 

照れくさそうにレオが笑った。

 

「見たところ、怪我もなさそうだが」

 

「そう簡単にやられてたまるかよ。オレだって無抵抗だったわけじゃないぜ」

 

「じゃあ何処をやられたんだ?」

 

「それが良く分からねぇんだよな」

 

レオは負け惜しみでなく、心底納得いかないという表情で首を捻っている。

 

「殴り合っている最中に、急に体の力が抜けちまってさ。最後の根性で一発、良いのを入れたら逃げてったけど、こっちも立ってられなくなって道路に寝転がっている所をエリカの兄貴の警部さんに見つけてもらったんだよ」

 

「毒を喰らった、ってわけでもないんだよな?」

 

「ああ。身体中何処調べても、切り傷も刺し傷も無かったし、血液検査でもシロだったぜ」

 

確かに不思議な話だ。達也が一緒に首を捻っていると、横から和泉が口を挿んできた。

 

「相手の姿は見たのかい?」

 

「見た、って言えば見たけどな。目深にかぶった防止に白一色の覆面、ロングコートにその下はハードタイプのボディアーマーで人相も身体つきも分からんかったよ。ただ……」

 

「ただ、何だい?」

 

「女だった、ような気がするんだよな」

 

「ほう、奴ら、女の形をとっていたか。それは珍しいな」

 

和泉の言葉を聞いて、皆が一様に目を丸くした。

 

「和泉、それって吸血鬼が本当にいるってこと?」

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

エリカに続いて、達也も質問する。達也は妖怪の実在を信じてはいなかったが、ただの人間ではないものを否定してもいない。

 

「レオが遭遇した相手は『パラサイト』と呼ばれているものだね」

 

「そのまま寄生虫って意味じゃないよね」

 

「吉田、エリカに教えてやれ」

 

と、ここで和泉は説明を幹比古に丸投げした。一見すると、ただ面倒になっただけ。だが、それが本当の理由ではないだろう。和泉はパラサイトと呼ばれるものについての詳しい情報を知っている。おそらく、幹比古が知っているよりも遥かに詳しく。それを開示してしまうことを避けたのだろう。幹比古はそれと気づかず、講義口調で語り始めた。

 

「PARANORMAL PARASITE、略してパラサイト。魔法の存在と威力が明らかになって、国際的な連携が図られたのは現代魔法だけじゃない。古式魔法も従来の殻にこもり停滞することは許されず、国際化は避けられないものだった。古式魔法を伝える者たちによる国際会議がイギリスを中心として何度も開催され、その中で用語や概念の共通化、精緻化が図られたんだ」

 

「国際的な連携は、古式魔法の方がむしろ盛んだと知っている。それで?」

 

「パラサイトも、そうして定義された名称の一つだ。妖魔、悪霊、ジン、デーモン、それぞれの国で、それぞれの概念で呼ばれていたモノたちの内、人に寄生して人を人間以外の存在に変える魔性のことをこう呼ぶんだよ。国際化したって言っても古式魔法の秘密主義は相変わらずだから、基本的に現代魔法の魔法師である皆が知らなくて当然だと思うよ。それに、パラサイトについては余計な横槍もあったみたいだしね」

 

そう言って幹比古は和泉のことを見た。

 

「横槍?」

 

「パラサイトに関する知識の共有については、宮芝が強硬に反対するんだ」

 

「それはなぜだ?」

 

「愚問だね、達也。パラサイトに関する知識に関しては、我が国は他の先進国より格段に先を行っている。けれど、それは先人たちが長い時間をかけて蓄積をしていった成果だ。簡単に他国に供与してよいものではない」

 

確かに現在の強国、USNAや新ソ連、大亜連合にしても、歴史の断絶を経験し、古式魔法に関する知識は日本には遠く及ばない。それら各国に情報が渡ることは、国にとっては望ましくないのかもしれない。

 

「それにしても、妖魔とか悪霊とかが実在するなんて……」

 

ほのかが怯えたように呟く。その肩に手を置きながら、達也は言った。

 

「魔法だって実在するとは思われていなかった。でも、俺たちは魔法を使っている。未知の存在だからといって、無闇に怯える必要は無い」

 

それだけで、ほのかから盲目的な不安が拭い去られていく。

 

「そういうことだ。何より、日本には我ら宮芝がいる」

 

そこで更に、和泉が自信満々で言い切った。先の情報共有を拒んだことも含めて、どうやら宮芝家のパラサイトに対して有する自信は相当のもののようだ。

 

「さて、レオ、君には軽く治療をしておいてやろう?」

 

「できるのか?」

 

「君は今、精気を大きく失っている。それを回復はできないが、これ以上、漏れ出さないよう蓋をしてやることくらいはできる」

 

「分かった、頼む」

 

「任せてくれ」

 

頷いた和泉が、レオのベッドの傍らに立つ。

 

「じゃあ、レオ、服を脱いでくれ」

 

そして、次の一言で室内の空気が凍り付いた。

 

「い、言っておくけど、上だけだよ」

 

「いや、ただ急だったら驚いただけで、言われなくても分かるけどよ」

 

「だったら、こんな空気にならなくてもいいんじゃない」

 

「いや、俺だけが空気を作ったわけじゃないし」

 

それにしても、これまでの経験で分かっていたことではあるが、和泉は随分と不意打ちに弱いらしい。たった一瞬の沈黙で、あれほど取り乱さずともよいだろうに。

 

こうした一悶着を経て、レオが上半身裸になる。

 

「じゃあ、ちょっと失礼して」

 

そう言ってベッドに上がった和泉は、レオに負担をかけないためか、ベッドに坐したままのレオの両足を跨ぐようにして正対する。

 

「なんか、ちょっとエロい光景ね」

 

「うるさいな。黙っていろ」

 

茶化したエリカに言い返したものの、和泉もレオも顔が赤いのは、何となく自覚があったためだろう。

 

「それじゃあ、いくぞ」

 

和泉がレオの胸に右手を当てる。そうして目を瞑ると、レオの身体の中に想子を流し込み始める。それほど劇的な効果があったようには見えないが、僅かにだがレオの顔色に赤みが増したような気もする。

 

「以上だ。あとはゆっくり休むしかないな。ということで、我々もお暇しよう」

 

今は話すより寝ることの方が大事と言われれば、これ以上、病室で粘るわけにはいかない。達也たちは兄に話があるというエリカを残してレオの病室を後にした。その帰り道、達也は幹比古に話しかける。

 

「妖魔とかパラサイトとかいうヤツらは、頻繁に出現するものなのか?」

 

「……いや、滅多に出現するモノじゃないよ。昔話なんかにはいつも何処かに隠れていて悪いことをしているみたいに書かれているけど、大抵は魔性を装う人間の術者の仕業だ。例えば有名な大江山の酒吞童子だって、正体は西域から流れてきた呪術師だった、っていうのが僕たちの間では定説だし」

 

「滅多に出現するものではない、というのは同意だ。多くは人間の術者の仕業というのも同意しよう。しかし、吉田は一つ思い違いをしている」

 

そう言いながら入ってきたのは、専門家を自負する和泉だ。

 

「吉田たちが魔の物と遭遇しないのは、我々が先んじて退治をしてきたからだ。つまりは吉田たちが大抵は人間の術者の仕業と感じているのは、本物は我々が退治するため、結果として紛い物ばかり掴んでいるというだけにすぎん」

 

自分のこれまでの認識を否定する和泉の言葉に、幹比古は驚いている様子だ。けれど、達也にとって重要なのは、古式の真実などではない。

 

「今回のパラサイトの出現は、偶然だと思うか?」

 

「歴史が現代に近づくにつれ、魔の物たちは減少している。全くの偶然とは、ちょっと考えられないな」

 

和泉の言葉に、達也は一言、「そうか」とだけ呟いた。




レオのお姉さん?
もちろんカットですよ。

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