魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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入学編 入学三日目・騒動(前)

入学三日目、昼食時の食堂で一つの事件が起きた。

 

事件といっても、内容は些細な言い争いという程度だ。

 

そのとき、司波達也はレオやエリカ、美月と一緒に食事をしていた。そこに、少し遅れて深雪がやってきて、達也たちと食事をすることを望んだ。そのとき、深雪に引っ付いて一緒に食堂に来ていた男子生徒がレオから席を奪おうとしてきたのだ。

 

そのときは和泉がいなかったこともあり、急いで食べ終えた達也がレオと一緒に食堂を出ることで事なきを得た。

 

その後の午後の専門課程の見学で、遠隔魔法の実習中の生徒会長、七草真由美の実技を最前列で見学したことで悪目立ちをし、そして今、最終章を迎えようとしていた。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」

 

美月がいつもの内気な様子から打って変わって気色ばんでいる。

 

「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

美月は丁寧な物腰ながら、容赦なく正論を叩き付けている。

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 

「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

昼食時には何とか衝突には至らなかった。しかし、今回は一科生たちの言い分に我慢がならないようで、レオ、エリカ、美月の三人が揃って反論している。もはや、達也が止めても簡単には引き下がらないだろう。

 

そして、何より不気味な存在として、和泉が黙って達也の横で事態の推移を見守っているのだ。いや、見守っているというのは正しくない。

 

和泉はすでに仕掛けるつもりで魔法式の構築に余念がない。どうも和泉は魔法式の構築はあまり得意でないようで、一つ一つの魔法の構築スピードは二科生の中でも劣等生もいいところだ。しかし、そこはさすがに古式の術士というべきか、完成させた術式を呪符の中に封じる技能を有しているようだ。

 

和泉は言い争いに参加していないのでない。すでにその先の衝突に備えて様々な術を用意するのに忙しいというだけだ。

 

準備万端となれば、いよいよ最後の挑発に移るだろう。そのとき挑発に乗れば、和泉の呪符の一斉射撃が発動されるはずだ。

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

しかし、達也の憂慮をよそに、和泉の挑発を待たずして一科生たちは暴発を始めていた。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

 

そして、ついに衝突の引き金になる一言が美月の口から発せられた。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

「ハッ、おもしれえ! 是非とも教えてもらおうじゃねえか」

 

一科生の最後通牒にも、レオは挑戦的な大声で応じる。

 

「だったら、教えてやる!」

 

その言葉が終わらぬうちに、最初の魔法が発動された。発動者は和泉。しかし、それを知覚することができたのは達也だけであった。深雪でさえ、この場で魔法が使われたことに気づいていない。その理由は、表面上は何も起こっていないためだ。

 

言葉を発した男子生徒は和泉の魔法に気付くことなく、魔法の術式を補助する演算機であるCADを……しかも高速な魔法発動を可能とする特化型のCADを抜き、それを同じ生徒に向けた。

 

それ自体が異常な事態。それ以上に異常なのは、拳銃を模した特化型CADの銃口が向けられているのが、同じ一科生である隣の生徒に向けられていることだった。

 

「お兄様!」

 

深雪の声に達也は一科の男子生徒に向けて右手を突き出す。しかし、動いていたのは達也だけではなかった。

 

次の瞬間には、一科生の小型拳銃形態のCADは、彼の手から弾き飛ばされていた。それを行ったのは、どこからか取り出した伸縮警棒を振り抜いたエリカであった。エリカは一科生の予想外の行動にも冷静な対処を見せていた。

 

エリカは達也のように和泉の魔法の発動を感知していたわけではない。一科生がどのような行動に出ようとも対処できるようにしていた結果、同じ一科生に向けてCADを突き付けるという行動にも対処できたにすぎない。

 

何が起こったのかが理解できず、多くの生徒は硬直し、エリカは油断なく周囲を見回している。そんな中、一人の女子生徒が腕輪形状の汎用型CADへ指を走らせた。しかし、その魔法は未発のまま霧散した。

 

「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

声の主は生徒会長、七草真由美だった。

 

「あなたたち、1Aと1Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

硬質な声で命じたのは、真由美の隣に立った女子生徒。入学式の生徒紹介によれば、彼女は風紀委員長、渡辺摩利という名の三年生だ。

 

摩利のCADは既に起動式の展開を完了している。

 

ここで抵抗の素振りでも見せれば、即座に実力が行使されることは想像に難くない。

 

レオも、美月も、深雪のクラスメイトも、言葉もなく硬直している。

 

そんな中、ただ一人だけ密かに魔法式を構築している生徒がいた。言うまでもなく和泉である。よほど自身の魔法の隠匿技術に自信があるのか、或いは生徒会の面々の実力を試しているのか、どちらにせよ放っておくのは物騒すぎる。

 

達也は泰然とした足取りで、しずしずと背後に付き従う深雪と共に、摩利の前へ歩み出た。

 

摩利の訝しげな視線を動じることなく受け止め、礼儀を損なわない範囲で軽く一礼した。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

唐突に思えるそのセリフに、摩利の眉が軽く顰められる。

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから……」

 

真由美や摩利の目を誤魔化しながら和泉の行動を止めることは困難だった。それゆえに説得により場が納められないか試みたのであるが、残念ながら和泉はこのまま事態を収束させてはくれないようだった。

 

不意に地表付近に突風が走り、真由美と摩利のスカートの裾を持ち上げようとする。幸いにも二人はすぐに裾を手で押さえたために重大な事態になることはなかったが、危ないところであった。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

続いて場に響いたのは、達也の声だった。しかし、当然ながら達也はこのとき何も言ってはいない。声は和泉が魔法で再生したものだ。無論、その前の突風も。

 

どうやら和泉は、達也の悪ふざけという表現が気に入らなかったようだ。そこで、文字通りの悪ふざけのためだけに風を起こす魔法と、少し前に発せられた声を再生する魔法を使用したらしい。

 

「今のは、達也くんの魔法じゃないわね? さしずめ宮芝さんかしら?」

 

さすがに真由美は、騙されることはなかったようだ。ただし、和泉が使ったという確信に足る情報は掴めなかったようだ。

 

「証拠もなしに人を疑うなんて、酷い生徒会長だな」

 

「疑われたくないのなら、普段から言動に気を付けてほしいものだけど」

 

「いえいえ、そこの彼らに比べれば私の言動なんてかわいいものでしょう?」

 

拙い。和泉はこの機に暴挙に出た一科生を退学に追い込むつもりだ。

 

これが深雪が関わっていない案件であれば、達也は傍観をしていた。けれど、今回の衝突の切欠は深雪の奪い合いだ。理論上は深雪には責任はないが、感情論として深雪は気にしてしまう。だから、大事になるのは避けたい。

 

「和泉、深雪の前で、同じ学校の生徒同士で本気で攻撃などするはずないだろう?」

 

「ふーん、そういうこと、ね。何だか面白くはないけど、まあ、そういうことにしてあげるとしようか」

 

深雪の前であれば攻撃をしないという前提など、どこにもない。達也の発言は全く論理的ではない。けれど、深雪を巻き込まないために、ここは折れてくれというメッセージは和泉に伝わったようだ。後は、生徒会を丸め込むのみ。

 

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」

 

摩利は冷笑を浮かべ、当然の追及をしてくる。

 

「攻撃といっても、彼女が発動しようと意図したのは目くらましの閃光魔法ですから。それも、失明したり視力障害を起こしたりするレベルではありませんでしたし」

 

「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

ただ一人、摩利と対峙する達也を庇うように、深雪が進み出る。

 

「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

「摩利、もういいじゃない」

 

深雪の正面からの謝罪と、静観していた真由美が深雪に加勢したことにより、その場は収めることができた。ただし……。

 

「君の名前は?」

 

「一年E組、司波達也です」

 

「覚えておこう」

 

しっかりと風紀委員長に目を付けられてしまったことは、達也であってもため息をつきたくなる事柄であった。

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