ぴいん、という高い音が夜の静寂を破る。同時に、逃げていた人物が崩れ落ちた。
現在地は東京タワー公園。本家での慌ただしい旧正月の行事を終えて第一高校に戻ってきた宮芝和泉守治夏は、十文字克人、七草真由美、千葉エリカ、吉田幹比古の四名と一緒にパラサイトを追跡していたところだった。
「確かに死んでいるな」
傍に屈み、確認していた克人が言う。
「それだけじゃありません。彼の器には何も感じません。魔の気配そのものが完全に消えてしまっています」
「ほう、それくらいは分かるのだな」
「宮芝ほどではないけど、吉田も一応は退魔を生業にしていたからね」
「そうか。ならば、教えてやろう。私は魔の物を殺したのではない。この世から消滅させたのだ」
考え違いを指摘してやると、吉田はむっと押し黙った。
「それにしても、本当に一瞬で倒せるのね」
「ああ、我々がいる意味がなかったな」
七草、克人が順に治夏を讃える。それに対して吉田は悔しさを隠し切れず、エリカも憮然としている。
「そんなことはありませんよ。競合相手はおそらくはUSNA軍のスターズ。もし鉢合わせになってしまったら、私では勝てない相手ですので」
「我々は敵というより競合相手への備えというわけか」
「端的に言ってしまえば、そうですね。けれど、今はそれが何より大事です。敵の敵は味方といいますが、今回はそれには当てはまらないようですので」
「機密保持のため、彼らは自らの手で決着をつけることを望んでいるから、ね」
「その通りです、七草先輩。もしも、彼らが優秀でしたら任せるという手もありましたが、残念ながら対パラサイトという面では彼らは無能です。任せていては日本国民に多大な犠牲がでてしまいます」
世界最高峰の魔法師部隊の隊員を無能呼ばわりしたことに七草が苦笑しているが、事実だから仕方がない。もっとも事実であると断じながら積極的な解決に乗り出さない治夏が言えた義理ではないのだが。
「ところでその弦打ちという魔法は、パラサイトであれば相手の実力に関わらず効果を発揮できるのか?」
その質問は、つい最近リーナからもされたばかりだ。治夏は苦笑しながら答える。
「ええ、例え十文字先輩がパラサイト化して全力でファランクスを使用していても防ぐことはできません。音波の遮断も無意味です。相手が魔の物であれば、私は問答無用で消滅させることができます」
「あの敵の身体能力も出鱈目だったけど、和泉はもっと滅茶苦茶ね」
「褒め言葉と受け取っておくよ、エリカ」
できれば自らの手で討ち果たしたいという思いが強かったのだろう。敵が消えたというのにエリカは不満げだ。
「ねえ、そんなにレオの敵を自分の手で討ちたかったの?」
「違うわよ。例え一時のことでも、アイツは千葉の門を跨いだ、ウチの門人よ。それもあたしが直々に手解きをしたんだから、あたしの最初の弟子と言うこともできる。弟子をやられて、黙ってられるはずが無いでしょ」
思わず聞いた治夏に、エリカは目を吊り上げて反論してくる。
「別にそんなに強く否定しなくてもいいと思うけど」
「実際、何でもないのに変に思われたら嫌でしょ」
「でも、ただの弟子なら師匠が出て行って敵討ちなんてしなくない?」
「ただの弟子じゃなくて一番弟子だから。あと、調子が狂うから素で話しかけないでよ」
ここ数日のエリカの様子を見ると、本当にそれだけとは思えない。けれど、実際に男性として意識をしているようにも見えない。エリカとレオが互いのことをどう思っているかは、ここ最近の治夏の最大の関心事だ。治夏も今はちょうど楽しい時期で、他の子の恋愛話は参考にできるという意味でも興味深い。
それはそうと、素で話すと調子が狂うとはどういうことだろうか。問いただしたい気もしたが、普段の尊大に見せる言葉遣いに対して否定的なことを言われたら自分が傷つくだけなのでやめた。
「それにしても宮芝さんがいてくれると、追跡が随分と楽になるわね」
七草がそう言ったのは、パラサイトに侵された人の姿は、街路システムにボンヤリとしか映らないという特徴があることが分かったためだ。おかげで七草が警察の通信システムを利用しても、敵を補足するには至らなかった。
「敵はまだ数がいるの?」
今日のところはこれで解散として、いつまで続ければいいのか。聞いてきたのは、やや疲れた表情の吉田だ。
「ああ、まだまだいるな」
「まだまだってことは、それなりに数はいるってことね」
七草が重い溜息をついた。
「七草先輩は自由登校だから、まだいいですよ。私たちが毎日、どれだけ辛いか」
ここ数日、エリカは夜中の捜索の為に徹夜続きらしい。実際、学校では登校するなり机に突っ伏しているという光景がお馴染みになっている。あまりにも無防備なので、スカートの中を盗撮してみたが、それでも起きることはなかった。
ちなみに盗撮した画像は、レオに売ろうと思っていたのに、達也に破壊されてしまった。別に盗撮といっても、膝から下とスカートの裏地が映っているだけである。治夏としては、レオがエリカのことをどう思っているのかを知るのに使おうとしていただけだ。
「連日の徹夜は確かに辛いな。ならば、明日は休みとするか?」
「ううん、やる。あと、和泉にだけは徹夜が辛いなんて言われたくない」
「まあ、それはそうだろうね」
治夏は夜にお仕事に就いた日は、翌日の学校を休むつもりでいる。どうせ寝ているだけならば、学校に行く意味などない。自宅でゆっくり休んだ上で、夜のお仕事に向けて英気を養う方が効率的という考えだからだ。
「あたしも同じことができたら……」
エリカが何をしているのかは、家族も知っているはず。だが、それでも学校を休んで昼近くまで寝ているとなれば、普通の親なら何か言ってきそうだ。その点については、瑞希は何も言ってこないので、治夏は気が楽である。
「では、私はこれで失礼させてもらうよ」
「十文字くん、今日も宮芝さんを送ってあげるの?」
克人にそう問いかける七草はたいへんに意地の悪い笑みを浮かべている。
「宮芝は近接戦闘には不安があるからな」
「ふーん、私も近接戦は得意じゃないんだけどな」
「七草は得意じゃないだけで、近接戦も可能だろう。それと比べると、宮芝は魔法自体が上手くないからな」
克人、さすがにその言い方はちょっと傷つくんだけど。
「そういうわけだ。まあ、私は一人でも余裕なのだが、好意での申し出を断るのは逆に失礼となるからな」
「ねぇ、和泉。まさかあたしが気づいていないと思ってるわけじゃないよね?」
エリカが何か言っているが無視だ、無視。何に気づいているのかなんて私のためにも聞いてやるもんか。
「とにかく、さらばだ。また会おう、皆の衆」
「いや、和泉。動揺でセリフがおかしくなってるから」
分かってるなら言わないで。克人、助けて。
治夏が上目遣いで見ると、克人は大きく溜息をついた。
「そのくらいにしてやれ、それよりお前たちも早く帰った方がいいだろう?」
「そうね。これくらいにしておきましょうか」
七草が言ったのを合図に、エリカと吉田も帰路につこうとしている。その背中に治夏は声をかけた。
「吉田くん。ちゃんとエリカを送ってあげないと駄目だよ」
「うえっ……いいよ、あたしは」
「駄目だよ。もしもエリカに何かがあったとき、後悔するのは吉田くんなんだから。だからこれはエリカのためだけじゃなくて、吉田くんのためでもあるの」
「ええっ」
エリカは嫌そうにしているが、ここは譲れない。何せエリカの戦闘力は肉体を使ったものに大きく偏っているのだ。
パラサイトのような相手はエリカとの相性は最悪と言っていい。今まで非道なことを散々しておいてと言われそうだが、本来の治夏は敵と定めた相手以外が後悔に苦しむのを見ることを嫌っている。
「吉田くん、エリカをお願いね」
それが何を意味しているのか分かったのだろう。
「分かった。確かに家まで送るよ。どうせ近所だしね」
吉田はそう言って、しかと頷いた。