魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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来訪者編 パラサイト襲来

週明けの昼休み、吉田幹比古はエリカと美月の三人で、一緒に昼食を取ろうとしていた。これは誰かが誰かを誘ったというより、睡魔に屈して食事に出遅れたエリカとそれに付き合う美月を見かねた幹比古がサンドイッチを差し入れしたことで実現したものだ。三人がとりあえず腰を落ち着けて、サンドイッチにかぶりつこうとする。

 

しかし、その直前に美月が突然、顔を顰めて両目をきつく閉じた。何が起こっているのか悟った幹比古は、咄嗟に呪符を取り出して霊的波動をカットする結界を張った。幹比古がここまでスムーズに事を運ぶことができたのも、宮芝から今回の敵が放つ波長の特徴について聞けていたためだ。

 

「やっぱり、『魔』の気配だ」

 

想子ではなく霊子の波。それが結界を超えて流れ込んで来ている。それに気づくと同時に、幹比古は美月を教室で待たせてエリカと二人で迎撃に出ようとした。しかし、その指示に美月は自分も一緒に行くと首を横に振った。

 

宮芝和泉もパラサイトの存在自体は視認できないと言っていた。しかし、彼女は魔に対して圧倒的な感度のレーダーを有していた。だから、見えなくても何の問題もなかった。だが、幹比古ではそうはいかない。結局、美月の目の有用性を感じた幹比古は美月の同行を了承することにした。

 

「ハァ……ミキ、だったらアンタが責任持って美月をシッカリ守りなさいよ」

 

美月を危険に晒すのは心苦しい。けれど、今は宮芝がいないのだ。ならば、幹比古が先頭に立って戦わなければ。

 

その覚悟をもって、まずはCADを返却してもらうべく、事務室に向かったのだが、ただの事務員が今日の異変に気づいている訳はない。従って、正攻法では返却依頼は受け付けてもらえないことは確実だった。

 

「すみません。彼女の体調が悪いようなので、僕が付き添って早退させます」

 

幹比古が示した先では、エリカが具合が悪そうに美月にもたれかかり、美月はエリカを心配そうに見つめている。

 

「ですので、吉田幹比古と千葉エリカのCADの返却をお願いします」

 

事務員が二人分のCADを取りに行くため、席を外す。その隙にエリカがこっそり耳打ちしてくる。

 

「ミキも悪くなったね」

 

「これも宮芝のせいだ」

 

元も幹比古であれば、こんな手段は取らなかっただろう。目的のためなら幾らでも嘘をつけるようになったのは、果たして正しいことなのか、今の所は分からない。

 

事務員からCADを受け取った三人が向かった先は実験棟の資材搬入口だ。

 

そこには一台のトレーラーが停車しており、魔法工業産業ではトップメーカーの地位にある、マクシミリアン・デバイスの社員六人の姿が見えた。そのうちの誰がパラサイトと呼ばれる存在に寄生された吸血鬼であるかの見当もついている。

 

しかし、確信と呼ぶには、やや弱い。ならば、確かめてみればいいだけの話だ。幹比古は見当をつけていた一人に向けて精霊を放った。

 

技術者然としたその女性は、精霊に向かって虫でも追い払うように手を振る。普通の魔法師には見えないはずの精霊に忌避を示す様を見て、幹比古は確証を持つ。

 

「彼女だ。間違いない」

 

幹比古が精霊を放った直後、話題の留学生、アンジェリーナ・シールズが吸血鬼に向けて話しかけていた。或いは、彼女も敵と見ておいた方がよさそうだ。

 

「視覚と聴覚を遮る結界を張ります。機械は誤魔化せませんが……」

 

「そちらは俺が何とかしよう」

 

そう言ったのは精霊を飛ばしている間に合流した十文字克人だ。

 

「行きます」

 

幹比古が投じた六枚の短冊が、見えない羽根を備えているように空中を低く滑っていく。呪符はトレーラーを取り囲む正六角形の頂点に着地した。

 

幹比古の両手が印を切り、現代魔法とは術理が異なる、知覚阻害の領域魔法が発動した。

 

同時にエリカと克人がトレーラーに向かって駆け出す。後衛の幹比古は美月と共に少し離れての追走だ。

 

初手はエリカ。幹比古が吸血鬼と断じた女性に向けて、袈裟懸けの斬撃を繰り出す。だが、それはリーナが女性を突き飛ばしたことにより空を斬った。

 

「何をするの、エリカ!?」

 

叫びながらリーナが構築した反撃のための魔法は、克人が障壁で防いた。防御を克人に任せたエリカはそのまま吸血鬼に肉薄し、再度の斬撃を放つ。その小太刀の一撃を吸血鬼はCADを使わず防壁の魔法を掌に纏わせ、素手で受け止めた。

 

斬撃を受け止められ、一度は引いたエリカが、距離を詰めると今度は横薙ぎで首を狙う。吸血鬼はそれを防ごうと手を掲げるが、エリカの斬撃は手品のように軌道を変える。

 

首を狙ったかに見えた小太刀が貫いたのは、吸血鬼の胸。吸血鬼が、それを信じられない、という顔で見下ろしている。勝負はあったかに思えた。

 

だが、次の瞬間、厳しく表情を引き締めたのはエリカだった。エリカは足を振り上げ吸血鬼の腹を蹴りつけた反動で突き刺さった小太刀を抜くと、更に軸足でジャンプして後方に跳び退った。

 

エリカの残像を、吸血鬼の右手が薙いだ。鉤爪状に曲げられた指は力場を纏われていた。貫かれた胸の穴が、瞬く間に塞がっていく。

 

「どうやら本物の化け物みたいね」

 

エリカが吸血鬼を睨みつけながら吐き捨てる。宮芝があまりにも簡単に倒してしまうので錯覚しそうになるが、世界最高峰の魔法師部隊から逃げ回れるだけあり、やはり吸血鬼は手強い。

 

「だったら、これならどうかしら」

 

さて、次の手はどうしようか。幹比古が考えていたところで、その声はトレーラーの陰から聞こえてきた。

 

その直後、冬がいきなり勢力を増した。ピンポイントに、吸血鬼に向かって凍気が襲い掛かる。物理的にも魔法的にも、抵抗する間もなく吸血鬼は凍りついた。

 

「深雪?」

 

宮芝と比肩する程の呆気ない結末に、思わず構えを解いたエリカが気の抜けた声で問いかける。エリカの視線の先に深雪が姿を現す。その背後には達也の姿も見える。

 

「リーナ、どうやら知り合いらしいが、彼女はもらっていくぞ」

 

達也とリーナの話を聞く限り、リーナと吸血鬼は以前からの知り合いだが、吸血鬼としての仲間ではないようだった。そのまま達也とエリカと克人で、吸血鬼の身柄について話し合いを始める。

 

リーナにはこの場に発言権はなく、深雪は達也に一任しているようだ。達也たちとリーナは友人と呼ぶには利害の対立があり、その場の皆は互いのこと警戒している。だから、その場を俯瞰的に見ていた幹比古が、異常に一番早く気付いた。

 

「危ないっ!」

 

咄嗟に放たれた警告は、突然のこと故、その短いフレーズしか口にできなかった。それでも、警告の役目は果たしていた。放出系の魔法により引き起こされた空中放電は、克人の展開した障壁に阻まれ、達也が放った対抗魔法によりかき消された。

 

魔法を放ったのは、凍ったままの吸血鬼。氷の彫像が電光に包まれた。

 

「自爆!?」

 

「宮芝じゃあるまいに……」

 

リーナが悲鳴を上げ、達也は珍しく毒づいている。

 

「伏せろ!」

 

克人が叫ぶのと同時に、達也が深雪を抱え込んで、幹比古は美月を両手でかばった。克人とエリカとリーナは身体を丸めて防御姿勢を取る。

 

深雪の氷を突き破って、吸血鬼の身体が炎を発し、乾いた紙のように一瞬で燃え尽きた。

 

そして、舞い散る灰の消え失せた何もない所から、魔法の雷が五人に襲い掛かった。

 

深雪の背後に生じた閃光を、深雪が振り返るより早く達也の魔法が消し去った。

 

エリカの頭上に生じた電球は深雪が作り出した氷の粒子群を帯電させて消えた。

 

克人の障壁が電光を阻み、リーナのプラズマが電撃を蹴散らした。

 

幹比古の張った結界が功を奏し、幹比古と美月の二人は攻撃に晒されていないが、他の五人は攻撃への対処で手一杯の様子だ。

 

敵はもはや肉体を持った吸血鬼ではない。霊子の塊であるパラサイトそのものだ。

 

パラサイトの攻撃は散発的であり、達也たちが圧倒されているという感はない。だが現代魔法師である五人には霊子の塊に有効な反撃ができない。両者ともに痛手を与えることができないまま時が流れていく。

 

もしも自分に宮芝のような力があれば。歯噛みをしてみるも、ない袖は振れないのと同じ。今は自分のできることを探すべきだ。そうして考えていると、パラサイトに不自然な点があることに気が付いた。

 

「おかしいな……何故逃げないんだ……?」

 

パラサイトは、何故通用しない攻撃を繰り返しているのだろうか。

 

パラサイトに意思や判断力がどの程度あるのか不明だが、少なくとも本能のみで動く存在ではない。それだけは宮芝と追っていた時の経験から断言できる。この場に留まり続けて執拗に攻撃を続けているのは、理由があるはずだ。

 

考えながら戦況を見つめる。その間に、徐々にだが戦況は悪化を始めていた。

 

「まずいな……エリカが狙われている。エリカに対抗手段が無いことが察知されたのか」

 

エリカの魔法技能は基本的に、実体を持つもの相手の白兵戦技に偏っている。距離だけが問題なら薄く研ぎ澄ませた衝撃波を飛ばす程度のことはできるが、実体を持たない敵を相手取るスキルは無かったはずだ。

 

だから宮芝は幹比古にエリカを家まで送れと何度も念を押したのか。こんなことになるのなら、恥を忍んで宮芝に頭を下げ、パラサイトに対抗する手段を教えてもらうのだった。

 

「吉田くん、結界を解いてください。私なら、何処にいるのか、分かるかもしれません」

 

「……ダメだよ、刺激が強すぎる。妖気を抑えた状態でもあれだけ影響があったんだ。妖気を開放した今の状態でアレを直視したら、最悪、失明の危険だってあるんだよ」

 

「魔法師であることを選んだ以上、リスクは覚悟の上です。友達が危ないのに、ここで役に立たなかったら私の持っている力も、私がここにいる意味もなくなってしまいます」

 

そんなことを言っちゃダメだ。感情はそう言っている。

 

けれど幹比古は結局、美月に頷くことしかできなかった。幹比古自身を縛る名門魔法師の価値観が、幹比古に頷くことを強いていた。

 

幹比古はブレザーから折り畳んだ布を取り出して美月に渡した。それは「比礼」と呼ばれる神道の方具を参考にして作られた吉田家の魔法防具だった。宮芝がいる以上は自分など不要と腐らず、できるだけの装備は持参していたのが奏功した。

 

「それを首に掛けて。危ないと思ったら、その布で目を覆うんだ。柴田さんが掛けているメガネより効果があるはずだよ。約束して。決して、無理はしないと。自分の為に誰かが犠牲になるなんて、エリカは望んでいないはずだから」

 

言いながら、幹比古は美月の首に薄い布を巻いていく。

 

「……約束する」

 

答えた聞いた幹比古が結界を解いた。美月が、戦闘中の五人の方角を見つめる。

 

「あそこです」

 

それから間もなく、持ち上げられた美月の腕が指を差す。

 

「エリカちゃんの頭上、約二メートル、右寄り一メートル、後ろ寄り、五十センチ。そこに魔物が使っている接点があります」

 

幹比古は答える間も惜しんで、CADに指を走らせた。扇形の専用デバイス、明王の纏う炎の術式が記された短冊を開き、想子を注ぎ込み、形成された起動式を回収する。

 

対妖魔術式、迦楼羅炎。情報体に外的なダメージを与えることを目的とした「炎」の独立情報体が美月の指定した座標に向けて射出された。

 

幹比古の魔法は確かにパラサイトにダメージを与えたはずだった。だが、倒しきるには威力が足りない。幹比古がパラサイトに対峙するために準備してきた魔法は、宮芝の術とは比べ物にならない紛い物だ。

 

「来ます!」

 

美月の上げた、悲鳴のような警告を聞いて、幹比古は咄嗟に結界を再展開した。急造の防壁に可能な限りの強度を付加し、幹比古は美月にパラサイトの正確な位置を求める。

 

しかし、それに答える余裕は、美月にはない様子だった。彼女は両目を押さえてしゃがみ込んでいた。

 

パラサイトが電光に紛れて「何か」を美月に対して伸ばしてくる。

 

幹比古も手をこまねいていたわけではない。正体を見極められなくても、霊的な干渉を断ち切る術はある。元々、幹比古たち古式の術者は物質的な現象に介入するより、霊的な現象に対処する方が専門分野だ。

 

だが同時に、古式魔法の伝統的な術法は準備に時間を要するものが多い。咄嗟の対応速度に劣っている、そのことが現代魔法を主流に押し上げ古式魔法が傍流に甘んじている理由なのだ。

 

それでも幹比古は結界に開いた穴に向かって魔的な干渉を遮断する術法「切り祓い」を行使した。威力は儀式魔法に劣るものの、密教系魔法師の使う「早九字」に匹敵する速度を有する術だ。

 

剣を模した想子がパラサイトから伸びる糸を切り裂く。だが、所詮は略式の術法。呪詛を断ち切ることはできても、本体には何の影響もない。

 

幹比古の奮戦を嘲笑うように、すかさず伸びてきた別の糸が美月に迫る。危険と承知していたのに、美月の同行を許したのは幹比古だ。そして守ると約束したのだ。ここで諦めるわけにはいかない。幹比古は千日手を承知で、切り祓いを放とうとした。

 

しかし、その刃が振り下ろされるより速く、不可視の輝きを帯びた烈風が、その本体ごと「糸」を吹き飛ばしていた。

 

「柴田さん、大丈夫!?」

 

敵の脅威が消えたのが分かり、ひとまず美月の様子を確認する。

 

「ええ……なんとか」

 

美月は未だに目を押さえているが、重大な結果は避けられたようだ。

 

「逃がしたか……」

 

克人が少し残念そうに呟く。その言葉の通りパラサイトは消滅したのではなく、吹き飛ばされただけだろう。

 

もしも、幹比古に宮芝ほどの力があれば、今日の敵も楽に倒し、美月がこんな無理をする必要もなかった。それが悔しくて、幹比古は爪が食い込み皮膚が破れるほど、強く拳を握りしめた。

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